49.
確かにイリヤムの言う通りだ。
サヴォイは思う。
敵には魂がない。
命がない。
そして、命がないゆえに戦い方は雑だ。
サヴォイは右の方向舵を踏みながら、敵機を照準に捉えづけて、操縦桿の発射レバーを引いた。
ガリバルディが五〇口径機関砲の反動で震える。照準器の十字線には単葉の羽ばたき型戦闘機が重なっている。ガリバルディの放った銃弾は尾翼をもぎ、魔導ボイラーを貫通し、七面鳥のように羽ばたいている翼を破り、操縦席を埋め尽くす蒼白い贅肉をズタズタに切り裂いた。
ボイラーが破裂すると、オーニソプターが消え、黒い煙の塊だけが翼の向こうへと流れて消えていった。
〈サヴォイ! 七時の方向に三機!〉
「くそっ」
と、毒ついてから、言葉が騎士にふさわしくない下品だったことを思い、また、くそっ、と言いそうになるのを留まる。
そのあいだ、ガリバルディは左へ急旋回して、直径一〇〇メートルの螺旋を描きながら上昇を始める。三機の敵機もついてきた。
突然、サヴォイの視界にあった上翼に穴が開いた。後ろの敵機かと思ったが、こっちは敵の照準に入らないように旋回の真っ最中だ。左右を見ても、追い打ちをかける敵がいないので、おそらく流れ弾だろう。
「くそっ――あ、まただ、くそっ。え? ああ、もう!」
自分に腹を立てたが、次の瞬間には急に可笑しくなった。こんな異常な戦場に身を置き、生死のかかった戦いをしているあいだに言葉遣いが何だと言うのだ?
いや、大切なのだ。洗練というものを理解するかどうか。それがこの操縦席に座る自分と敵機の操縦席に詰まっただらしない冷酷な肉塊を分けている。
肉塊の敵機たちは一機また一機と失速していく。ガリバルディには履いている大きなフロートからは想像もできないほど(フロートなど離着水のときを除けば、ただの錘に過ぎない)の強力な上昇能力がある。何機食らいつこうが、こうやって敵が失速するまで上昇すれば、あとはこれまで稼いだ高度のなかに散らばった無防備な敵を一機ずつ片づけていくだけなのだ。
サヴォイは機を宙返りさせ、すでに錐揉み失速を起こしていた三つの敵機に鉛弾を一連射ずつ撃ち込み、洗練というものがどういうものかきっちり教えてやった。
「ふん。講義代はまけてやる」
そのとき、マリンの声がイヤホンに飛び込んだ――。
サヴォイの流儀が洗練ならば、マリンの流儀は闘志剥き出しの大物食いだ。
今、狙いをつけたのは全体を青と灰の海上迷彩風に塗装した四発複葉の大型攻撃機だった。その武装は空中戦艦と称しても過言ではなく、主翼と尾翼のあいだの胴体に砲郭付きの五〇口径機関砲が三基、石で古代の鷲の神を形どった機首には同じものが四基、翼に二基ずつで正面の機関砲は計八基、水平尾翼が三枚ある後方の視界は利かないが、それを考えて、尾翼最後部に機関砲が一基。そして機体の底部には下からの攻撃にそなえて、一ポンド速射砲がにらみを利かせている。クジラくらいの大きさがある機の側面、主翼のすぐ後ろにはドラゴン系の素材を使ったはずのジェット・エンジンが翼間支柱と架脚でささえられ、通常の大型機では不可能な急上昇を可能にしていた。おまけにガンポッドを主翼の中央上に搭載している戦闘機が二機、護衛についている。
はやい話が相手にとって不足なし。
二〇〇メートル後方から上を取り、操縦桿を押し倒す。
白い風のなかで冬風のような音を鳴らしながら、青と灰の巨人機へ弾を送り込んだ。定石は護衛機から先にやるべきだが、普通の考え方が通じる相手ではない。
回転機銃座で命中の火花が弾けるのが見えた。右の方向舵を踏み込み、狙いをスライドして銃弾を尾翼に集中させる。
マリンの予想通り、巨人機の水平尾翼が一枚剥がされたにもかかわらず、護衛機はピクリとも動かなかった。
二機の護衛が動いたのはレッドバロネスが巨人機の尾翼すれすれに急降下して突っ切った後だった。
マリンは操縦席に取りつけたミラーを見た。父親が少しは年頃の女の子らしくという願いを込めて、自分のデパートで一番女の子らしい手鏡を送ったのだが、願いもむなしく、風防ガラス右の信号旗を入れてあった筒に針金でぐるぐる巻きにされて固定されていた。
だが、そのおかげでガンポッド機が二機、マリンを墜とすためについてくるのを振り向かずに確認できた。
煤まじりの黒雲があちこちに浮く空域に横滑りするようにして突っ込むと、操縦桿を手前に引きつけながら左へ倒し、すぐ右へ返して、方向舵を踏んだ。ガンポッドから発射された弾から逃れるべく、動き回る。
敵の照準器のなかではレッドバロネスの真っ赤な機体が跳ね回っている。操縦席の冷たい魔法細胞の塊は一瞬だが、レッドバロネスを照準器の外へ逃がした。すぐにまた照準器で再会を果たしたが、マリンは敵の十字線の上で長居をするつもりはなく、また照準器の丸い枠から外へ逃げた。
ガンポッド機は二機ともレッドバロネスを見失った。
見えるのは煤の雲だけ。
左の敵機がガンポッドに鉛弾の雨を浴び、粉々に吹き飛ばされたのは、その数秒後。
黒雲を利用した急上昇反転の目くらましから急降下しながらの正確な連射が見事に決まったのだ。
マリンがサヴォイに通信を入れたのはこのときだった。
〈三時の方向。下二〇〇メートル。ガンポッド戦闘機〉
もう一機はサヴォイから見て、絶好の場所を飛んでいた。
サヴォイの機銃が四十五度の角度でガンポッド機を串刺しにするのを一目確認すると、本命の大物喰いへ舞い戻った。
巨人機を上空に見つけると、左に大きく旋回しながら徐々に高度を上げ、巨人機の背後へついた。尾翼の独立機銃が短く連射してマリンを追い払おうとするが、マリンも応射する。右へ左へかわしながら、照準器の十字が機銃にのしかかる白い肉塊に重なった瞬間、発射レバーを引いた。肉が弾け飛び、機銃が空に投げ出された。
尾翼機銃を黙らせると、マリンはもはや何の遠慮もなく尾翼を撃ち続けた。尾翼を構成する羽根が一枚また一枚と剥げ落ち、ついに巨人機はコントロールを失った右へ左へと危険なターンを繰り返すようになった。乗っているのが人間なら、ここで機から飛び出しパラシュートの紐を引いていることだろう。
巨人機は胴体側面に斜めに取りつけられたジェットエンジンが何とか機を安定させようとしていた。だが、マリンはスロットル・レバーを押し込んだ。速度三二〇キロで彼岸の距離は詰まり、左翼の二基のエンジンがどんどん近づいてくる。マリンは照準器でとらえ、発射レバーを引いた。
銃弾はエンジンへ吸い込まれるように飛んでいき、第一エンジンから黒煙を引かせ、第二エンジンから炎を噴かせ、ジェットエンジンを木っ端微塵に吹き飛ばした。
左の上翼を完全に失った巨人機は完全にコントロールを失っていたが、生き残ったジェットエンジンを全開にして、プロペラのようなまわり方をしながらまだ飛んでいた。焼けた鉄や肉片が遠心力で散らばり、火のついた燃料がまわりの戦闘機にふりかかる。
リヴァイアサンの首が鳴いた。蛇の頭が弓なりに曲がって、巨人機を食らってしまった。
「一体何を――うそでしょ」
リヴァイアサンに飲み込まれた巨人機が蘇ったのだ。その蒼白い肉の胸が大きく縦に裂けて、横に開き、そのなかからキズ一つない状態の巨人機が二機のガンポッド機と一緒に空戦に復帰した。
「そうきたか」マリンは顎を引いて笑う。「なら、何度でも墜とすのみ!」
マリンは操縦桿を左に倒し、巨人機へ正面から突っ込んでいった。




