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空のステラ  作者: 実茂 譲
5.伝説の飛行士
44/56

43.

 そこでは肉体は存在しなかった。

 精神も存在しなかった。

 ただ、概念にまで単純化したイリヤムは紅蓮と漆黒の世界を飛行していた。

 何千という飛行機械がお互いをつぶし合っていた――銃弾で、砲弾で、強酸で、巨大な鋼の骸骨の腕で。

 機械は鉄と石と肉でつくられていて、空中戦艦の底にたるんだ白い肉の塊から、垂れ落ちるようにして戦闘機が産声を上げ、飛び、墜とし、墜とされ、火と悪臭をまき散らしながら死んでいった。

 空を覆いつくした黒煙の分厚い雲を炎があぶり、雲は沸き立ち、赤い涙を流した。涙は街を引き裂き、焼き払い、あらゆる建物を無に返していく。

 国もなければ、守るべきものもなく、そして何より命がなかった。

 感じられる命は魔法で造られた白い贅肉だけ。

 もうあらゆる命が尽き果てたにもかかわらず、戦争だけが遺された世界をイリヤムは飛んでいた。

 地獄。

 地獄に舞う天使を見つける。

 白いトビウオのような天使はもっと小さな天使によって動かされている。飛行機械は一八〇度のロールから正位置に戻った。

 天使の飛行機械を蒼白い肉をまとった十数機あまりの戦闘機が追撃していた。

 タ、タ、タ、タ、タ、タ、タ、タ、タ。

 切れ切れに聞こえる機銃掃射。

 天使は火を噴いた。

 轟音。

 尾翼がバラバラに砕け散った。

 小さな天使は大きな天使を安定させようと必死になっている。

 だが、機はもうコントロールを失い、炎の涙をまき散らしながら、機首を下げている。

 機は透明なガラスに衝突したような音を立てる。

 赤い世界が震え、解体し、青い世界に組みなおされる。

 機は青い世界へと墜ちていく。


「担架だ、担架を持ってこい!」

「カリーリョ先生を呼んでくるんだ、はやく」

 燃える街が赤茶けた錆びの甲板に変わる。

 肉体と精神が戻る。

 誰かに肩を激しくゆすられ、それがマリンの手だと気づく。

「ちょっと、イリヤム!」

「ん、ああ?」

「どうしたの? あんた、ぼうっと突っ立ったままだったのよ」

「おれは、いや、大丈夫だ」

「あんたは大丈夫だけど、ステラが――」

「ステラ?」

 そのとき、集まった野次馬のあいだから担架が現れた。

 衛生兵の腕章をした男たちが運んでいるのは気を失った小さな天使だった。

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