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空のステラ  作者: 実茂 譲
3.ステラ・マリス
26/56

25.

 燃料補給が完了して、四艘ともすぐに飛べるようになると、早速ルールが決められた。撃墜した数に数えるのは自分一人で落とした鳥のみ。それ以外はカウントしないものとした。

 カステルヴェルデの湖を飛び立ち、編隊を組んだ四艘の飛行艇は太陽を左の翼の向こうに据える形で南西へと進んだ。風は北西から吹いていて、艇を南へとずらそうとしてくるので、コンパスを頼りに絶えず針路を修正してやる必要があった。

 四艘の飛行艇は先頭の北側にサヴォイのガリバルディ、南側にイリヤムのラグタイム、後方には前の二艘を援護するような形でレッドバロネスとステラ・マリスがついていった。

 ステラはマリンに勧められた連携のことを話すとイリヤムは、そうしたほうがいい、と答えた。

〈おれとサヴォイはそれぞれ自分一人でアッカルドを墜とさないといけないから連携を組めない。マリンなら大丈夫だ。腕は確かだしな。おれにかまわずがっちり稼いでけ〉

 北に敷かれた雲の絨毯が次々とちぎれて、出来損ないの綿菓子のような雲が流れてきて、視界を塞ぐようになった。ステラは前を飛ぶラグタイムのプロペラに巻き込まれた雲が、コーヒーに垂らしたミルクのようにきれいな渦を巻くのを見た。

 カステルヴェルデを出発してから一時間が経った。

 太陽は真上にかかり、半径十キロ圏内、高さにして二〇〇メートルから八〇〇メートルのあいだの空に五つの無人島が浮かんでいる。

 そのうち一つはかつて人が住んでいたらしく、荒れ放題になった畑と百姓家がシャツにこびりついたバジル・ソースのように島に滲んでいた。

 残り二つは森に覆い尽くされていたが、最後の二つは薙ぎ倒された樹と捻じ曲げられた飛行船の骨で作られた巣に占領されていた。

 怪鳥アッカルドの群れが数十羽ほど、巣のまわりをぐるぐるまわっていた。ビリヤードの球を飲み込んだような丸い紫色の胴体から細い首が伸びて、飛行船の気嚢を突き刺すのにおあつらえ向きの錐のような嘴が飛び出ている。

 アッカルドの姿を見るや、イリヤムとサヴォイがスロットルを全開にして、操縦桿をぐりぐりまわして機関砲を発射しながら、アッカルドの群れに突っ込んでいった。

 六羽のアッカルドが断末魔を上げ羽根をまき散らしながら墜ちていく。

 アッカルドは仲間をやられて脅えるどころか逆に飛行艇に襲いかかっていった。

 ラグタイムは右に急降下し、ガリバルディは左へ急上昇して宙返りを図る。

 アッカルドの群れが二艘を追って上下に分かれると、残った十羽ほどが島から飛び立ち、マリンとステラに襲いかかってきた。

 通信装置がガリガリと鳴って、右一〇〇メートルを飛ぶマリンの声を伝えてきた。

〈あたしが突っ込んで、アッカルドを尻に食らいつかせてからS字に飛ぶから、ステラは逆S字に飛んで、アッカルドの横っ腹をついて〉

〈了解しました!〉

 返事を聞くや否や、マリンのレッドバロネスがロケット花火のようにすっ飛んでいってから左へ針路を切った。一、二、三――十一羽のアッカルドがその後を追って飛ぶ。

 ステラはマリンとその後ろについたアッカルドを目で追いながら、操縦桿を右に倒し、アッカルドを引き連れて大きな弧を描いて飛んでいるマリンの艇を八時の方向から援護できる位置を取った。

 ステラは右の方向舵を踏んだ。

 最後尾を飛んでいるアッカルドを狙う。

 一連射を浴びせた。

 アッカルドは牙の生えた嘴を大きく開き、そのまま真っ逆さまに落ちていく。

 前を飛ぶ十羽は仲間が一羽撃墜されたことに気づいていない。

 ステラは後ろから順に次々と墜としていく。

〈やるじゃん! ステラ!〉

 マリンの上気した声がステラの耳につけた受信機を震わせた。

 六羽目を墜としたところで残った五羽が異変に気づき、人間の機械では到底無理な急旋回をしてステラへ正面から襲いかかった。

 ステラはマリンに〈今度はわたしが囮になります!〉と通信を入れて、操縦桿を目いっぱい後ろに引いた。

 下降気流が翼に噛みついてくる。

 スロットルを全開にして、それを振り払う。

 後ろを振り返ると五羽のアッカルドが二十メートルと離れていない位置まで迫ってきていた。

 宙返りの限界高度まで来た瞬間、曳光弾が左から飛んできて、アッカルド三羽を次々と撃ち落した。

 マリンが援護してくれることを確信したステラは左ラダーを強く踏み込んで操縦桿を左に引きつけた。

 急旋回して元のコースを戻るときには最後の二羽の首が跳ね飛んでいた。

 互いの労をねぎらう暇もなく、

〈三時の方向に敵! 雲の向こう!〉

 マリンの言ったとおり、三時の方向、五百メートルの位置に浮かぶ千切れた雲を貫いてアッカルド三羽が飛び出した。

 ステラはそれを下へかわしながらマリンが七時の方向、高度八〇〇メートルの位置で右旋回して機首を下に向けたのを確認すると、アッカルドを後ろにつけたまま高度を二〇〇メートルまで下げた。

 ステラの期待通り、レッドバロネスの五〇口径魔鋼弾が上から降りそそぎ、アッカルドたちをバラバラに切り裂いた。

 戦闘開始から、ステラとマリンは二人で十四羽を撃墜した。

 敵がいないことを確認して編隊を組みなおすと、ステラはイリヤムの艇を探した。

 ラグタイムは巣のある島のまわりを飛び回り、アッカルドを追い回していた。

 後ろにつかれば、スロットルを全開にして速度で引き離して、また突撃するヒット・アンド・アウェイを繰り返している。

 一方、ガリバルディはそこから三キロ北、約三〇〇メートルの高さにある雲の群れのなかを飛び回っていた。

 雲の切れ間から銀色のガリバルディやアッカルドの腐蝕ガスを溜め込んだような丸い胴体が見え隠れしている。

 時おり曳光弾が雲から飛び出すと、アッカルドが一羽、二羽と嘴を真下に向けて海へと真っ逆さまに落ちていく。

 イリヤムとサヴォイが単独プレーに血道を上げているあいだにステラとマリンは通信装置で絶えず連絡しながら、巧妙な連携でアッカルドを群れごとひきつけては罠にかけて全て撃ち落していった。

 アッカルドは艇よりも旋回性能で勝るが、丸い胴体ではせいぜい八十キロの速度しか出せない。また目の前の獲物しか見ないので斜め後ろの高度六〇〇メートルの位置から撃ち下ろしてくる敵が分からない。

 それでもアッカルドの嘴の一突きや爪の一撃で翼をむしり取られれば確実に墜落するので油断は禁物だった。

 戦闘が始まってから三十八分後、最後のアッカルドがステラとマリンの十字砲火で木っ端微塵に吹き飛んだ。

 イリヤムとサヴォイは未練がましく獲物を探して、巣や農園跡のある島のまわりを飛び回ったが、もうアッカルドは全滅したようだった。残りの燃料もだいぶ減ってきているので、これ以上、この空域に留まるのは悪手だ。それに二人とも戦いに夢中になって途中から数を数えなかったので、判定は伯爵の城にある記録クリスタルの再生装置によって行われることになった。

〈確実に五十羽は撃墜したぜ!〉

 イリヤムが言った。四艘の飛行艇は来たときと同じ形で編隊を組んで、カステルヴェルデへ針路を取っていた。太陽は南中高度をまわったらしく、四つの機影は前方の雲や海面に落ちていった。

〈土下座したサヴォイの頭を踏むのが楽しみだな。インメルマン・ターンをキメるときみたいに思いっきり踏み込んでやる〉

 ガリガリと音がして通信が割り込んだ。

〈ステラ嬢。ご安心ください。わたしは確実に六十羽撃墜しました。これであなたは自由の身です〉

 ガリガリ、ザーザー。

〈嘘つくんじゃねえ、このスカタン! お前が六十羽墜としたんなら、おれは七十羽は軽く超えてらあ!〉

〈なら、わたしは八十羽といったところだな。あきらめろ、イリヤム。もう、貴様の思い通りにステラ嬢を操らせたりはしないからな〉

〈八十羽ぁ? そんなにあの島にいるもんか。お前が撃墜したのは三羽か四羽、それも老いぼれで動きのとろいアッカルドだ〉

〈それを言うなら貴様が撃ったのは、無人島に突き刺さっていた案山子くらいのものだな〉

 イリヤムとサヴォイの通信に一度だけ、マリンが割り込んだ。

〈あー、お腹空いたあ!〉

 午後三時半、島の上に盛り上がったカステルヴェルデが雲の上に見えてきた。

 四艘の飛行艇はカステルヴェルデの緑屋根を左に取りながら、町と湖を通り過ぎ、湖から八百メートル高度八十メートルの位置で大きく左旋回して、着水姿勢に入った。

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