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その殺し屋、元医者にて  作者: 虎一揮
一章 戦闘王国カルガンテ
8/19

悪魔の食事 ⑤

地下迷宮内に剣戟の音が鳴り響く。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっっっっっっっ!!!!!!!」


蒼炎の剣線が弧を描いて死神の胴体へと強襲する。


死神は長剣(ロングソード)を翻して蒼炎を纏う短刀(ダガー)を弾き返し振り上げた状態から袈裟斬りへと繋げる。


頭から降りかかる長剣(ロングソード)の軌道を根元の側面をもう片方の短刀(ダガー)で叩きつけて軌道をずらし、空いた隙間に身体をねじ込む。


すぐに突撃(チャージ)を仕掛けて短刀(ダガー)射程(リーチ)内に収め、連撃(ラッシュ)を仕掛ける。


(敵の攻撃が読めるっっっっっっ!!!!)


死神にへばりつくヘドロの鎧を短刀(ダガー)で削り取っていく。

空に舞う緋いヘドロ。

粉々になったヘドロの鎧は2人の周辺に降り注ぎ、血の霧を作り出す。

バラトはそんなものに全く気にせずに右手の短刀(ダガー)を死神の胴体へと一線。


ズバンッッ!!


身体が切り裂かれる音が地下迷宮内にくぐもって響き渡る。

死神の胴体には一筋の斬撃痕が深々と入っており、そこからヘドロが溢れ出て地面へと滴り落ちる。


(まだ行ける!もっと速く!!もっと鋭く!!感覚を研ぎ澄ませろっっ!!!敵の行動を読めっっ!!!!!)


だが、死神は致命的な傷を負ったはずなのに、痛みを感じていない。

余裕な顔は未だ崩れず、唇がつり上がった蔑むような嗤いが無くならない。

死神はすぐに傷口を肉を膨張させ、傷口を修復させる。


そんな死神に見向きもせずにバラトは一歩下がって長剣(ロングソード)の横薙ぎを回避、そして側面に回る。

そして片方の短刀(ダガー)を納刀、両手で一振りの短刀(ダガー)を掴んで蒼い焔を集める。

握られた短刀(ダガー)に蒼い焔凝縮されていき、金属の刀身の上にもう一層の蒼い刀身が完成する。


「うおおおおおおおおおおっっっっっっっっ!!!!!!!!」


右腰への突貫(チャージ)が見事に決まり、短刀(ダガー)の根元まで死神の腰へと叩き込まれる。

蒼い焔を纏った短刀(ダガー)は易々と鎧を突き破り、その下に護られている柔らかい横っ腹へと突き刺さる。

そして、短刀《ダガー》に凝縮して纏った蒼炎が膨張して爆散し、死神の腰の一部が弾け飛ぶ。


「ぐうっ!!!!!」


カランと地面に落ちる銀色の短刀(ダガー)

死神が初めて苦悶の表情を少しだけ見せる。

爆発で少し飛ばされた死神は、すぐに爆発で辛うじて残った腰の一部の肉を膨張させ、欠けた部分を無理矢理補う。

そしてヘドロで細かい傷口を塞いで止血。

だが、余裕な表情をすぐに取り戻し、鼻に付く蔑むような笑顔を取り戻した。


死神がバラトの動きについてきていない。

覚醒したバラトの動きはこれまでにも速く、鋭く、隙が全くない。

それに。


(この動き、この癖、この戦い方!!!全部見たことがある!この動きはガランと同じだ!)


そう、死神の剣技は死神の物ではなかった。

全ての身体能力は言わずもがな、全ては劣化した借り物である事にバラトは気がつく。

もちろん、パワーや速さは段違いに強力になっている。

だが、剣技の熟練度が低い。

全ての剣線が単調で、次はどの軌道で来るのか読み易いのだ。


バラトはすぐさま死神から距離を取り、予備(スペア)短刀(ダガー)を装備する。

左手に握られたダガー(ダガー)はすぐに蒼い焔が纏われていき、さっきと同じような鋭い刀身を作り上げる。


バラトはもう一度距離を詰めて死神の首筋へと一線。

死神はそれを長剣(ロングソード)で受け止め、鍔迫り合いへと移行する。


「あぁ、意思って凄いもんだよ。俺とお前は同じ(・・)だ。ハッハッハッハッ!!!!!これはおもしれえ!育ててから喰らうのも一興か??」


バラトの急成長に興味を示した死神は趣向を変えようかと悩んでいるようだ。


「黙れっっっ!!!俺とお前は違うっっ!!!!俺は仲間(ダチ)の仇を討つだけだ!!!」


基本の能力値(アビリティ)の格差もあって鍔迫り合いが死神へ軍配があがる。

ジリジリと長剣(ロングソード)の重みに負けて短刀(ダガー)が首筋から引き剥がされる。

 同じという単語(ワード)に過剰に反応するバラト。

頭に血が上り、冷徹な判断力が失われて、怒りの感情が頭の中に染み渡る。


「へぇ!フッフッフッフッフッ!さっきはその仲間(ダチ)を見殺しにしていたようだがな。なぜ助けなかった??お前が見殺しにしたんだよ」


煽りに煽る死神。

バラトの怒りを膨れさせ、判断力を下げる狙いが透けて見える。

バラトは力の向きを変えて長剣(ロングソード)を地に叩きつけ、離脱。

少し離れた位置で相対するバラトの瞳には怨み怒りの感情が現れており、表情も忿怒の体をなしている。

ニヤリと口元を避けるようにして笑う死神は、右手で人差し指をバラトに向ける。


「違うっっ!!!!俺は、俺は、俺は!力が足りなかった!!奴を庇えなかった!!勇気も足りなかった!!俺は何も出来なかった!!ただ俺は!今は!俺の人生に恥じない最期を迎えたいだけだ!!!何も決められずに終わるのは絶対に嫌なんだよ!!!」


地下迷宮内に一種の覚悟の咆哮が響き渡る。

バラトの覚悟に呼応したのか地下迷宮は地響きを持って彼の覚悟を歓迎する。

 蒼い焔が轟々と燃え上がる。

俺は、俺の想いは、俺の意思は、決して曲がらないとでもいうように。今の自分は今までとは違う、と意思表明するように。

死神の煽りでさえも自分の覚悟の燃料にしようとするバラトは、一層意思の焔を燦然と輝かせる。


「ハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!!!子供みてえなことを言いやがる!!さあ見せてみろよ!!お前の意地を!お前の矜持を!俺も全力で相手してやる!!お前が生きる値があるか俺が判断してやるよ!!!」


好機。

危険(リスク)も少し跳ね上がったがそれでも好機だと死神は判定を下す。

怒りは戦闘において不要な感情だと痛感している彼は、ここまでキレたバラトの表情を伺い、心の中で高々と笑い転げる。

 右手を開いてちょいちょいと挑発の態度をとる死神。

さあこい、叩きのめしてやる、との意を込めてバラトを最後の締めの想いで死神は煽る。

だが。

蒼く燃え上がる焔は一向に収まる気配が無いが、戦闘に戻るバラトの表情には怒りの感情が波が引くように引いていく。


(落ち着きなさい、あなたはそれでいいの?怒りは心の焔にくべなさい。あなたの意志はそんな安いものでは無いわ)


心の中で鈴の音のような凜とした声がバラトの脳裏に響き渡る。

その声は神聖なのか、死神の耳には届かない。


(怒りを抑えなさい。自分の意思を信じなさい。あなたの意志は怒りで折れない。自分の意志に耳を傾けて。何をしたいの、何を成し得たいの。あなたの想いはあなたの心のあり方そのもの。さあ

想いをぶつけて、想いを発露して。あなたのやりたいことはその先にある)


(ああ、その通りだ。俺は俺の為にやるだけだ!!!!!)


所謂、天啓。

脳裏に響く鈴の音のような女神を幻視させる神聖なる囁きは、バラトのささくれた心をみるみる癒す。

怒りに満ちた心が徐々に落ち着いていき、純粋な想いだけが残る。

もはやバラトには怒りの表情は見る影もなくなった。

ただ、純粋たる意志、死神を倒すその一心で死神を据える。


(チッ、あいつにも(・・)降りてしまったか。小手先の揺さぶりはもう聞かねえか)


一種の境地に至ったバラトの表情を伺い、表情を消す死神。


(あぁ、これだと安全に喰らうことができねえ…。だが、いづれ必ず俺が喰らい尽くしてやる。少し遊んで撤退するか。『種』もしっかりと植えてな)


喰らうことを諦めた死神は撤退の準備を行う。

彼は長剣(ロングソード)を地面に突き刺し、両の手の平を地面に張り付けてヘドロを染み渡らせる。


「【魂の饗宴】」


「「「ヴォォォォァァァァァァァァ!!!」」」


地獄から這い上がるようにして死神の奴隷が頭を突き出し、両腕を使って身体を起こし、ヘドロに塗れた状態で死神の周りに還元する。

 死神の十八番である魂の奴隷をここに召喚させた。

そして彼は地面から生まれ出たある一体に歩み寄り、「よし、お前がいい。精一杯働け」と、奴隷に囁きかけ、心臓の部分を貫き、『魂』を引っ張り出す。


「??」


死神のやっていることに理解が及ばず首をかしげるバラト。

じっくり見て真相を明らかにしようとするが、


「さあ、お前ら宴の始まりだ!!!!!」


死神が奴隷に出撃の合図を出して再戦の口火がとって落とされた。

バラトに考える隙を与えない。


「ぐっっ!!!」


バラトは計74名、32体の人とモンスターの襲撃を受け、殲滅に取り掛かる。

蒼い焔を閃かせ、次々と奴隷を屠るバラト。

単調で鈍い動きに彼を止められるものは誰もいない。

上段に構えられた太刀の軌道をすぐに見切って側面をとり、すぐさま両断。

第二波の二法からの突貫(チャージ)を一歩下がって回避。

後方から処断するような二つの袈裟斬りを回し蹴りで蹴り飛ばす。

両脚を地につけた瞬間跳躍して半回転、下にいる奴隷たちを睥睨し、短刀(ダガー)を鞘にしまい、針を腰から10数本掴み、投擲。

全て狙い違わず胸元に刺さり、蒼い焔が爆散。

その余波で周囲にいた奴隷たちを吹き飛ばしていく。


(全てが遅い!全てが鈍い!!)


大型の狼モンスターに馬乗りになって槍を構えて距離を詰めるが、短刀(ダガー)を頭部へと投擲して撃ち落とす。

狼単体で飛び掛かってくるが、サイドステップして前傾姿勢、合わせるようにして斜め下から狼を両断した。

腰に下げていたもう一つの予備(スペア)短刀(ダガー)を引き抜き、敵の軍勢を迎え撃つ。


「はあああああああああああああっっっっっっっっっっ!!!!!!!!!!!!!」


蒼い焔を辺りを照らすように輝かせ、全身を駒のように回転させて切り裂いていく。

焔の余波に当てられた奴隷はみるみる溶解していき、彼に触れることなく生き絶える。

そして回転を止めると、息を合わせるようにして6方向から同時に襲撃を受けた。

(ランス)、薙刀、両刃斧(ラビリュリス)長剣(ロングソード)、太刀、戦鎚(ハンマー)、各々の血に濡れたヘドロ武器で上段、下段から防御不可能の攻撃を繰り出す。


「ツッッッッ!!!!」


感が冴え渡るバラトは危険をすぐに察知して身体を後ろに倒して全ての死線を視野に入れ、短刀(ダガー)を交差。そして十字を描くように振り抜く。

神速で打ち出された剣線は爆風を呼び、蒼い焔を乗せて都合六つの剣線をはじく。


(ギャルド、スレイル、ベネト、タロット、ジェラード!!お前らも喰われていたのか!!!)


この6人衆はいつもパーティを組んでいた貧困街(スラム)のならず者だった。

少し前までは当たり前のごとく声を交わした仲だったのが醜い姿に成り果てたことにバラトは嘆く。


(すまん、だけどありがとう(・・・・・)


彼の人生における初めての感謝。

心の中ではあったが、純粋に感謝の言葉を捧げるバラトは、彼らの癖を熟知しているので各個撃破していき、六人目の男を斬りふせる。

次点。

悠然と佇む死神を奴隷の間で捉え、狙いを定める。


「フッッッッッッッッッ!!!!!!!」


バラトは蒼くコーテイングした短刀(ダガー)を死神へと投擲。

隙間を縫う短刀(ダガー)の軌道は奴隷の壁を飛び越え、死神へと届く。


「ぐあああああああああああああっっっ!!!」


首筋に深々と刺さった短刀(ダガー)は死神の命を蝕む。

首筋から溢れ出る血は止まることを知らず、口からも血と泡が混じったものを吐き出す。

頰の上からは脂汗が噴き出し、顔も青く見える。


(よし!致命打(クリティカル)入ったな!)


心の中でガッツポーズを決めるバラト。

嬉しさが表へ出ているのか、焔が煌々と揺らめいている。

 あと少し!と思い、奴隷を蹴散らし、死神へと追撃に向かうバラトだったが、身体に凍えるような寒気が突き通る。


ゾクゾクゾクゾクゾクッッッッ!!


バラトは駆け出す足を急停止させた。

そして恐る恐る自分の腰の方へ視線を投げかける。

そこには。

呪いの短刀(ダガー)

血に塗れた死神謹製の武器が深々と刺さっている。


「ぐわあああああああああああああああっっっ!!!!!!」


自分の怪我を見ることによって痛みが復活したバラトは、灼熱の如き痛みに身を悶えさせる。

彼は脂汗を垂らして自分を蝕む短刀(ダガー)に手を掛け、苦しみからとりはらおうとするが。


(ああ、ああ、あああ、ああああ、やっと会えた、会えた会えた会えた会えた会えた会えた、あえあえた!!!バラト!!愛おしいバラト!!やっと一緒になれた、たたた!!)


短刀(ダガー)から話しかけられるのはバラトのもう片翼であるグレスだった。


「ぐ、グレス!?お前、どうしてっっ!?」


(ああ、愛おしいバラト、君はなぜまだ生きているんだい?後は君だけだ、早く楽になってしまえよ、はやくはやくはやくはやくはやくはやくっっっ!!)


「くそっ!グレスと同じなのかっっ!!」


泡を吹いていた死神がニヤリと口元を釣り上げる。


「よかったなあ、感動の再会おめでとう。フッフッフッ。俺からのプレゼントさ。お前の相棒の魂を送ってあげたよ。ありがたいだろう?フッフッフッフッフッ。性格は保証しないがね」


「この野郎!!!!!」


(もういっしょ、だけどまだ足りない。はやく死ねよ。はやく死ね。死ね死ね死ね死ね!!俺と同じ魂になって混ざり合おう!肉体が邪魔だ!早く腐らせてしまえ!!)


「や、やめろグレス!?」


呪いの短刀(ダガー)の柄の部分からヘドロが捻出され、右手にベタリとくっつく。

ヘドロからは腐敗臭が垂れ流されて鼻を犯し、嗅覚を潰しにかかる。


「が、があああああああああああああっっ!!」


腕が腐る、腐る、腐る。

すぐには腐り落ちないが、肉体の細胞を一つ一つ壊死させていき、腕をジワジワと犯していく。

まだ目に見えるほどは腐っていないが、ヘドロによる痛みは間断なくバラトの心を苛み、苦渋の表情を見せる。


「フッフッフッハッハッハッハッ!!やはりそうなったか!まあ頑張りたまえ。精々足掻くがいいよ。君の末路は全身が腐り落ちて死ぬ!!その時に君の味を味あわせてもらうよ!!」


バラトの苦悶の表情を眺めて愉悦の表情を見せる死神。

瞳が緋く輝き、バラトの未来を暗示する彼は何事にも代え難い悦びを味わっている。

バラトに穿たれた首の傷は既に完治しており、消耗の気配は何もしなかった。

バラトは踊らされていただけだった。

全ては死神の手の平で動く操り人形に過ぎなかった。

全ては演技、死神の数多ある計画(プラン)の一つを遂行したのみ。

バラトは生き残る権利を得ることができたが、代償はなんとも悲惨たるものだった。

腐りゆく腕、亡き相棒から冥府への誘い。

彼は再度死神と邂逅するまでの間、一夜も眠れない地獄の中を探し続けるのだった。


ベチョリと死神がいた所がヘドロの水溜りが出来上がり、死神は地下迷宮を去る。

近くにいた奴隷たちもヘドロの中へと次々と飛び込んでいき、この場から地獄へと還っていく。

そして静寂が訪れる。

ポタリと落ちる脂汗は地下迷宮内へと無慈悲に響き渡っていった。

悪魔の食事はこれにて終了です。

⚠︎主人公はあくまで死神です。バラトは主人公ではありません。

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