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空のステラ  作者: 実茂 譲
2.セント・エクスペリー荘
19/56

18.

 セント・エクスペリー荘の最上階にあるガラス温室に四十人近い住人が集まっていた。そこでは薬草師が治療に使う薬草や果実、それに闇術士が使う毒草を育てている。今や、鍛冶屋に対抗する勢力はこのガラスの庭園に押し込められた。

 銃術士や魔法使いが出入り口で十字砲火を浴びせられる位置に潜み、剣士と槍使いは壮絶な肉弾戦のなかに自らを投じることについて自分を納得させていた。薬草師たちは食べられたら困る花やハーブの鉢植えをあちこちから中央に集めていた。温室に集まったものは夜明けまで、ここを守りぬく決意をした。夜明けの光とともに鍛冶屋たちは呻き声を上げながら、元の地下室に引っ込んでいく。夜明けまで――あと一時間守ればいいのだ。

 イリヤムもこの温室にいた。あれから何度かきわどい目に遭いながら、ここまで逃げ延びたのだ。イリヤムとサミュエルは戦力にはならないが、それでもコショウ弾を装填した銃を持っているので、銃術士たちと一緒に屋内へ通じるアーチ状の扉を見張っていた。

 そこの防衛隊を指揮するのは銃術士のカレン・ウェブリーだった。払い下げの青い軍用外套を着たこの少女はやはり軍からの払い下げである小型のガトリング砲を私有していて、それを温室の入口に備えつけていた。この砲はクランクをまわせば、一分間に弾を四五〇発発射できた。というより正確に言えば、一分間に必ず四五〇発の発射速度で撃たなければいけなかった。四四〇発や四六〇発だと弾詰まりを起こす。そのため使用に非常な熟練を要求された。ダンジョン探索には使えない代物だが、そもそもカレンは銃のコレクションを増やすためにダンジョンに稼ぎに出ていた。彼女は収入のほとんどを服やアクセサリーを買う代わりに珍しい銃や新しい銃の購入に突っ込んでいた。このガトリング砲も彼女としてはコレクションのつもりで買ったものに過ぎず、これが実戦で役に立たないということは軍がこれを捨て値で払い下げたことからも十分にわかるというものだった。

 それでもカレンはこれの扱いには精通しており、一番最初に突っ込んできた鍛冶屋はきっと一週間クシャミが止まらないほどのコショウ弾を撃ち込まれるはずだった。

 イリヤムはこのガトリング砲に三十発挿弾子を差し込む役を仰せつかった。鍛冶屋たちが出てきたら、イリヤムは一心不乱に弾が切れる前に新しい挿弾子をガトリングに供給するのだ。この供給がスムーズに進み、カレンが一分あたり四五〇発の発射速度を守ってクランクを回せば、ガトリング砲は永遠に弾を撃ち続けることができる――あくまで理論上の話だが。

 カレンはクランク可動部にグリースが十分塗られているか確認したり、挿弾子の弾が隙間なくきちんとはまっているかを確かめたりしながら、イリヤムに話しかけた。

「さっき聞いたけど――マレクのことは残念だったわね」

「ああ」

 イリヤムは短く答えた。

 占星術士のマレクは温室まで逃げのびることができなかった。最上階まで逃げたとき、みながもう最上階まで鍛冶屋たちは侵入している、と言ってさんざん止めたにもかかわらず、彼は制止をふり切って、桃を取りに自室へ帰ってしまったのだ。

 彼の姿が見えなくなって、しばらくしてから「うわあああ!」とマレクの悲鳴が聞こえた。

 イリヤムたちは、マレクがせめて自慢の桃を食べてから鍛冶屋たちに襲われたのであれば慰めにもなるのだが、と思いながら、このガラス温室へとやってきたのだった。

「バカなやつだ」とイリヤム。「あれほど行くなと言ったのに」

「人にはそれぞれ戦う理由がある」

 カレンはガトリング砲のクランクを取り外し、グリースをきっちり塗りながら言った。

「マレクは桃のために戦った。あいつも本望よ」

「そうかもしれないな」

「わたしはこの欠陥兵器のために戦う」

 カレンはクランクを機関部に差し直した。ガチャンという金属のツメがかみ合う頼もしい音がした。

「軍の倉庫の奥で埃をかぶってたこいつに活躍の機会を与えたい。一回でいいから」

「それには鍛冶屋たちがお誂え向きの的ってわけか」

「そういうこと」

 イリヤムは高さ五メートルのココヤシの木に登ったアレクを見上げた。即席の足場を頼りに椰子の葉に小さな体を潜め、敵を狙撃するのが彼の役目だった。

 カプロニとヴィルはアレクの狙撃に援護される形で鍛冶屋たちの侵入を抑え、ガトリング砲まで鍛冶屋たちを近づけないことを命じられていた。

 フィリップとプレスティフィリッポは温室の奥で鉢植えの移動をしている。

 空飛ぶホウキに乗っかって賞金稼ぎをしている魔法使い二人が外に飛んでは五階、四階、三階の窓を覗き込み、敵の位置を報せてきた。

「敵はもうすぐそこまで来ている!」

 温室にある五つの入口で戦士たちは鍛冶屋たちの襲来を待った。

 イリヤムは挿弾子が入った木箱を足元に引き寄せると、三十発入り挿弾子を一つ取り上げた。

 カレンはすでに銃座につき、クランクを握っている。

 他の銃術士や剣士、カプロニやヴィルも臨戦態勢に入った。

 空の星が動く音さえ聞こえそうな静寂。

 それを破ったのは、オオオォォォ、という無気味な呻り声だった。そして、その呻りのなかから、メシ……メシ……とつぶやく声が聞こえてきた。

 これこそがセント・エクスペリーの全ての食料を食い尽くした亡者、鍛冶屋たちの声に他ならなかった。

「来るぞ!」

 ヴィルが言った。

 次の瞬間、アーチの扉が左右に跳ね開き、空腹で理性を失った鍛冶屋が姿を見せた。

「がううう、メシィ!」

「なにか食わせろぉ!」

「コショウでも食らえ!」

 ガトリング砲が火を吹く。たちまち起こるクシャミの連続。

 鍛冶屋の動きが止まると、ヴィルが杖をかざした。先端にはめられた第三号抽出魔石が閃き、横殴りの竜巻が鍛冶屋たちを来た道へ吹き飛ばす。

「まだ来る!」

 アレクが叫び、アーチの上の鍛冶屋たちに弾を浴びせた。ガトリングでは撃てない位置にはアレクと他の銃術士たちが攻撃を行い、ガトリング砲はアーチの扉へ弾を撃ち込み続けた。

 イリヤムはそのあいだ挿弾子を差し込んでは新しいものを箱から取り出し、また装填するという動きを繰り返していた。ガトリング砲はどんどん弾を食っていく。黒色火薬が吐く辛い白煙に喉がカラカラになる。だが、途切れなくガトリングを撃たせるためにイリヤムには瞬きをする暇もなかった。

 銃撃が続き、残りの弾数が心細くなっていく。ヴィルの魔力も限界をきたしているのか、竜巻の魔法も二発に一発は不発で終わる。だが、鍛冶屋たちは疲れた様子を見せず、クシャミしながら潮が満ちるようにじわじわと押し込んできた。

「北の入口がやぶれたよ!」

 伝令役のキャリッジ・レーサーの少女がエーテル二輪車ですっ飛んできて、最後の抵抗拠点までガトリングとともに退却するように言った。

 無茶な話だった。ガトリングは敵とわずか二十メートルの距離で向かい合っている。

 それでも、このままではやられる。カレンは責任者としての決断を下した。

「総員退却!」

 カレンとサミュエルがガトリング砲の取っ手を手にして、大急ぎで後ろへ引きずる。石の道の上でガラガラと車輪が鳴り、鋲が火花をはじき出す。イリヤムは挿弾子の入った箱を抱え、それについていく。

「アレク! 退却だ!」

 ヴィルが叫ぶが、アレクは無視してココヤシの上から鍛冶屋たちの頭に執拗に銃弾を浴びせていた。

「アレク!」

「いいから行け!」アレクが叫んだ。「時間を稼ぐ! ぼくにかまわず退却するんだ!」

「ふざけんな、仲間を置いていけるか!」

「行こう、ヴィル!」

 カプロニがヴィルの腕を取った。

「アレクはもう覚悟してる」

 ココヤシの上から何かがばら撒かれた。それはトンカチで叩いても割れないことで悪名高い軍用ビスケットだった。鍛冶屋たちはアレクのココヤシのまわりに集まった。

「さあ、今のうちに!」

「ッ!……すまん、アレク」

 カプロニとヴィルが退却しながら振り返ったとき、鍛冶屋たちはヤシガニのようにしてココヤシの幹に上り、アレクのズボンの裾をつかんでいた。アレクは太腿のホルスターからリヴォルヴァーを引っぱり出そうとしていた。

 それが、二人が見たアレクの最後の姿だった。

 ガラス温室の中央広場には珍しい植物の鉢や貴重な薬草、そして鍛冶屋たちの襲撃から何とか救い出せた食料が積み上げられていた。

 これらがセント・エクスペリーに残った最後の食べ物たちだった。

 ロブスター、子牛のパテ、十字に切ったパン、スモークサーモン、ベーコンのかたまり、バナナやパイナップル、アーティチョーク、編み紐の丸瓶を満たしているマスカット・ジュース、ケーキ用ビター・チョコレート、じゃがいもの袋、フライにするとほっぺたが落ちるほどうまい脱皮したての渡り蟹。

 これら食料を守るためにあるものは仲間を失い、あるものは兄弟を失い、あるものは親友を失った。

 生き残った者たちは強く思う。

 ここにある食料だけは鍛冶屋たちの手にゆだねてはならない。

 いまやこれらの食料は食料であることをやめた。そして、受けつないでいくべき未来の象徴に生まれ変わったのだ。

 中央広場の五つの出口に生き残った住人は集まって、鍛冶屋たちが来るのを待っている。鋲を打った靴底が石の舗道を打つカツンカツンという音が聞こえ、低い呻き声が湧いてくる。

 五つの出口に鍛冶屋たちが姿を見せた。果汁やソースで汚れた前掛けをした少年や少女たちは積み上げられた食べ物を前に自制が効かなくなった。

 おたけびを上げながら、鍛冶屋たちは突っ込んでくる。

 生き残りたちは萎縮するどころか、むしろそれに負けないほどの声を喉の奥から解き放ちながら武器を取り、立ち向かった。

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