42.
ゴンザレス&ロドリゲス商会はサルベージ業界では名の知られた名人たちで財宝船『セント・アンドリュー号』の引き上げやムワン海底遺跡の発見など気合の張った大仕事は新聞の第一面を三段抜きででかでかと報じられたこともある。
たいていのサルベージ業者は船を使うが、ゴンザレス&ロドリゲス商会の『トレス・ペドラス号』は港そのものを動かしているので、空から見ると、巨大な甲板には社員の家があり、店があり、市場があり、クレーンや針金を巻いたリールがあり、工場があり、まるで小さな都市が丸ごと海原を動いているようなものだった。
「なんでお前らまで来てるんだよ」
トレス・ペドラス号の艇港にはイリヤムとステラの他にマリンとサヴォイもやってきていた。
「あたしはここの大株主なんだよねー」
「ステラさんの使命が分かる瞬間に立ち会うのは騎士の義務だ」
「マリンはともかくサヴォイは来る必要がねえ。さっさと帰れ、しっし」
犬でも追い払うようにふるイリヤムの手をサヴォイははたいた。
「ふん、どこかの誰かさんは救難信号を拾ってもらった恩を忘れたようだな」
イリヤムは舌打ちした。ファーヴニルに襲われ、島に避難した翌日、救難信号を拾って、助けに来たのがサヴォイの乗るガリバルディだったことはイリヤムにとって不運としか言いようがなかった。
「ついてきてもいいけど、仕事の邪魔すんなよ」
エレベーターで甲板に出ると、そこは空から見た印象そのままだった。豚や鶏を囲った金網。レモネード・パーラー。オイル引きのシートに並べられたガラクタ。機械だらけの魔法素材の加工店。一度に百匹のサバを焼いている料理屋。透明なテキーラを入れた壜が並んだ酒場。もちろん賞金稼ぎギルドの支部もある。
洗濯物が張り渡された路地のような道を抜け、潜水夫の道具屋の前を通り、エーテル二輪車が人もはねよと言わんばかりのむちゃくちゃな運転をするロータリーを抜けていった。
イリヤムたちが案内もなしに道に迷わず、スタスタ進めるのは地面に矢印が白ペンキで描かれていて、『社長のところ!』と殴り書きされていたからだ。
艦橋には甲板の街を見下ろせる社長室があり、二人の社長ゴンザレスとロドリゲスがいた。ゴンザレスは小柄で太っちょで、ロドリゲスは痩せたのっぽ。ゴンザレスは口鬚で、ロドリゲスは山羊髭。ゴンザレスは海賊風、ロドリゲスは提督風。ゴンザレスはテキーラをこよなく愛し、ロドリゲスは高級葉巻をこよなく愛する。そして、二人とも大の女好きだった。
「あっはっは、お穣ちゃんたちかわいいねえ」ゴンザレスが大笑いした。「でも、ちいっとばかし若すぎるなあ。五年したら、また来てくれよ」
「おい、ゴンザレス。これでも千ルクの上客と大株主のご令嬢だぞ」
「そりゃすごいなあ。でも、おれには二人の嬢ちゃんが金貨袋に足が生えただけには見えないんだよ。まあ、原石だな。四年したら、また来てくれよ」
「一年減ってるぞ。ゴンザレス」
「ん? おれ、五年って言わなかったか?」
「言わなかった」
「じゃあ、何年だ?」
「四年」
「四年?」
「そう。四年だ」
「このゴンザレスさまが四年と言ったってか?」
「ああ、四年と言った」
「じゃあ、四年と言ったんだろうな」
「そうだ。四年と言ったんだ」
「ちょっとちょっと、おっさんたち!」
イリヤムが永久ループしそうな会話に割り込んだ。
「ちゃんと仕事はしてくれてるんだろうな」
「心配すんな、坊主」ゴンザレスが言った。「すでにサルベージ船の活きのいい奴を三隻送ってある。それにこのトレス・ペドラス加われば、こりゃもう絶対間違いなしだ。なあ、ロドリゲス」
「我が社のスタッフは優秀だからな」
「水深千メートルの海底に落とした針一本でも見つかるさ」
「そりゃ流石に無理だ」
「いや、見つかる」
「無理だって」
「無理じゃねえっつってんだろ!」
「無理だってつってんだろ!」
「くそったれ、このロドリゲス野郎! 三十年の付き合いもこれで終わりだ。表、出な。男らしく一対一、ハジキでカタをつけようじゃねえか」
「上等だ。蜂の巣にしてやるから覚悟しな。このゴンザレス野郎」
二人がいそいそとガンベルトを腰に巻き始めたので、マリンがステラに目くばせをした。
十秒後、フライパンと空っぽになったテキーラの壜でぶん殴られた二人の社長はすり切れた絨毯の上でたんこぶをつくって目をまわして倒れていた。
「いいのかよ、こんなことして」
「いいんだよ。わたし、ここの大口出資者だもん」
「それにしても――」
と、イリヤムはフライパンを手にしたステラをじっと見る。ステラは人差し指で頬をかきながら、目を逸らした。フライパンにはチリをかけた目玉焼きが乗っていたが、ステラはチリ一滴こぼすことなく実に手慣れた様子でロドリゲスの頭を殴った。マリンの目くばせ一つで、この手際の良さは以前にもこんなことしたんじゃないかと疑わせるものがあった。
壁掛け電話のベルが鳴らなかったら、イリヤムはもう少しこの疑惑について、じっくり考えてみたかもしれない。真鍮の通話ボタンを押すと、
『社長、やりました! 言った通り、こいつは、まったく、すごい代物ですよ。こんな機は見たことがないです。今、甲板に上げています。これは一見の価値ありですよ!』
甲板に降り、人の垣根をかきわけると、そこには確かにイリヤムが見たあの機体があった。
トビウオのような流線形の白い機体。
長いこと海に浸かっていたはずなのに、機体はまるで天使の乗り物のように藻一つ泥一つついていない。ただ、機体後部は機銃にむしり取られたように消失していた。
機関砲はすっかり翼に埋まっていて、見たことのない装置がコックピットを埋め尽くしていた。計器類は針ではなく、電気フィラメントを応用したものらしいが、実際つけてみないと何とも言えない。
「ステラ、何か思い出せそうか?」
その場にいた皆がステラに目を向けた。
ステラの手はコックピット前方に取りつけられた小さな宝石に触れた。指でそっとつまみ上げると、三十一面体の透き通った青い石が静かに取り除かれた。石をはめるための穴はきれいさっぱり消えていた。
「これは――たぶん記録装置です」
「記録クリスタルみたいなものか?」イリヤムがたずねた。「じゃあ、これのなかの記録を呼び出せば、ステラがどこで何と戦ってたのか分かるかもしれない。おーい、魔法使いはいないか?」
「……や……め、て……」
「え?」
震えるステラの指から記録クリスタルが赤く光り始める。
「わたし――いや、お願いっ。やめて!」
クリスタルはなお強く光る。
その瞬間、空間にヒビが入り、そして――




