26.
「どちらも二十八羽ですな」
はぁ? と声がイリヤムとサヴォイの喉から同時に湧き出した。
伯爵付きの老魔法使いは二つの水晶玉を用意して、記録クリスタルを一度に二つ再生させた。二人はカウント係の召使いを何度もせっついて、数え直させたが、何度数えさせてもイリヤムの撃墜数もサヴォイの撃墜数も二十八羽だった。
一方、ステラとマリンは二人共同で五十一羽墜としていた。
「こういう場合、どうしましょう?」
会計係が伯爵にたずねると、伯爵は肩をすくめて、
「二人にそれぞれ三十と半ルク支払いたまえ」
と言った。マリンは首を横に振った。
「いいよ。あたしは騎士団の仕事で飛んだんだし」
伯爵はまた肩をすくめた。それならそれで構わないといった様子だった。
「で、問題は――」
イリヤムとサヴォイは絶対自分のほうが撃墜数が多いとギャンギャン言い張っていた。伯爵はマリンにたずねた。
「彼らはどうしたもんだろう?」
「闘鶏でも見るつもりでいればいいんじゃないですかね」
「それも面白いが、あいにくこれから人と会う約束があるのでね。どうにかしてもらえると大変助かるのだが」
マリンは頭を掻きながら、ちらりと壁を見た。中世の騎士が使う鉄製の棍棒が二本、交差して飾られている。マリンはステラに耳を貸すように手招きすると、ひそひそとステラの耳にささやいた。
「えっ! で、でも、そんなことしたら――」
「大丈夫。いつものことだから」
一分後、イリヤムとサヴォイは頭に大きなたんこぶをこしらえて、床にうつ伏せに倒れていた。
ステラは棍棒を胸に抱き寄せ、少し肩を縮ませて心配そうに、ピクピクしているイリヤムを見る。
「ほ、ほんとに大丈夫なんですか?」
マリンはアハハと笑う。
「だいじょーぶ、だいじょーぶ! この二人の石頭は業界じゃ有名なんだから。まあ、多少記憶が飛んでるかもしれないけど大したことじゃないよ」
マリンは会計係から二十八ルクを金貨で受け取ると半分をイリヤムの懐にねじ込み、残りをサヴォイの財布に入れた。
「サヴォイのやつ、たぶん報酬の受け取りを騎士の義務だの何だの言って拒否するだろうけど、こいつんちはそんな余裕はないのよ。だからぶん殴って、財布にいくら入ってたか忘れさせちゃってから、お金を入れておく。たんこぶ一つでプライドを傷つけずに十四ルクが手に入るなら安いもんよ」
マリンはサヴォイを背負うと、
「じゃ、伯爵。あたしらは帰りますんで」
と言って、ステラにはウインクして、
「またね、ステラ。縁があったら、また組もうね」
「はい。あの、目を覚ましたらサヴォイさんによろしく伝えていただきますか?」
「うん、伝える伝える。サヴォイも喜ぶよ」
マリンはサヴォイを引きずるように背負って、部屋を出て行った。
ステラもその真似をしようとしたが、どうもうまくいきそうになかったので、結局、伯爵が召使いに命じて、代わりに運ぶこととなった。
イリヤムは赤銅の雄鶏亭の受付の横にある長椅子の上で目を覚ました。
「マリンのヤロー、またどつきやがったな」
イリヤムは顔をしかめて、たんこぶをさすりながら、
「おれの頭はすっからかんのサヴォイと違って、きちんと脳みそがつまってんだぞ。脳みそが耳からこぼれ出したら、どうするんだよ――ん? 待てよ? マリンはサヴォイの頭をどついたんだから、おれの頭をどつけるわけがない」
イリヤムはステラをじっと見た。ステラは目をそらす。
「ステラ、まさかおれの頭、どついてないよな?」
「は、はい。殴ったりしてないです……」
「ホントか?」
「はい」
「ホントにホントか?」
「ホ、ホントにホントです。――あっ、わたし、冷たい水とタオルを持ってきますね。たんこぶにあててください」
ステラは井戸から汲み立ての冷たい水を張った琺瑯びきの洗面器と清潔な布巾を一枚持ってくると、それを濡らしてよく絞ってから、イリヤムのたんこぶに乗せた。
「ステラは優しいよな。間違ってもマリンみたいになるなよ。イテテ」
「は、はい。頑張ります」
イリヤムのたんこぶに甲斐甲斐しく冷たい布巾をあてるステラの姿は宿屋の窓を通して、外から覗くことができた。
赤銅の雄鶏亭から五〇〇メートル離れた地点、湖の上二十メートルの位置に浮遊する目玉型の飛行機械がそれを見つめている。
目玉がピピピと音を鳴らす。
空にヒビが入り、小さく割れる。
空中に浮かんだその奇妙な物体は割れた向こうの世界へと飛び込む。
すると割れた空の破片が割れ目へと戻り、カチャカチャとはまり込み、何事もなかったかのごとく、空に浮かんだ異世界の入口を閉ざした。




