46.
ステラの部屋からトランクにしまってあった未来の飛行服とそれに飛行士用のケープがなくなっていた。
手紙はナイトテーブルの上に折りたたんで、あの未来の記録クリスタルを重しにして置いてあった。
『イリヤムへ
まずごめんなさい。わたしは嘘をつきました。
イリヤムが見たものをわたしも見て、それで全てを思い出したのです。
あの世界はもう知っているかもしれませんが、未来の世界です。
正確には十七年後の未来。ワールシュタット博士の発明した〈リヴァイアサン〉が戦争を続ける世界です。
わたしは手紙が下手なので、分かりにくかったらごめんなさい。
リヴァイアサンというのは高度な魔法生命学を応用して生み出した人口知能です。人間や計算機関ではかなわないくらいの計算をあっという間にやってみせ、戦争をするのに必要な物資の量を計算するためのものでした。
その事務処理能力の素晴らしさからリヴァイアサンは軍事だけでなく、政治や経済の面でも利用されるようになりました。
でも、リヴァイアサンは機械ではありません。魔法でつくったとはいえ、生命体でした。それもとても頭のいい生命体です。
リヴァイアサンは自分の能力を最大限生かすことをインプットされていました。そして、自分の能力を最大限生かすためには戦争がなければならないことに気づきました。それも終わることのない戦争です。
リヴァイアサンは政治家や軍人が戦争を選択したくなるよう、必要な情報を操作し、そして、民衆全体を戦争への熱狂のなかに取り組むよう、人間に入る情報を全て都合よく書き換えていきました。
戦争勃発直前、あの呪わしい日々。人々は一つの魔法生命に操られていることも知らずに世界戦争へと転がり落ちていきました。
それからリヴァイアサンはより多くの人間を効率よく死なせるためにその能力を使いました。リヴァイアサンが用意した武器、弾薬、食料、スローガン、秘密警察がこの世界にある全てのものを戦争へと駆り立てました。
戦争が始まってわずか二十三日後、人類は絶滅しました。自分たちの戦争で。いえ、リヴァイアサンによって極限まで効率化された戦争によって。
リヴァイアサンは人類がいなくなった後でも戦争を続けるために自動操縦兵器を生み続け、世界を焼き続けました。機械だけが支配する無人の鉱山で鉱石を掘り、機械だけが支配する無人の工場で兵器をつくり、機械だけが支配する無人の戦場へ。
終わることのない地獄をリヴァイアサンは延々と繰り返しました。
わたしの使命はこのリヴァイアサンを十七年前のこのときに、リヴァイアサンがまだ造られたばかりのときに破壊することです。
わたしはそのために造られた魔法生命体なのです。
リヴァイアサンに反抗する一握りの人類が創造した兵器、あらゆる戦闘技能と戦闘機の操縦技能をインプットされた兵器なのです。
レジスタンスが全滅した後、長いあいだスリープ状態にあったわたしは任務を遂行するためにこの時代に送り込まれました。
時間がありません。リヴァイアサンは既にわたしがこの時代に来ていることに気づいているようです。あの灰色の戦闘艇ファーヴニルが襲いかかってきたのもリヴァイアサンの仕業でしょう。
ワールシュタット博士はリヴァイアサンをこの時期、最後の仕上げをするために自分の所有している小さな島に建てたプライベートの研究所に移動しています。陸軍の研究所に戻される前にリヴァイアサンを破壊する最初で最後のチャンスです。
イリヤム。もう気づいているかもしれませんが、書いておきますね。
リヴァイアサンを破壊したら、わたしは消滅します。
リヴァイアサンが存在しなければ、戦争が永遠に続く悪夢の世界は存在しなくなります。
そして、その世界に立ち向かったレジスタンスも存在しなくなり、つまり、それはわたしを造る人も動機も存在しなくなるということです。
どんなことが起こるのか、わたしには分かりません。
怖くないと言えば、ウソになります。
でも、わたしはこの世界を守りたい。
みんなのために戦いたい。
今まで使命のことばかり考えてきました。
でも、今は大好きなみんなのことを考えることができます。
そうすると、消えることは少しだけど怖くなくなります。
わたしはこの記録クリスタル(といっても、本当にクリスタルではないのですが)の操作法を知っています。そして、このきれいな石にわたしの全てを記録しました。
ここで出会った人。感じたこと。嬉しかったこと。
今の技術ではそれを再生させることはできませんが、未来であれば、可能かもしれません。もしかしたら、わたしの消滅とともにこの石も消えてしまうかもしれませんが。
でも、もし石が消えなかったら、三十年後、四十年後の平和な世界で、わたしのことをほんの少しでもいいので思い出してください。わたしが見たこと、きいたこと、感じたことを、石を通じて知って欲しいのです。
記録の世界のなかだけでいいから、存在していたいのです。
みんなの心のなかに。
イリヤムの心のなかに。
だから、手紙は、さようなら、ではなく、こう締めくくります。
また会いましょう。
ステラ 』
イリヤムは記録クリスタルを手に取ると立ち上がった。
「行くぞ」
「ワールシュタット博士の屋敷へか?」
「そうだ。来るか?」
「むろん」
「マリンは?」
「行くに決まってるでしょ」
「イリヤム。お前はいいのか? リヴァイアサンとやらを破壊すれば、ステラ嬢は消えてしまう……」
「いいわけねえだろ。でも――」
思い出した。ステラの笑顔を。
「ステラ一人に背負わせたりはしない」




