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空のステラ  作者: 実茂 譲
6.守るべきもの
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50.

 三台の軽戦車を積載した巨大輸送用ヘリコプターが戦車砲を発射した。

 ハンザのファーヴニルがすれ違いざまに二〇ミリ機関砲を浴びせ、軽装甲戦車とヘリコプターの後部ローター基部をズタズタに切り裂いた。

 だが、ヘリ側に戦意のくじかれた様子はない。

 右へ三六〇度のロールを二度打って回避したときは残り二両の戦車から時限信管付きの榴弾をぶっ放された。

 砲弾の唸りを間近にききながら、機を立て直し、後部ローターにとどめを刺す。

 突然、目の前に軽戦車が吹っ飛んできた。

 咄嗟のダイビング・ターンで右下へかわす。

 ヘリコプターが残ったローターを軸に回転し、遠心力が残りの戦車を空中へぶん投げていた。

〈蛇だ! 左へかわせ!〉

 飛び込んだ通信に対し反射するように左へロールする。

 巨大な蛇の口が――不ぞろいの牙を生やし、深海ザメのように不気味な突起やコブに覆われた顎がコンマ一秒前までファーヴニルの飛んでいた虚空で閉じられる。

 伸びた首に沿って、飛びながら発射レバーを引く。

 弾丸が皮と肉を切り裂き、弾けさせ、紫の体液が飛び散る。

 だが、撃たれるそばからリヴァイアサンの傷は再生していく。

「くっ」

 第二、第三の頭部の攻撃を受ける前に離脱し、距離を取って改めてみる。

 リヴァイアサンは最初に見たときよりも大きくなっている。白い肉のなかからつぎつぎと無人兵器が生み出される。一機一機の実力は大したことはないが、半端ではない数で襲いかかってくる。

 この異形の、過去と未来を行き来する傲慢さに虫唾が走るが、無尽蔵の物量を秘めた体には思わずひるみそうになる。

〈おい、きこえるか?〉

 さっきの声――イリヤムの通信が入った。

〈弱点がない敵なんていない。コアをやれば、こいつは倒せる〉

 まるで心のなかの恐怖を見透かされた気がして、つい反発する。

〈コアを撃つのは不可能だ。もう体の奥深くに沈んでいる〉

〈絶対何か手がある〉

 イリヤムは断言する。

〈それが分かるまで、とにかく生き残れ。以上〉

 何だ? ハンザは敵機との射撃位置の取り合いをしながら、心のどこかで思う。強大な敵と対峙しているのに、不安が解けていく。

 これが仲間と飛ぶというものなのか?

 黒翼の騎士として一人、特殊任務にあたってきたこれまでの飛行では分からなかったものが、ハンザを満たしていく。

 次の瞬間、ハンザはスロットル・レバーを引いて、失速ぎりぎりの状態で機体を下げた。プロペラの回転が死ぬ前にレバーを戻し、機首を上げたころにはうっかり前に出てしまった敵機――三発複葉の中型攻撃機がお誂え向きの位置を飛んでいた。

 機関砲が火を吹き、敵機の右エンジンが火を噴いた。焦げた肉と赤熱した鉄片をまき散らしながら、大きく傾き、どす黒い炎を引きながら、海へと墜ちていく。


 イリヤムは尾翼目がけて急降下してくる複葉機に気づいて、操縦桿を引き、スロットル・レバーを全開にした。

 ループを繰り返していくうちに雲へ突っ込み、機体をひねって、逆さまの状態から右へ滑りながら、一八〇度ターンし、ループの大きさをかなり縮めた。雲の底から飛び出す。

 敵機はラグタイムよりはるかに大きな径を描きながらループを終えようとしているところだ。すぐ、エンジンを狙って、発射レバーを引くと、エンジンカバーに穴が開き、閃光とともに敵機が吹き飛んだ。

 僚機の炎に引き寄せられたかのごとく五機のガンポッド機が集まってくると、そこから先は犬の共食いのような熾烈な戦いが始まった。ガンポッドには機銃の他にロケット弾や化学弾が装備されている。

「ちっ、こっちもロケットの一つや二つ積んどくべきだったかな」

 だが、これだけの物量にロケット一発でどうこうなるものではないし、可能ならフロートを切り離したいほど、今は軽さが欲しかった。

 軽さの足りない機体はどうなるかと言えば、今、ラグタイムが上に躍り出て、ガンポッドに集中射撃を食らった敵機のようになる。ポッド内に装填された化学弾が割れて、腐蝕性のある酸がエンジン、翼、操縦席に寄生した肉を焼き、機はワイヤーが切れる音をビンビンと鳴らしながら、くるくると墜ちていった。

 サヴォイが洗練、マリンが闘志なら、イリヤムの流儀は創意工夫にあふれる大雑把だった。イリヤムの頭にラグタイムの尻にかじりついて離れない四機のガンポッド機を一度に片づける実にいいアイディアが浮かんだ。

 その目線の先にはマリンが食らいついている巨人機があった。

 イリヤムは巨人機の横っ腹へと突進した。巨人機の機関砲はマリンに向けて弾をばら撒くのにいっぱいで、イリヤムの一〇〇メートルの位置に近づくまで気づきもしなかった。

 イリヤムは前よりも後ろをしきりに見て、タイミングを計った。四機のガンポッド機はまるで銃殺隊みたいに横一列に隊形を組んでいる。もし、ラグタイムが複座戦闘艇だったら、簡単に落とせる能のないフォーメーションだ。命を惜しむことがないから、ああいう真似ができるのだ。

 巨人機まで八〇メートルの地点でイリヤムの待ち望んだものがやってきた。ロケット弾と化学弾がいっせいに発射されたのだ。イリヤムは巨人機に友軍の砲撃フレンドリー・ファイアをくらわせるつもりで、操縦桿を引き倒した。

 だが、機が上がらない。思い描いた動きと違う。

 エンジンが異音を立てて、計器の回転数が突然一〇〇〇を切った。

「げ、マジか? こんなときに!」

 急降下するか? だが、その場合、巨人機底部の一ポンド砲をケツから食らう。おまけにガンポッド機のロケット弾が命中すれば、墜落する巨人機が降ってくる。

 急降下はなし。

 これが普通のときならスイッチを切って、滑空し、着水した後、プラグを一つ一つ掃除するだろう。

 だが、今、時間はスイッチ一つを操作する分しか残っていない。

 そのスイッチは点火系統につながっている。加工済みの竜炎樹の実に。

 いや。

 ただの実じゃない。

 ステラがくれた実だ。

 イリヤムは点火スイッチを切り、またつけた。

 十分の一秒が一時間に感じた。

 エンジンはまるで眠り込んだように動かない。

 ボン!

 シリンダーのなかでエーテル燃料が爆発する。

 ピストンが動き、回転数が上がり始める。

「上がれえっ!」

 渾身の力を込めて、操縦桿を引き倒す。

 ラグタイムは巨人機の翼端とロケット弾のあいだのわずか三〇メートルの隙間を飛びぬけ、一気に上昇した。

 ループしながら逆さまの世界を眺めると、ガンポッド機の放ったロケット弾と化学弾が巨人機の右側に命中していた。

 その途端、巨人機から火柱が噴き上がり、離脱の遅れたガンポッド機は次々と炎のなかに絡めとられ、握りつぶされた。

 爆炎で膨張した熱い空気がラグタイムを煽ったが、イリヤムは爆風の力がもろにかかる操縦桿と方向舵を突っ張って、固定し、機の安定を取り戻した。

 そこに通信が入る。

〈こらーっ! イリヤム!〉

 マリンの声だ。

〈あたしの獲物を横取りするなぁ!〉

 たったいま、死にかけたことも忘れて返す。

〈ケチケチすんな。いくらでも出てくんだから!〉

 リヴァイアサンの胸から新しい巨人機が現れるのを見ながら、イリヤムはせせら笑った。

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