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その殺し屋、元医者にて  作者: 虎一揮
一章 戦闘王国カルガンテ
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悪魔の食事 ④

『ああ、ああ、ああ、ああ、ああ、来たよ、来たよ、来たよ、来たよ、来たよ!グレス、バラト、お前らを地獄へ誘う案内人の登場だ、だ、だ!』


ゲルガーの潰れた声が袋小路の中を無慈悲に響き渡る。

当のグレスとバラトはその問いかけに気を向けず、ただ目の前の『恐怖』に恐れ、ガクガクと両脚を小刻みに震わせていた。

死神が一歩距離を詰める度に2人はジリジリと後ろへと後退する。

グレスとバラトはもはや戦意を完全になくしていた。

ただただ目の前の『恐怖』から逃れようと一歩、一歩と後ろへ後退することしかできなかった。

そして一歩。


「「ひ、ヒイイイィッッッッ!!??」」


自分達を救うはずだった一歩が壁に当たることによって潰える。

もう、逃げられない。


「ああ、待ちくたびれたよ…。貧困街(スラム)の高級餌ども。さあ、味わさせてくれ!!!!!!」


「「ああ、ああ、あああああああああっ!?」」


グレスは中からの囁きも相まって気力が限界に達していた。

地を踏みしめていた両脚に力が入らなくなって来て、とうとうバランスを崩して膝立ちになる。

自身が立っていないことに気付かず、ただ、死神の瞳を焦点の合わない目で見つけるのみだった。


「ああ、ああ、ああ、ああ、もう駄目だあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


死神との距離が詰まり、もう見上げる位置までの距離になっていた。

死神の瞳。

この距離まで近くで直視すると、もう恐怖の嵐に抗えない。


(なんだよ!?あの眼の奥に広がっているのはなんだ!?あんな所なんて行きたくない!!絶対死んだほうがマシだ!!)


心の中では怒涛の勢いで叫びをあげるバラト。

だが、現実として、一歩も身動きが取れなくなって、歯をガタガタいわせるだけだ。

ただ、死を受け入れることしか出来ない。

 瞳の奥はかつて筋肉男が先んじてのぞいていたが、それとは比べものにもならない地獄となっている。

闇の中を蠢く人、人、人。

ほんの少しの紅い光源で照らされた地獄は血の池で地面が出来ており、辺りには屍が散乱している。

屍は本来ピクリとも動かない人間の死後の残りカスみたいなもので、動かすことのできない空っぽの器のはずが、カタカタと小刻みに揺れて不気味な不協和音が耳に入ってくる気がする。

その周りには肉がまだひっついている奴もいるが、もう人のそれではない。

人間らしさがつゆほどもなく、安寧を探して、出口のない地獄の中を彷徨うだけだ。

そいつらは身体全身が血でつつまれ、動く度にポタリポタリと誰ともわからない、自分ともわからない血が血の池に落とし、不気味な波紋を作っている。

骸骨は徘徊したこいつらの成れの果て、散々あがいた結果、肉が削ぎ落とされたのだ。

それでもこいつらは死ぬことができず、何も見えない真っ暗な暗闇の中、無限の時間苦しみに包まれながら生きていく。

 その無限奴隷の1人と目があった。

お前もこっちにこい、と。お前ら2人はこっち側の人間だと。

瞳の奥で元貧困街(スラム)の住人に呼び掛けられた気がして、「ヒッッッ!?」と怯えたバラトは一歩後退する。

だが、後ろは壁、逃場は既に失われた。

また一歩、死神はグレスとバラトに近付く。

死神は余裕の念を隠そうとせず、嗤いを止めずに距離をジワジワと詰めて、恐怖の闇に二人を落とし込める。

グレスは先程からただ虚空をぼんやりと眺めているだけでなんの役にも立ちそうにない。


「ああ、ああ、あああああああああっっ!?」


とうとう目の前の恐怖に当てられて発狂して叫びちらすグレス。

顔は恐怖で歪み、涙と唾と鼻水が混ざり合ってベトベトになるのも気にせず、唾を周りに飛ばして誰もいない虚空に「助けて!助けてええええええぁぁぁぁぁぁ!!!」と喚き散らす。

バラトはそんな彼の狂乱ぶりを見て恐怖がより一層重く自分にのしかかる。

もはや彼は孤独になってしまった。

今まで2人でならどんな事もうまく切り抜けられた筈なのに、片翼をもがれた鳥が空を飛べないように、1人になってしまったバラトはもう何もすることが出来ない餌へと成り下がる。


(ああ、クソ!俺はここで死ぬのか!!??)


バラトは悟る。1人となってしまった彼はもはや助かる事は絶対にないと。

俺も狂って仕舞えば楽になれたのか?先に死んで仕舞えばこんな苦しみを味わなくて済んでいたのか?早く死んでおけばよかったと頭の中で自殺紛いの感情がよぎる。

だが、甘んじて死を受け入れるわけにはいかない。

貧困街(スラム)に生きてきた(さが)が俺に一矢報いるようがなりたててくる。

やられっぱなしじゃ終わらない。

このままじゃ俺のこれまでの人生は何だったんだ!?俺の人生は無意味だったってのか!?

泥臭く、やられたら必ずやり返すと決めここまで生きてきた。

やられっぱなしは俺の心の辞書にはかけらも存在しない。

ならばこっちからも仕掛けないと、少しだけでも相手に死を実感させないと、割に合わない。

心の中で誓う。

必ずこいつを喰うまではなくとも噛み砕くくらいまで追い詰めてやる。

そう考えたバラトは、覚悟の炎を燃やし、恐怖を弱者の意地で吹き飛ばす。

両の拳を血がにじみ出るほど握り締め、決然とした瞳で死神の緋い瞳を睨みつける。


「ほお…。戦意が戻ったか。くくくっ、おもしれぇ。ならうるさい外野一時退場願おうか」


ヘドロに包まれた剣を斬りはらい、狂気に染まり、気持ち悪い叫び声を上げるグレスを挽肉(ミンチ)にする死神。

辺りにグレスの血が飛び散り、バラトに幾つもの肉片が身体に引っ付くが、彼はそれらに見向きもせず、死神から視線を外さない。

殺してやる、とバラトの意地が瞳に集まり、視線となって死神に向かう。


「さあ、宴の再開だっ!最後の演舞、俺を愉しませてくれよっ!」


グレスからにじみ出るヘドロを極上の酒を飲むようにして吸収した死神は、宴の終焉が来ることを告げる。

彼は堂々と両手を左右に広げ、この状況を歓迎しているようだ。

自分が死ぬなんて一ミリも頭の中に浮かばない彼は余裕な表情を崩さず、餌を見るような目でバラトに睨みつける。


(ああ、やってやるよ!1人でも必ずこいつを一泡吹かせてやる!俺の命なんて二の次だっ!!)


覚悟の炎を心の中で燃え上がらせ、グレスの死を炎にくべて、心の中で雄叫びを上げる。

そのたたずみ、その想い、それは全てを投げ打つ儚い男の最後の輝きだった。

それは何事にも代え難い尊いもので、いままでの人生で一番輝く瞬間だった。


「その面構え、悪くない。さあ、来い!受けてたってやる!お前のその意思も包み込んで、絶望に染めてやる!!!」


「うおおおおおおおおおおおああああああああああああああああああっっっっ!!!!!!!!」


雄叫びを上げるバラトは覚悟の炎を燃え上がらせる。

腰に帯びていた短刀(ダガー)を二刀を引きちぎるように引っ張り出し、鞘を投げつけて戦闘態勢をとる。

足の震えがどこかへ飛んでいき、がっしりと地を鷲掴みにして相手を見据える。

うっすらとバラトの身体の周りには蒼い焔が身体を包み込み、短刀(ダガー)の刀身も蒼い焔が揺らめく。


『た、闘うの?ねえ、闘うの?やめようよ、やめようよやめようよ、どうせ敵わないよ、さっさとこっちへ来ようよ、待たされるこっちの身にもなってくれよぉ!!はや、は、は、は、は、はや、はや、はやく、はやくはやくはやく早く、くく、くく、くくくくくくくくぅぅ!!』


もはや豹変したゲルガーの声など耳に届かない。無意識にゲルガーの口らしきところを短刀(ダガー)で切り裂いて、『ぎぃええええええええぇぇっ!!??』と断末魔の声が響き渡る。


少し死神に向かって歩き、5メートル程しかない距離を潰し、死神とあと一歩の距離まで詰める。

死神と相対し、緋い瞳を睨みつけるバラト。


「行くぞ!!!!!!」


その声を合図にして死神に向けて速攻右手の短刀を振り上げる。

彼にとっての最後の戦闘の幕が開かれる。

地下迷宮も最後の戦闘を讃えているのか、先程までの喧騒がぴたりと止み、戦闘の行く末を見守っている。

暗闇に包まれていた袋小路がバラトから発せられる蒼い光が辺りを照らし、戦闘の舞台を完成させる。

こうして、バラトの人生最後の悪あがきが始まるのであった。






何故かバラトが勇者っぽくなっちゃいました。

まだ、続きます。

ちなみに、グレスが食されたけど、より美味そうなバラトがいるからまだ死神は錯乱いたしません

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