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空のステラ  作者: 実茂 譲
2.セント・エクスペリー荘
20/56

19.

 ステラは目を覚ました。

 新聞社においてある来客用折りたたみベッドの上で起き上がり、んー、と背を伸ばす。

 朝が来た。北向きの窓には陽は差さないが、それでも王都が東から順に、もいだばかりのオレンジのような色に輝いていくのがはっきりとわかる。

 ソファに寝ているクリスの懐中時計は午後五時半を指していた。

 エイミーは作業台でこっくりこっくりと櫂を漕いでいる。

 ステラがベッドから出て、靴を履くと、床板がきしみ、それでクリスとエイミーが目を覚ました。

 三人は朝日が昇ったことを確認した。つまり、もう鍛冶屋たちは自分たちの居場所に帰ったことになる。

 エイミーがおそるおそる錠を解き、ドアを開けた。

 誰もいない。

「大丈夫だよ、エイミー」クリスが言った。「もう夜が明けたんだ。鍛冶屋たちはいない」

「今回は勝ったのかな?」

「わからない。結局、サミュエルも戻ってこなかった」

 ステラは廊下に出た。疲れ果て倒れている槍使いが一人、それに壁に寄りかかった放心状態の闇術士が一人いるのが見えるが、鍛冶屋はいない。

「わたし、イリヤムを探さないと」

 ステラが言った。エイミーも、

「わたしも編集長を探さないと。イラストレイテッド・セント・エクスペリー・ニュースの鍛冶屋襲撃特別号を発行しなくちゃ」

 三人は三階をくまなく探し、四階を探し、五階を探した。力尽きた剣士や魔法使いが転がる廊下を通り過ぎ、破られ荒らされ尽した食料庫の前を通り過ぎ、最上階まで上った。

 占星術士の部屋の前でマレクが倒れていた。

 クリスは爪先でマレクの脇腹を軽く突いた。

「う、うーん」

 マレクが呻き、目を開けた。

「起きろよ、星読みさん。戦いは終わったよ」

「なんだ、クリスか」

 マレクは肘で支えながら上半身を起こした。

「ぼくは勝ったよ」

 そう言って、桃の種をペッと吐き出した。

「あいつらに食われる前に食ってやった」

「おめでとう。きみの勝ち得た小さな戦果に心からの拍手をおくるよ。ところでイリヤムとサミュエルを見なかったかい?」

「二人なら温室に行ったはずだ。途中で鍛冶屋に襲われていなければな。そうだ。温室に行くんなら、あいつらに会ったら、マレク・パルメルクは戦いに勝ったと伝えてくれ」

 温室のまわりにはコショウの粉が安レストランの床にまかれたおがくずのように積もっていた。

「みんな、走るなよ」クリスが言った。「コショウが舞い上がってクシャミが止まらなくなる」

 温室に入ると、熱帯植物の蔓や椰子が左右に並ぶ石敷きの道を踏んだ。割れたココナッツやビスケットが散らばる小広場にはアレク・ジリンスキーがライフルとリヴォルヴァーを握ったまま、仰向けに倒れていた。意識はあって、ただ立ち上がるのが面倒なだけらしく、イリヤムとサミュエルの居場所をたずねても首を道の奥のほうに振り動かすだけだった。彼の声は硝煙とコショウですっかり枯れていたのだ。

 白い花をつけた癒瘡木が静かに枝を揺らしている。割れた窓から風が吹き込んでいた。風には近所のパン屋が焼いたパンの匂いが強く香っていた。

 道を進んでいく。鍛冶屋たちに食いちぎられた花や球根の切れ端が散らばっている。

「こりゃ、全滅してるかもしれないね」

 三人はおそるおそる中央広場へと足を進めた。

 そこには朝日で金色に輝く食べ物の塔があった。チューイング・ガムの箱の上に金目鯛を入れたシャンパン・クーラーが乗っかり、バナナは房単位で積んである。カスタード・クリームの壷とビスケットの缶、シナモンスティックの束は青いリボンで結ばれ、ソーセージやチーズは産地別に整理されている。ホワイトアスパラガスやクランベリーアップル・ジュースの壜がオレンジ色の光のなかで静かに息づいている。

 これら食べ物のまわりには最後まで希望を捨てずに戦い続けた戦士たちがいた。彼らはみな自分たちが守りぬいた食料の山が黄金の塔のごとく輝くのを見ていた。

 光が彼らの空腹を満たした。誇りが彼らの喉を潤した。戦友との絆が最高の香辛料だった。

「あっ、編集長だ!」

 エイミーは膝を抱えて座っているサミュエルを見つけると、そこへ走っていった。

 ステラはあたりを見回した。イリヤムはどこだろう?

 クリスがステラの肩をとんとんと叩いた。

 クリスが指差す先の棕櫚の樹にイリヤムが寄りかかって、黄金に輝く食べ物の塔を夢見心地に眺めていた。

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