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空のステラ  作者: 実茂 譲
2.セント・エクスペリー荘
18/56

17.

 奥のほうからやってきたのが剣士のジュセッペ・カプロニと魔法使いのヴィルヘルム・ファルマンだとわかったとき、四人は安堵と疲れをドッと感じ、緊張して止めていた息をふーっと吹き出した。

 イリヤムは銃をホルスターに戻し、

「なんだ、カプロニに老け顔ヴィルか。驚かすなよ、まったく」

「老け顔で悪かったな」ヴィルが言った。「到着早々憎まれ口とはありがたいね。まあ、いい。それより戦闘部隊は? おれたちはここの戦闘部隊に加わるように言われたんだが」

 フィリップが時計を取り出し、

「二十分前に出発したよ。それっきり音沙汰なし」

「ぼくらの到着を待たずに?」カプロニがきいた。

「戦闘部隊は増援がもらえるなんて話すら聞いてなかったと思うぞ。そういやアレクはどうした? いつも一緒につるんでるんだろ?」

「遅れて来る」ヴィルがイリヤムの質問に答えた。「しょうがないから、戦闘部隊が帰還するまでここで待たせてもらう。アレクも待たないといけないしな」

「ああ、不幸だ」プレスティフィリッポが言った。「女の子はどこに行ったんだろう? どうしてぼくは男ばかりのなかで鍛冶屋の襲撃におびえながら縮こまってるんだろう?」

「まあまあ」カプロニが言った。この栗色の髪をした幼い顔立ちの剣士はリュックサックを背負っていた。自分の部屋の食べ物を全部持ち出したらしく、カプロニはそれをこの場にいる全員で食べてしまおうと言った。

 バリケード作りに夢中になっていて気がつかなかったが、考えてみると夜食が欲しくなる時間だった。

 カプロニが手際よく作業を割り振った

「じゃあ、イリヤムは果物の缶詰、フィリップはオイル・サーディンの缶詰、マレクは豆とトマトソースの缶詰を開けて。プレスティフィリッポはパンとチーズを切るんだ。ヴィルはベーコンと卵を焼いて、豆のトマトソースを煮てくれるかい? フライパンなら二枚、ぼくのリュックに入ってるから、火はきみの魔法で何とかしてね。ああ、それと塩と胡椒を忘れずにね」

 十分後にはちょっとしたピクニックのように食べ物が出揃った。カプロニのリュックのなかにはミネラル・ウォーターの瓶が三本もあった。豊富な食べ物が目の前にあると自然と会話も弾んでくる。話はイリヤムが連れてきた新入りのことに及んだ。ステラが最初、自分と同じ部屋に泊まろうとしたことを話すと、プレスティフィリッポは頭がおかしくなりそうになった。

「その子なら」フィリップが言った。「クリスと一緒にいるところを見たよ。なんだかセント・エクスペリーを案内してるみたいだった」

「クリスが?」

「ずるいよ、イリヤムばっかり。ぼくも女の子の新入りを見つけたいよ。どこで見つけたんだい?」

「空から降ってきた」

「そんな話、信じられないよ!」

「まあ、信じようが信じまいがお前の自由だ」

 イリヤムは皿に残ったトマトソースをパンでぬぐって口に入れた。

 プレスティフィリッポがメソメソしているあいだも食事は続く。

「ヴィル、チーズを取ってくれるかい?」

「ああ、ほら。そのサーディンうまいか?」

「うん。すごくおいしい。これ、どこで売ってたの?」

「グリスムアの雑貨屋」

「スパゲッティの缶詰を持ってくればよかった。トマトと豆によく合う」

「ぼくは桃が心配だよ」

「マレクはさっきからそればかりなんだ」

「よっぽどうまい桃なんだな」

「そりゃ一つ十シルもしたんだから」

「一つ十シル! そりゃまたとんでもない買い物したな。宝くじにでも当たったのか? それとも金持ちの叔母さんがお前に遺産を残して死んでくれたのか?」

「そうじゃないけど、人間たまには理由もなく贅沢したくなるときってあるだろう?」

「あるかなあ、ヴィルはどう思う?」

「一つ十シルの桃はもう食べ物じゃないな。それを担保に銀行から金を借りられるぜ」

「また、そうやって皮肉を言う。そういうときのヴィルはレベッカ・チェンバレンに似てるよ」

「あんなダフ屋だか馬券屋だかわからん魔法使いと一緒にすんな」

「プライドの問題かい?」

「そうは言うがな、フィリップ。お前だって飛行艇技師とゴンドラ職人を一緒くたにされたら、嫌だろ?」

「全く別物だよ。だってゴンドラはエンジン積まないじゃないか!」

「ほら、そうやってムキになる。それと同じことだ」

「それにしても、出発した戦闘部隊は戻ってこないね」

「それどころか戦ってる物音も聞こえない。かなり遠くからは聞こえるんだけどな」

「ん? 誰か来るぞ!」

 全員が奥の通路に目をやった。ライフルを手にした細身のシルエットが見える。

「なんだ、アレクか」ヴィルが言った。「おーい、こっちだ。アレク」

 銃術士のアレク・ジリンスキーは銃身を下に向けたまま、ゆっくり歩いてきた。すでに平らげられたカプロニの食料が目に入ると表情の乏しい顔にやや失望の色が浮かんだ。

「ぼくが来る前に始めたの?」

「まあな。だって、ぐずぐずして鍛冶屋に食われちまうよりはこっちのほうがいいからな」

「ごめん、アレク」

 アレクのことをすっかり忘れていたカプロニがバツが悪そうに謝った。

 無口なアレクは文句を並べる代わりに軽くため息をつき、それで終いとした。黒髪に大きな黒い目、精悍だがどこか幼い顔つきをした少年だった。ヴィルがセント・エクスペリーで一番の老け顔で背も高いため、二十五、六に間違われることが多い一方、カプロニとアレクは十三か十四くらいに見えた。特にアレクは背が低く痩せすぎなせいか十一に見られたことがある。本当は全員が十六歳なのだが。

 カプロニ、ヴィル、アレク。三人はだいたいいつも一緒でこれに斬術士か闇術士か槍使いを入れてパーティを組み、ダンジョン探索に向かう。このときも三人一緒に行動していた。

 イリヤムは合計七人の少年で守られることになったバリケードの戦力を冷静に把握してみることにした。

 マレクとフィリップ、それにプレスティフィリッポは論外。

 カプロニは剣が一振り。そこそこの使い手だ。

 ヴィルは結界か幻術で何とか鍛冶屋たちを抑えてくれるだろう。

 アレクはレバー式連発ライフルのほかに銃身の長いリヴォルヴァーを太腿に結んだホルスターのなかに入れている。

 そして、イリヤム。コショウ弾が六発入ったリヴォルヴァーのみ。撃ち尽くしたら、それでおしまい。もし、できるのなら飛行場まで飛んでいって機関砲を取り外して、ここに据え付けたいくらいだった。

 そのときバリケードの向こう側でドアフックをガチャガチャ動かす音が聞こえた。

 一番にアレクがバリケードに飛び乗り、ライフルの照準を上下に動くドアフックに据えた。壁にぴったりくっつくようにして、ヴィルとカプロニが控える。ヴィルは青い第三号抽出魔石をはめた杖を手に握り、いつでも突風のかたまりをぶち当てられるようにしている。イリヤムも銃を抜いて撃鉄を上げると、扉のほうへ銃口を向けた。

 イリヤムたちのバリケードは階段の入口と談話室につながる扉を見張る形で作られている。談話室はもう一本別の廊下につながっていて、そこにも階段とバリケードがあるはずだった。

 そこが破れて、鍛冶屋たちが殺到したのなら、談話室にも鍛冶屋たちがやってきて、扉を開けようとするだろう。

 鍵がカチンとなって、談話室の扉が開いた。アレクとイリヤムが引き金を絞ろうとした瞬間、

「撃つな、味方だ!」

 談話室の闖入者が叫び、手にしたショットガンを両手で高く掲げ持った。新聞屋のサミュエル・ヴァン=デル=レイクだった。

 アレクとイリヤムが撃鉄を戻し、ヴィルが大きくため息をつくと、サミュエルは鉄兜に鉄の胸当てをした剣士に手を貸してバリケードに近づいた。

「すまないけど、ぼくらをそっち側に行かせてくれないか?」

「途中まで上れ。そこから引っ張り上げてやる」

 イリヤムがバリケードのてっぺんに上り、まずぐったりとしている剣士を、そしてショットガンを背負ったサミュエルの手を引っぱって、バリケードのなかに招き入れた。

 剣士のほうに見覚えがあった。このバリケードから出発した戦闘部隊の一員だったのだ。

「どういうことだ?」イリヤムが言った。「他の仲間は?」

「わからない」剣士が答えた。「戦っているうちに離れ離れになって……」

 恐怖にうちのめされた剣士は両手で覆った顔をがっくりと下げてつぶやいた。

「や、やつら、人間じゃねえ。牡蠣を殻ごとバリバリ食ってやがったんだ。信じられるか? 殻ごとだぞ!」

 カプロニは気付け用のアップル・ブランデーを取り出すと、少し飲ませて剣士を落ち着かせた。

 剣士が途切れ途切れに言ったことをまとめると、戦闘部隊は別の戦闘部隊と合流する前に会敵し、数で劣る戦闘部隊はたちまちのうちに打ち負かされ、三階のあちこちを逃げながら戦うハメになった。鍛冶屋たちのしつこい追撃に一人、また一人とパーティメンバーは脱落していき、最後は彼だけとなったところを取材中のサミュエルと合流し、四階まで逃げてきたということだった。

「談話室の向こうのバリケードは?」

 フィリップがたずねると、サミュエルは首をふった。

「誰もいなかったよ。じきにあそこも破られるだろうね。ああ、もう。これじゃ部屋に帰れない」

「こうなった以上――」ヴィルが言った。「戦力を分散させるのは悪手だ。敗残兵を収容して一ヶ所に戦闘要員を集めるべきだ。乾坤一擲の一撃で鍛冶屋たちを地下に押し返すしかない」

「バリケードを放棄するのかい?」カプロニがたずねた。「ぼくらはここの戦闘部隊と合流するように言われてるのに」

「その戦闘部隊もすでにない。談話室の向こうのバリケードが放棄された以上、ここを守る意味はない。最上階で勝負をかけよう」

 マレクが、それに賛成だ、と強く賛意を示したが、それは最上階へ逃げる途中で自室に行き桃を回収できるからだった。

 すでに自室を占領されているイリヤムやフィリップは放棄もやむなしとして、ヴィルたちとともに最上階へ向かうことにした。

 アレクは肩をすくめて、ヴィルとカプロニに「ぼくはきみたちの行くところについていくだけだ」と言い、プレスティフィリッポは――女の子に関係のないことについて意見らしい意見を持ったことのないこの美少年は一人で残されるのが怖いので、とりあえずついていくことにした。

 バリケードを捨て、階段を上っている途中でサミュエルがイリヤムに近づき、

「そういえば、きみが連れてきた新入りが今、ぼくの部屋にいるんだ」

 と言ってきた。

「ステラが?」

「うん。エイミーとクリスが一緒だ」

「大丈夫かな?」

「扉はかなり頑丈にしてあるから問題ないと思うけど」

 ――そうは言ってもなあ。

 イリヤムは最上階へ上りながら、ステラの身を案じた。


 熱いお湯を入れた丸いティーポットのなかでお茶の葉がぐるぐると舞っている。

 バリケードを構成する家具が一つずつむしり取られ、凶暴化した鍛冶屋たちが五階の防衛ラインを突破しようとしているなかで、ステラとクリスとエイミーは三階の安全な新聞部屋でジンジャー・ブレッドをつまみながら、のんびり夜のお茶を楽しんでいた。

「でも、参ったなあ」

 クリスが頬を人差し指で掻きながら言った。

「ステラにセント・エクスペリーを案内するって言ったのに、これじゃ部屋を出られないよ」

「出なきゃいいんですよ」

 エイミーが茶漉しを使って、お茶を注いでいた。

「大丈夫。夜明けには鍛冶屋たちは地下に戻りますから。外のことはみーんな忘れて、ここでのんびりお茶を飲んでればいいんです。ね?」

「はあ……」

 エイミーとクリスが王立劇場にかかった芝居の話をしているのを聞きながら、ステラはイリヤムはどうしているだろう、とぼんやり思った。

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