38.
イリヤムは王立墓地の軍人区画にある墓の前に立っていた。
「よく晴れたなあ」
空の青さが目に染みた。雲はどんどん流れては消え、また現れて、消えていく。
イリヤムは墓に刻まれた碑文を見た。
グレアム・ロメッツ ここに眠る
これは正しくなかった。グレアムの遺体は見つからず、ただ愛機『スウィング』の尾翼の一部とそこにホルスターごと引っかかったリヴォルヴァーしか見つからなかった。
だが、グレアムがイビル・ティアマットの炎を直撃されたのは明らかだ。遺体は残らず灰になって、空に散ったのだ。
形見のリヴォルヴァーを抜いて、その青みを帯びた黒い銃身を見た。そして、銃をホルスターにしまった。
今の自分にイビル・ティアマットを墜とす技量があるか分からない。だが、この機を逃したら、次はいつになるか分からない。
この瞬間のために自分は艇に乗ることを選んだのだ。
「なあ、父さん」
イリヤムは墓石に刻まれた名前に語りかけた。
「おれが必ず仇を取るよ。もし、失敗したら、灰になって空に飛び散るだけだ。でも、おれはそれでいい。空が好きだから。それでいいんだ――」
「いいことなんてありません」
驚き振り返る。
飛行服姿のステラが立っていた。表情は厳しい。
「ステラ……」
「サヴォイさんにききました。イビル・ティアマットのこと。十年前のこと。お父さんのこと」
「あのおしゃべり」
「どうして、わたしには何も言ってくれなかったんですか?」
ステラの顔をまともに見る気になれず、目線を逸らす。
「巻き込みたくなかった。危険だから」
「だから、一人で危険を背負うんですか?」
「ああ」
「納得できません」
「これはおれの個人的な問題だ。あいつを墜とすのはおれの問題なんだ。でも、ステラはステラの使命がある」
「だから、わたしとは飛ばない。そう言うんですね」
「ああ」
「それは嘘です」
イリヤムは顔を上げた。ステラは怒っているだろうと思った。
だが、ステラは優しく微笑んでいた。
「サヴォイさんは言ってました。イリヤムはああ見えて、臆病だから。そして、優しいから、自分が死ぬのは構わないけど、誰か他の人が死ぬのは見たくないから。そんな捨て鉢になるところが、ときどきあるって。ふふっ、サヴォイさんってイリヤムのことをよく知ってるんですね。飛行士学校をやめるまではよくいろいろ張り合っていたって言ってましたよ」
「サヴォイの野郎。本当におしゃべりだ」
「だから、一人で飛ぶ。それなら死ぬときも一人で済むから。でも、今は違います」
「違う?」
「今は相棒がいます」
ステラの顔が火照って赤くなっていく。だが、その小さな口は強い言葉を紡いでいた。
「辛いときも楽しいときも一緒に飛べる相棒です」
「相――棒――?」
「そう。相棒です。イリヤムが仇討をするなら、わたしも一緒に仇討します。イビル・ティアマットを墜とすのなら、わたしも一緒に墜とします。それに――」
ステラは白い絹のような曙光を背に微笑んだ。
「墜ちるときは一緒に墜ちます」
「墜とさせない!」
突然の大きな声に自分自身が驚く。だが、言葉が迸る。止まらない。
「絶対に墜とさせたりしない。イビル・ティアマットにこれ以上――これ以上おれの大切な人を墜とさせたりしない」
「その言葉を待っていました」
ステラは手を差し伸ばした。
「行きましょう。一緒に――空へ」
イリヤムはその手をしっかり握った。




