13.
管理係の魔法使いの案内でステラはイリヤムに付き添ってもらって、部屋を見に行った。
階段は運河側の空間をジグザグに刻みながら上っていく。部屋の窓は運河側に開いているということだった。
部屋自体はなかなかの部屋だった。決して広くはないが、寝室と居間、コインを入れて使うガスレンジのある台所が衝立ではなくて、きちんと壁で別れていて、窓にはベランダがついていた。セント・エクスペリー荘では窓のある部屋は貴重なのだ。ベランダとなると、最上級のダイヤモンド並みに高級だった。
立地条件も良かった。階段を下った先にあるティー・ルームにはガラス水槽付きハーブティー沸かしがシュンシュンと湯気を吹いていて、天井の高い部屋は甘く優しい匂いに満ちている。床から天井まで達する大きな棚には、様々な産地のお茶を入れた陶器の広口瓶やフルーツ・エッセンスの小瓶、食塩釉を塗ったかわいらしいティーセット、袋につめられた焼き菓子が閲兵式の兵隊のようにきちんと並んでいる。部屋には二十近い椅子があり、修行中の菓子職人たちの調理場につながっていて、多少形が崩れたり味にムラがあるところを許せば、おいしいケーキやパイがとても安い値段で食べることができた。
一方、階段を上がったほうには丸い柱状の本棚が天井を支える図書室で大学で使う科学の専門書から子供用の絵本、少し旬を過ぎた流行小説をタダで読むことができる。司書は小説家志願の少女がやっていて、『イラストレイテッド・セント・エクスペリー・ニュース』に提出する原稿を書きながら、貸し出しの受付をしていた。
そして、近所の部屋も問題はない。カード遊びでわめき散らすアホな男子はいないし、しょっちゅう爆発騒ぎを起こす魔法使いもいない。
部屋が決まると、イリヤムとステラはセント・エクスペリー荘を出て、服屋へ向かった。
日が暮れようとしていた。朱が眩しい空のなかを小さな島や飛行艇、コロコロ鳥に曳かせた気球が行き交っていた。西の地平に沈む光のかたまりは空にあるもの全てに対して――鳥、機械、雲、島、空高く放り投げたベレー帽にさえ――気前良く茜色を与えてくれる。だが、その気前の良さも長くは続かないだろう。というのもいくつも星のかかったアイアンブルーの空が夜を引きずって東から滲み出してきていたからだ。
夜光結晶を丸い雪花石膏の玉のなかに入れた街灯がほんのりと灯るが、これはもっと大きな通りでのこと。庶民街のあちこちではマッチがすられ、灯心を切ったオイルランプに火が灯される。
婦人服店の店主はちょうど鎧戸に手をかけているところだった。イリヤムはなんとか強引に店に入って、ステラに品定めさせた。
店主の一日の一番の楽しみは店を閉めて、顔見知りが集まる近くの酒場へ行くことだった。それを邪魔された店主は不満げな様子でカウンターの後ろに座っていたが、それでもステラが袖がつながっていないタイプのホライゾンブルーのワンピースと白い襟付きのスカイブルーのボディス、アップルグリーンのリボンネクタイを選んだときはきちんと笑顔で対応し、レジスターのキーを打ち、お釣りを払いながらまたのお越しをお持ちしておりますというだけのことはできた。
二人が店から出て行くと、店主は大急ぎで鎧戸を閉めた。余りにも急いでいたので鍵を閉めるのを忘れていたくらいだった。