24.
伯爵というくらいだから、目を賢しく光らせながら革張りの椅子に深く座る気難しい老人を想像していた。マホガニーの事務用テーブルにつき、領地からの歳入報告書や年に一度送られてくる貴族年鑑に目を通し、気になる箇所には鵞ペンで線を引いたり、あるいは丸で囲って〈たわけた世迷い言!〉とイライラした調子で殴り書きしたりする骨と皮だけの人生の搾り残し。それがイリヤムの持っている伯爵という生き物の典型であった。
だが、イリヤムとステラは装丁された古い革の匂いがする執務室ではなく、撞球室に通された。そこには若い溌剌とした青年がいて、ビリヤードのテーブルに体重をあずけて、白い球を真上から突き、カーブをかけようとしているところだった。思い通りに球が動き、六番ボールがモールを垂らした六番ポケットに吸い込まれるように消えていくと青年は満足そうにうなずきながら、キューをラックに戻した。
「アッカルド退治のことで来たんだね?」
カステルヴェルデ伯爵は生まれてから一度も挫折を味わっていない青年らしい、とっつきやすそうな柔らかい声をしていた。
「この空域の貴族団にアッカルドのことを話したら、銀翼騎士団が二人、パイロットを送ってくれた。どちらもきみたちと同じくらいの年齢だったけど、腕は間違いないそうだ」
伯爵はビリヤードテーブルに腰かけた。
「賞金は一羽につき半ルク。五十羽退治すれば三十ルクを払う。記録クリスタルの再生装置があるから、ここで成果を確認し次第、報酬を払おう」
伯爵は茶目っ気のつもりか、ステラにウインクした。
「とにかくあの鳥たちをここの空域から追い出してくれ。来月にはここでビリヤード大会を開くんだ。球を突きに集まる来賓がアッカルドに突かれたりしたら一大事だし、僕の面目は丸つぶれだ。そういうわけで、いい結果を期待してるよ、賞金稼ぎくん」
桟橋へ行くと、エーテル屋がダイナマイトの起爆装置に似た人力ポンプを動かして、キャリッジのタンクからレッドバロネスへ燃料を入れているところだった。
「おっさん、そっちを入れたら次はこっちを頼む」
と、イリヤムが言うと、サヴォイが、
「先に予約したのはこちらだ。こっちが先だ」
イリヤムとサヴォイはエーテルを入れる順番をめぐって、にらみ合い、わめき合い、今にも噛みつき合いそうな顔をして、相手をなじった――貧乏貴族、守銭奴、キザ野郎、野蛮人。
険悪な二人を前に、どうしたらいいかわからず、おろおろしているステラの肩がポンと叩かれる。振り向くと赤い髪の女騎士が、よっ、と手を上げて笑い、
「こういうとき、こうやって両手を広げて、『やめて! わたしのために争わないで!』って言えるのが女子の特権だよねえ」
「あ、確か、あなたは――」
「マリン。マリン・サザンプトン。一応、男爵令嬢」
「一応、ですか?」
「うん。爵位とか社交界とか、そういうところでシノギを削ってる人曰く、そういうことらしい。で、あんたの名前は?」
「ステラです。でも、これは本当の名前じゃないんです。わたし、記憶を失っていて、それで仮につけた名前なんです」
「記憶喪失?」
「はい」
「ふーん」
横では悪口雑言の限りを尽くし、喉を枯らしてぜいぜいと息をついている二人がいた。
「ねえ、ステラ。あのステラ・マリスはあんたが使ってるの?」
「はい。ビッグ・ジョーさんのお店から借りているものです」
「あれを動かせる人がリッツォ大尉以外にいるとはねえ。長生きはしてみるもんだ――まだ、十六年しか生きてないけど。あはは」
口論はまだ続いていた――オケラ、ゲジゲジ、素寒貧、トーヘンボク。
それを呆れ顔で見ていたマリンはステラのほうを向いて、
「ね、ステラ。今回はあたしと組まない?」
「え?」
「だって、あのバカ二人は単独プレーで撃墜数を稼ごうとするのが目に見えてるもん。だから、あたしたちはきちんと連携して安全確実にアッカルドを墜としていこうと思うんだけど」
「えーと」
「まあ、巣につくまでに考えてみてよ」
燃料ホースを取り合う二人にうんざりしたエーテル屋の親爺は次の燃料をステラ・マリスに入れることにした。そして、そのあいだに助手の少年をひとっ走りさせて、もう一台あるエーテルタンク・キャリッジを持ってこさせて、二艘同時に燃料補給することでよしとなった。




