10.
王都ライトはジュエリス王国を構成する浮遊島のなかでも特に大きく、小さな大陸と呼んでも差し支えのないエメラルディア島にある。
ライトは広大なノースウィンドウ湖と西で接していて市内に運河が通り、船が市民の足となり、物流の基盤をなしている。
東には草原と森、畑、川、漁りする村落が散らばり、スターリングシャーやマーシュタウン、ヘリングボーンムーアといった都市へつながる鉄道が敷かれている。もちろん各都市には飛行艇用の艇港もある。
イリヤムとステラが乗ったラグタイムはライトの湖岸にある王太子記念飛行場に到着した。
ピッケルタウンとは比較にならない賑やかな街並みにステラは息を飲んだ。エーテルを燃料にして走る自動車〈エーテル・キャリッジ〉とキャベツを積んだ農家の荷馬車が同じ大通りを走り、運河では艫に青と黄の旗を立てたモーター・ランチと船首に竜の頭を模ったゴンドラが行き逢い、唄うような調子でお互いに呼びかけている。
船乗りを見るイリヤムの目はどことなく優越感を佩びている。
船乗りと飛行艇乗り。彼らは永遠のライバルだった。
飛行艇乗りたちは水と空の両方を制することで水の上しか移動できない船乗りたちよりも自分たちを上位に置く一方で、船乗りたちは水への一途な忠誠から空に浮気する飛行艇乗りたちよりも自分たちを上位に置く。このことが原因で酒場で乱闘が起こることは度々。そのたびに警官隊と騎士団が出動するのだが、今度は騎士と警官が管轄争いを始めて、いよいよ乱闘は賑やかになり治まりがたくなっていく。
だが、それは仕事がはけた夜の話。
昼のライトでは街路樹の木陰に置かれたテーブルでは隠居した老人がシェリーを飲み、花を飾った帽子の婦人たちが目まぐるしく変わる流行に悩みながらウィンドウ・ショッピングをし、剣や銃を売る店では冒険者の一団がたむろしてエメラルディア島にあるダンジョンへの遠征計画を立てている。
ガラスの天井を持つアーケード〈ガッレリア〉ではきらびやかなファサードの店が並び、服や靴、ボンボン菓子、絵画や彫刻、魔法の杖と魔法書専門店、世界中の珍味を集めた缶詰屋、貴族や富豪御用達の仕出し屋、文士や画家といった芸術家たちの集まるカフェがある。
そして、白亜の塔と丸屋根がいくつも集まった王宮。門前には騎銃とサーベルをさげた近衛竜騎兵が馬に乗ったまま、白黒に塗った哨舎に歩哨として立っている。そこから先は庶民が窺い知ることのできない世界がある。
初めてライトを訪れる人々はこの光と色の大祭典にすっかり参って眩暈を起こしてしまう。
だが、横道から庶民街に入ってみれば、緑樹の中庭が運河に面している静かなレストランがあったり、コメディから古典的な純愛ものまで手広くかける影絵の芝居小屋があったり、教科書代の捻出に苦労する貧乏学生の強い味方である古本屋があったりする。王都はきらびやかで貴族的なものだけでなく、地味ながらも暮らしに欠かせない庶民的なものに対しても大きく門を開けていた。