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空のステラ  作者: 実茂 譲
6.守るべきもの
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47.

 巨大な魔導モーターや青い小さな稲妻を放ち続けるガラス管、錆色の配線が古風な屋敷のなかを這いずり回っている。

 百年以上の歴史のある屋敷は機械を入れるために壁を取り壊したり、配線を通すために天井に穴が開けられていた。

 ステラは屋敷の奥の大きなオーク材の扉の前に立っていた。

「この向こうに――」

 扉を押し開ける。

 リヴァイアサンがあった。

 電線につながったプラグ付きのガラス水槽のなか、培養液のなかで浮かんでいる。それは分化能力を与えられた魔法細胞の蒼白い塊で、人間の頭脳によく似た形をしていた。

 これの破壊が使命。

 そして、未来を救う唯一の手段。

 培養水槽へと歩み寄る。

「動くな」

 背後から少女の声がした。頭に固い鉄のようなものを突きつけられる。

 次の瞬間、ステラが相手の視界から消えた。ハンザは咄嗟に引き金を引こうとするが、そのころには左へ身をいなしていたステラの膝蹴りが脇腹を捉えていた。

「ゲホッ! ゲホッ!」

 倒れたハンザの手からステラは銃を取った。大きな黒い自動拳銃でこれなら培養水槽のガラスを撃ち抜いて、リヴァイアサンを破壊できそうだった。

 銃を両手でしっかり持ち、水槽のなかのリヴァイアサンに照準を合わせた。

 目をつむり、引き金を引く。

 発射された銃弾はガラスを砕き、柔らかいリヴァイアサンを貫いた。二発目でガラスは粉砕され、形が崩れたリヴァイアサンが床にぶつかって、飛び散った。

「ステラ!」

 ステラは振り向いた。イリヤムがいた。サヴォイとマリンも。

「どうして、わたしは消えないの――ああ、違う」

 ステラが銃を落とす。

「リヴァイアサンじゃない」

 イリヤムがステラに、

「どういうことだ? こいつを潰したら、未来は――」

「それは偽物だよ」

 部屋の奥の暗がりから誰かが革の椅子から立ち上がる音がした。

「ワールシュタット博士……」

「そういうきみは未来から送り込まれた神殺しの刺客か。うん。きみのことはきいているよ。未来の友人からね」

 ワールシュタット博士が言う。右手を白衣のポケットに、左手は銀の握りの黒檀のステッキを手にしていた。三十代半ばで、痩せて目が狂気のために大きく見開かれている。

「名前はきかないでくれ」

 博士は顎で床にぶちまけられた偽物のリヴァイアサンをしゃくった。

「わたしも知らない。死体安置所にあった身元不明の浮浪者の脳みそだからな」

 博士は意識を取り戻し立ち上がろうとしているハンザに侮蔑の視線を投げかける。

「しかし、フォン・ブランデンブルク女史。あなたには失望したよ。こんな小娘一人、ろくに始末できないのだからね。まあ、おかげで練っておいた次善策が無駄にならなかったわけだが。さて」

 博士は芝居がかった態度でぐるりと部屋を見回した。

「どうやらわたしには科学者としての説明責任があるようだな。もちろん、わたしはその責任を喜びとともに果たさせてもらうよ」

 ポケットに突っ込んでいた手を抜くと、人差し指を立てた。

「まず、一つ考えたのだよ」

 ワールシュタット博士はステッキをくるりと回すと脇に挟んだ。

「リヴァイアサンは十七年かかって世界の経済・科学・宗教を掌握し全世界の政府に対して、最終戦争に向かうよう巧妙に意志決定を行わせ、人類を滅ぼし、新たな世界の秩序になった。そこでわたしはその十七年を省略する方法はないものかと考えた。答えは未来のリヴァイアサンがくれたよ」

 博士はくっくと笑う。

「未来の世界から兵器を召喚し、現在の世界に生存する人間に対して無差別に襲わせてしまえばよいのだ」

「なんだと?」

 ハンザが唖然とする。

「リヴァイアサンは軍需物資製造効率化のための演算機関ではなかったのか?」

「そんなつまらないもののためにわたしがここまで血道を上げると思うのかね、フォン・ブランデンブルク女史? あなたはそこにいるXシリーズよりもみじめな人形だよ。ジュエリス王国を影から守る黒翼騎士団の特務飛行士殿がよりにもよってジュエリスを含む全世界の滅亡に手を貸していたのだからねえ。いくら知らなかったとはいえ、とてもみじめだ。心から同情する」

「貴様ッ!」

「まあ、待ちなさい。話はまだ終わっていない。この世界に未来の兵器を呼び出す。そのためにはリヴァイアサンの安全に万全を期すことが必要だ。どうしたものかと思案をめぐらせると、未来のリヴァイアサンがそのための方法を教えてくれた」

「ごちゃごちゃ紛らわしいことぬかしやがって」

 イリヤムが詰め寄り、ワールシュタット博士の胸倉をつかんだ。

「本物はどこだ? 教えろ、このクソ野郎!」

「王国座標にして、八〇・一三二、高度九〇〇メートルの位置に浮かんだ飛行機械に収納されているよ。ところで、今、何時かね?」

「てめえ、何をぬかして――」

「いいから教えたまえ。今、何時だ?」

 サヴォイが答えた。

「午後三時三十二分だ。それと何の関係がある?」

「午後四時ぴったりに時空が割れて、未来の無人兵器が座標八〇・一三二の空間に雪崩れ込む。全ての兵器はリヴァイアサン・コアの防衛と融合、そして人間の全滅をインプットされている。さて、座標八〇・一三二はここから飛行艇で飛ばして、ちょうど三十分といったところだ。コアを破壊すれば、未来のリヴァイアサンは消滅するから、リヴァイアサンによって産み出された未来の兵器たちもまた消滅する。破壊できなければ、リヴァイアサン・コアは兵器と融合し、十七年の時間を省略して最終形態に進化できる。さて、きみたちが間に合うかどうか見物だな」

「てめえ、一体何がやりたいんだ?」

 イリヤムが歯を食いしばり呻った。

「てめえのしたことで大勢死ぬかもしれねえんだぞ。それを何ヘラヘラ笑ってやがる!」

 博士はうんざりしたようでいて、まんざらでもない笑みを見せながら言った。

「いいかね? 単細胞くん。リヴァイアサンは未来で唯一無二の絶対者、そう、神になったのだよ。そして、わたしは神を生み出したのだ。神のための世界を用意するのは神の父たるものの務め――」

 最後まで言えなかった。イリヤムの拳が博士の頬にぶちあたり、博士はそのまま床に伸びた。

「時間がない」サヴォイが言った。「今すぐ座標八〇・一三二に行き、リヴァイアサンを破壊しなければ。座標八〇・一三二から王都ライトまで二時間半もかからない」

「わかってる」

 イリヤムはそう言いながら、踵を返した。

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