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空のステラ  作者: 実茂 譲
5.伝説の飛行士
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39.

 今、空を飛ぶのは賞金稼ぎと騎士団くらいのものだった。

 貨物飛行艇も旅客飛行艇もみな湖の上で不安げに待っている。

 魔竜が墜とされるのを。

 イリヤムとステラはイビル・ティアマットの目撃された一三〇号空路へ飛んでいた。その途上、右斜め後ろの上空に赤と銀の飛行艇を見つけた。

〈何しに来た?〉

 イリヤムの不機嫌な通信。サヴォイが返した。

〈イビル・ティアマットの討伐に決まっているだろう? 銀翼の騎士は全員出動だ〉

〈そー、そー〉

 ――と、通信に割り込んだのはマリンだった。

〈ジュエリス王国の一大事だもんね〉

〈へん。ちょろちょろ飛んで、間違って弾が当たっても知らねえぞ〉

〈イリヤム。貴様――〉

〈まあ、ありがとな〉

〈――は? イリヤム、今、お前、わたしに礼を――〉

〈るせー、おしゃべり! 通信終わり!〉

 一三〇号空路は北西に伸びている。より安全な大きな島へと避難する浮遊島や飛行艇が針路を北にとって飛んでいる。

 四機はそれぞれ二機ずつに分かれて、一三〇号の東側と西側を索敵することになった。

 イリヤムとステラは西側を飛んだ。

 一三〇号空路から西に二キロの場所には寂れた廃工場空域があった。いくつもの工場が浮遊島ごと放棄されて所在なさげに浮いていた。かつては繊維業界の中心地だったのだが、二十年前の大恐慌の煽りを受けてドミノ倒しに倒産していった。

 島同士を自動車道路で結んだ時期もあったが、今では道路は全て千切れ、海面から五十メートル以上二千メートル未満の空域に三十ほどの島が散らばっていた。

 イビル・ティアマットの目撃は連続していない。だが、行方不明になった艇がいるという報告もないので、魔竜はどこかに隠れ家を持っていると踏んだ。

 そのうち、廃工場空域で最も大きな島が見つかった。

 ロンチェスター島。広さ四十平方キロメートル。かつての繊維生産業大手のロンチェスター紡績が島ごと買い取って、自社にちなんだ名前に島の名を改称したのだが、ロンチェスター紡績はその面積を目いっぱい使い、工場、倉庫、道路と鉄道、技師や労働者用の住宅からテニスコートや遊具機械のあるアーケードなど娯楽施設をつくり、島を建物で覆いつくすと上へ上へと建て増しし、ロンチェスター島は高さ三十メートルのごたごたした建材の塊になっていた。

 現在は無人島だ。イビル・ティアマットが隠れるのにもってこいの場所だった。ここをあたって駄目なら、もう二つほど廃工場空域がある。ただし、ここほど大規模なものではないので、イビル・ティアマットがいるとは考えにくい。

〈イリヤム! 八時の方向!〉

 咄嗟に操縦桿を倒した。

 尾翼のそばを輝く火球が飛び過ぎていった。

 機首が下がって、視界一面が廃工場群に占められる。

 ボーン!

 見上げると、火球が小さな島を丸ごと吹き飛ばしていた。

 目を戻す。工場の屋根がぐんぐん迫る。

 操縦桿を思い切り引きながら、高度を稼ぐ。

 宙返りの頂点。

 世界の上下は逆さま。

 イリヤムは操縦桿を左にひきつけつつ、方向舵を左にわずかに押す。

 いまだ!

 操縦桿を思い切り、左後ろに引いて、右の方向舵を一発ポーンと踏み込む。

 機が一八〇度回転して正位置に戻り、機首をまた下げる。

 左前方にイビル・ティアマットが――。

 大きな、青い棘のような翼。金色の目が六つ。まるで戦艦の装甲板のような鱗。超大型爆撃艇並みの大きさ。

 イリヤムは操縦桿の発射レバーを引いた。

 機が震え、計器の針が震え、ホルスターに突っ込んだ片身のリヴォルヴァーが震えた。

 だが、曳光弾は次々と跳ね返る。

 また火球が放たれる。

 火球と入れ違いに上昇する。

 火球が九十度の直角ターンをした。

 操縦桿を倒すと、火球が機を追い越した。

 そこに銃弾を送り込む。

 火球は生き物のような高い音を立て、数千の光に分解した。

 ステラ・マリスを目の端に見る――イビル・ティアマットの背後をつこうとしていた。

 魔竜は翼を狭めてから大きく振るわせて、一八〇度回転してみせた。

 三つの火球が一度に吐かれ、ステラ・マリスに襲いかかる。

 旋回回避がパターン化している。

〈ステラ! 弾は追尾型だ!〉

 それで通じた。火球が弾け飛ぶ前に旋回回避を途中で切り上げた。

 ステラ・マリスの強力なエンジンと無茶な設計が可能にした急上昇であっという間に三〇〇メートルの高度を稼ぐ。

〈わたしが囮になってS字に飛びます! イリヤムは逆S字に飛んで、敵の側面を!〉

〈サッチウィーブか! よし!〉

 人間による設計ではなしえない動きで魔竜はステラを追撃する。

 ステラ・マリスが左へターン。

 魔竜も左へ。

 ステラ・マリスが右へターン。

 魔竜も右へ。

 魔竜がステラ・マリスの尻に喰いつきS字に動きを固めたのを確かめると、そこにイリヤムは逆S字を描くように機を導く。

 ティアマットの姿を機首と左翼のあいだに常にとらえる。

 魔竜とステラ・マリスの距離が一五〇メートルまで縮んだところで操縦桿を倒した。

 左へターン。右に空。左に海。

 そのまま脇腹へ一二・七ミリ弾をありったけ叩き込む。

 だが、弾は次々と跳ね返った。

 くそっ。イリヤムは毒つく。機銃はサラマンドラを加工したものだ。最低でも下級竜のワイバーンか竜の眷属を使ったものでないと効き目がない。

 弾数はわずかだ。

 鱗のなかに、体の内部に弾を撃ち込めれば。

 右の翼の向こうにステラ・マリスを見る。

 まだ魔竜に食らいつかれている。上の位置を取りつつある。

 なぜ上昇しない?

 翼架のエンジンが黒い煙を引いている。

 しないんじゃない。できないんだ。

 操縦桿を右に倒し、方向舵をいっぱいに踏んだ。

 九〇度のロールを打って、翼の先から白い風の渦を引く。

 ステラ・マリスの尾翼と魔竜の頭のあいだに割り込む。

 左へ九〇度ロール。

 エンジンと上翼の陰で魔竜が見えない。

 おそらくラグタイムはまた魔竜の視界へ入ったはずだ。

 振り向くと、狙い通り――魔竜はラグタイムを追い始めた。

 魔竜をステラ・マリスから引き離し、時間を稼ぐには?

 このまま、ただ後ろにつけただけではいずれ落とされる。相手は強力な回転機関砲を三基つけた恐ろしく小回りの利く攻撃機のようなもの。やっていることは十機の戦闘飛行艇に追いかけまわさせると変わらない。

 そのとき、イリヤムの目の端にロンチェスター島が、あちこちに口を開けた巨大な鉄くずの迷路が見えた。

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