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空のステラ  作者: 実茂 譲
6.守るべきもの
46/56

45.

「二人だけにしてもらえるか? すまん」

 イリヤムはステラのベッドのそばに椅子を引き寄せて座った。

「イリヤム……」

「あまりしゃべらないほうがいい。三日も寝てたんだから」

「わたし、そんなに?」

「ああ」

 記憶は戻ったか? とはきかない。

 イリヤムはニッと笑って、椅子の背もたれに体を押しつけて、思い切り伸びをした。

 ステラの部屋を見回した。

 目覚まし時計とポケットサイズの動物図鑑がテーブルに置かれている。壁にはノミ市で買った安物の額縁に絵入り雑誌から切り抜いた小さな街の絵が飾ってあった。大きなトランクもノミ市で買ったものだが、そのなかにはステラの服が入っている。初めて出会ったときに来ていた不思議な服。艇に乗るときには必ず着る飛行服。それに私服が二着か三着増えていた。上には飛行士用のケープがかかったハンガーがある。

 女の子の部屋。まさにそんな感じだ。

 だが、ここに来て、最初のころ、ステラは部屋を飾るということを知らなかった。

 いや、知ることができなかったのだ。

 あの世界では。

「イリヤム」

「ん?」

「きかないんですか? ――わたしの記憶が戻ったのかどうか」

「ああ」

「どうして?」

「おれが見たからだよ」

 ステラの体がびくっと震えた。怯えるステラがとても痛ましかった。どうして、ステラがこんな目に遭わないといけない。どうして、ステラなんだ? どうして――。

「すごい世界だった。なんていうか、もう終わった世界だ」

「……」

「あんな世界、戻る必要なんてない。ここにいればいいさ。戻ったところで一人でどうにかできるレベルじゃない」

「イリヤム。あの世界は――」

「別の世界だ。異世界さ。だから、あの世界のことも、使命のことも全部忘れて――」

「イリヤム。あれは未来です」

「知ってるさ」

 気球で飛んで確認した。本当は何度もラグタイムに乗って見ているから知っていたが、どうしても信じたくなくて、確認したんだ。あれはライトだ。そして、あの業火に飲まれた建物のなかにはこのセント・エクスペリー荘があったんだ。

「なんとかなる」

 イリヤムの声は自分を説得させるような不安な声だった。

「あれが未来だって言うなら、今から未来を変えればいいじゃないか!」

「未来を、変える?」

「そうだ。あれは戦争が起きたせいであんなになったんだ。じゃあ、戦争が起きないようおれたちがしっかりすりゃあ済む話だ。戦争を起こそうなんて了見の野郎は将軍だろうが大臣だろうが、おれがぶっ飛ばしてやる。それじゃダメか? あんなところに戻らないとダメか?」

「未来を、あの世界の到来を防ぐ方法はただ一つです」

「その方法を教えてくれ。おれがすぐに片づけてくるから」

「それが――思い出せないんです」

 悲痛な面持ちでステラは頭を垂れた。

 おれはステラに何をしてるんだ。イリヤムは自分で自分を殴りたくなった。ステラがこんな思いをするようなこと、するべきじゃない。

「そっか」

 イリヤムは平静を装った。

「まあ、さ。急ぐことはないさ。でも、一つ約束してくれ」

「約束?」

「どこのどいつを殴ればいいのか、思い出したら、一番におれに知らせること」

 ふふっ。ステラは久しぶりに微笑んだ。


 ステラが目を覚ましたことを騎士団に電話で伝えると、三十分としないうちに辻馬車がやってきて、サヴォイとマリンをセント・エクスペリー荘の玄関前に降ろしていった。

「ステラさんは無事なのか?」

「ああ。でも、今、目が覚めたばかりでな。疲れたのか、眠ってる」

 よかった、と二人は声をそろえ、玄関脇の応接室の椅子にくたくたと深く腰掛けた。

「んもー、一時はどうなるかと思ったよ」

「それで、ステラさんの使命について分かったことは?」

「それについて、話したいことがある」

 イリヤムは説明した。あの不思議な記録装置が見せた未来について。

 イリヤムは決して話がうまいほうではなかったが、その凄惨な光景にサヴォイとマリンは息をするのも忘れて、あぜんとした。

「なんということだ」

 サヴォイは漏らした。

「ステラの使命はたぶん、この世界があんな未来を辿らないために何かすることだと思う。その何かが分からない。それさえ分かれば、未来を変えることもできるのに」

「未来を変える?」サヴォイはその言葉に食ってかかった。「それが何を意味しているのか、ちゃんと考えたのか?」

「そりゃ、どういう意味だ?」

「戦争の未来からステラさんはやってきた。だが、未来を変えて、戦争がなくなれば、未来の人間にはステラさんをこの世界に送る必要はなくなる。そうなったら――」

「そうなったら? なんだ、そうなったら、どうなるんだ?」

「ステラさんは消えてしまうかもしれない」

 消える? ステラが?

 そのとき、応接室の扉がどんどん叩かれた。

 扉を開けると、ヴィルが息を切らせていた。

「大変だ。ステラがいなくなった」

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