ルルーチィの漂流生活・全ての終わり
漂流生活編、今回でやっと終わります。
『ガアアアアアア!!!』
『ガオオオオオっ!!』
『シャアアアアアッ!!!』
勝どきの咆哮が止まらないルルーチィ。
異を唱えり者あれば即勝負の咆哮。
だが、こんな化け物を相手にしたい者はナシ。
一人で粋がっているソレは逆に滑稽ですらあった。
魔物の群れが撤収し、島に平穏が回復。
長い夜だった。
朝日が水平線の向こうから光を届け始めた。
「しゃあああああ!!」(物足りない……)
異形の姿のまま興奮状態が収まらないルルーチィ。
(もっと、欲しい! もっと、もっと!!)
青紫色の魔法力に全身を包まれたルルーチィ。先ほどの激闘以上の覚醒状態? 戦闘力が跳ね上がっている。
(まだ、欲しい…… アツいナニかが欲しい……)
ナニかを求め、宙に浮かんでみる。クレーターの外にソレは存在した。
(あった! アレだ!! 私が望んだモノだ!!)
ルルーチィの視界の先にはギイ、ギグ親子の姿。
(あの大切なモノのために私は――うん。そうだ。あれは良い物だ)
自分の求めていたモノを発見。進み、その目前に着地する。
「……」
「ルルーチィ、お前?」
「ルルーチィさん? ですか?」
ギイ親子、変わり果てた姿のルルーチィに問いかける。
「ん――」そっけない返事。無機質な表情。
「お前、知ってたのか?」ギイさん。
「お父さん?」ギグくん父親を見つめ不安そう。
「ん?」
「お前、自分の出生は?」
「なにを、おとうさ……」
「……」ギイの問いかけに無言で首を横に振るルルーチィ。
「そうか――、自分でも知らなかったというわけか」
「なんですか? いったい、なに?」
「コイツはキメラだ」
「キ、メラ?」
『キメラ』それは獣人種と妖精種の混血。
尋常でない魔力と異常に頑丈な肉体をもった忌まわしき存在。
種族によっては魔物以上の嫌悪種族。
「忌まわしき混血だ。だが、血はそれほど濃くはないようだ。さしずめハーフ、いや、クォーターキメラといったところか。ハーフビーには間違いないが、どこかで妖精族の血も受け継いでいる。やっかいな血筋というところだ」
「ルルーチィさんが……」
ショックのギグくん。こんなショッキングな事実、短い人生の中で経験したことはなかった。
完全にフリーズしている。
(そーゆーカラクリかぁ……)
納得するルルーチィ。
(だから、かあぁ――)
理解するルルーチィ。
(大事な家族だから? だからこそ、なんだ。)
答えが出たので行動することにした。
「私が壊すから。誰にも邪魔はさせないから。ネ?」
ギイ親子に向かって、その鎌のようなツメを振り上げる。
「ルルーチィ!?」
「え!?」
「私が皆を征服するから。ネ?」微笑むルルーチィ。
「お前、心までキメラに!?」
「ひっ!」
「すべては私のモノー、ヒャヒャハハハ!」
止めるモノはいない。
すべてはこの島の征服者である、ルルーチィの自由である。
間違っていたとしても、誰が異を唱えられる?
事実、ココには他に誰もいない。
たとえ、いたとしても、異を唱える? である。
「ヤメローッ!!!」
絶叫したモノがあった。
林の中から駆け出してきた小さな身体。
「ギコ!」
「ギコ……?」
ギイ家族の末っ子ギコくんだった。
魔物軍団に襲撃されたとき、森の中で、かくれんぼするように言いつけられていたのだ。
そして今まで魔物に見つからず最後までやり遂げたのだ。
さすが、かくれんぼの天才だ。
「お父さんとお兄ちゃんに、手を出すな!」
威勢のいいタンカ。
「ふぁ、ファファ、ふぁーっ! 生きてたんだギコくん。うれしー、なあぁ……」
とろけるような表情で、家族二人を庇い立てして目前に立ちはだかるギコくんを眺めるルルーチィ。
「あっち、いけーっ! ばけもの!!」
「ギコ!」
「ギコぉ!」
だがギイとギグ、小さなギコの身体の後ろで何も出来ることはない。
「あー、ひどいんだ。ばけもの、とか言ってーぇ、ギコくん、ヒッドーイッ!」
「お前のほうがヒドイ! なんでお父さんとお兄ちゃんを殺そうとする!?」
「だってさー、君らって、もう、私の家族みたいなモンになっちゃったし? ってか家族なんだヨ?」
「え? なら!」
「だから、ジャン! だから、私が征服するべきじゃん! だって他の誰かに壊されるの……ぜっったっーいいっに! イヤ! なんだからっ!! 私が壊すんだ!! みんなを私のモノにするんだ!!」
「……」
幼いギコにも分かった。
(狂っている)
「ギコ、こっちに来い」
「……」
ギイ父に寄せられる。
父に抱き寄せられ、ギグお兄ちゃんと抱きしめあう。
三人には、もう、成す術はない。
そのまま最期の時を待つ。
「よかった。本当によかった。三人がみんな無事で」
ルルーチィ、感動している。
「おかげで、みんなをいっぺんに壊せるよ。ありがとう」
感謝の気持ちでいっぱいだった。
「ハァァ、やっと、壊せる。一時はもうダメかと思ったヨ?」
苦闘の記憶を乗り越えて、ようやく達成できる想い。
「ありがとう。本当に、ありがとう」
感激の涙を浮かべながら、頭上に掲げたツメを家族に向かって振り下ろす、その寸前――
『ヒシャ』
その刹那、頼りない音がした。
(?)
瞬間、止まるルルーチィ。
(あ)
ソレに気付いた。
(っとっと……)
反射的に大事なソレを左手で受け止めた。
(いきなり、このタイミングでクサリが切れるかね、コレ――)
動作を止めて、首から落ちかけたペンダントを握り締めるルルーチィ。
それは、ただのペンダントではない。
ギグくんが、大事な想いを込めてくれたソレだ。
それは母から子供への守護石、そして、その息子から大事な恋人へのプレゼントになる。
種族間ではプロポーズの意味もあると聞いた。
そんな大切な物を、そんざいにできるわけがない。
「はあ?」
動きが完全に止まるルルーチィ。
目前に怯えきった、というよりも、死を覚悟した様子のギイさん家族。
抱きしめあって、絶望的な悲壮感がハンパない。
(なに? なに、やってんだ!? わたしは!? はああああ!?)
ギリギリのところで平静を取り戻した様子。
「あ、あああ、あああわわあ……」
目前の悲惨な様子を自分が引き起こしたことを理解し、状況を取り付くえないルルーチィ。
泡を吹きそうな表情で後ずさりするしかなかった。
「?」
様子の変化にみんな気付く。
「アアアア……」
「……」
平静を取り戻したルルーチィのことは認識できた。
でも、自分達を殺そうとした相手のことを……
「……」
「……」
誰も、言葉を発せない。
ギイさんは息子二人を見つめていた。
ギグくんは怯えた表情のままルルーチィを見ていた。それは監視の眼差しだ。
ギコくんはお父さんの胸に顔を埋めたまま、ルルーチィのことを見ようとはしなかった。
「あ、あ……」
「……」
ルルーチィは左手のペンダントを見た。
(あああ……。コレは返さなくちゃいけない。あああ……。だってギグくんには、あああ……、こんな思い出、つら過ぎる。あああ……。だから返さなきゃ、あああ……でも、コレは、これは……)
「バイ・バイ」
その一言を残して、ルルーチィは空に舞い上がった。
しっぽがしなり、天空へと、ドンドン加速していく。
(アアアー!! アアアアアー!!!)
やってしまったのだ。取り返しのつかない失敗を。
思い出して、恥ずかしい、では済まない大失態。
(なんでコンな? そっか、ははは、私は忌まわしキメラなんだ! うああああああ!!!)
雲を突き破り、天空の地へ突入。
『ははっはははあー!! 私はバカだからーっ!! キメラだからー!! みんな笑ってーぇ!!!』
発したつもりだが声にならなかった。
(空気が薄い、普通なら死んでる。ひゃはははは)
重力もあまり感じない。
全身を強力な魔法壁で覆われてなかったら、間違いなく死んでいる。
(うわ、足下が地図みたいだ)
そんな高度まで上がっているのである。
(ああ、あの島、こんなところに。どうりで救助とか近寄る船とかないはずだわ)
幸か不幸か無人島の位置を把握できた。
その位置は、目的地だったセンエン国の大陸の西を通り越し、大陸沖西南の果てにまで届いていた。
(大陸同士の間の海だとばっかり思ってた。うかつにイカダなんかで漕ぎ出してたら、と思うとゾッとする。見当違いの方に進んで全滅だったわ)
南にセンエン国のアテをつけて進めば、南の果て凍結の世界に突入するところだったし、北西にマンエン国のアテをつけて進めば、西の果てにある魔物群生の地、暗黒大陸の世界に突入する危険性が高かった。というかわりと暗黒大陸に近い。あの強力な魔物軍団が現れても不思議じゃないわけだ。
(さて、と……。不幸中の幸い。キメラにも使いようがあったとか。ははは)
センエン国大陸の様子を確認。
(今なら、チィーちゃんのところに一直線に行けるよね。でも、やらなきゃいけないことがある)
チィーちゃんがいるのは大陸北側の街。
でも、ルルーチィが目指したのは南側にある大きめな街。
(あのクラスの街なら救助船もあるよね)
ゆっくりと降下していった。
(街中は避けないと)
郊外の山あいの中に着陸する。
(騒ぎにならないよう、静かにソッと)
だが『ドオーン』と衝撃音、そしてあたりの土草を吹き飛ばしクレーターを作ってしまった。
(ダメだ。今の私には、この世界は脆すぎる)
人気がない場所だが、この騒動で誰かが寄って来るかもしれない。
慌ててその場から立ち去った。
(どうしよう。この姿じゃ人前になんて出れない)
右半身がキメラ化した自分の姿では街にいって無人島へ救助を送るよう頼むことができない。
いや、そんな程度の話ではない。
(もお、一生、人には会えない? チィーちゃん? チィーちゃんもこの姿の私だと?)
強大な魔物と戦うために覚醒を願ったのは自分自身だ。
けれど、その代償は大きかった。
生涯、一人ぼっちで生きていかなければならない。
「あああ、アアア――、ああー! ぅあああ」
膝から崩れ落ち、嗚咽を漏らしながら、四つん這いで涙を流すルルーチィ。
先ほどまでやり合っていた激戦、そして奇跡的な勝利。その後の大失態。家族にも思えてた人達との絶望的なお別れ。そして絶対的な孤独。
それがいっぺんに押し寄せてきた。
(私はキメラ。もう人じゃない……)
少女の心が壊れそうになる。
そして、そんな状態でも、慰めてくれる者は存在しない。求めることも許されない。ずっとこのまま一人じゃないといけない。
そのことがますます彼女の心を追い詰める。
(コレ、返さなくて良かった)
左手のペンダントを見つめる。
(人だった私を好きになってくれた人がいるその証拠だもん。コレは私が人間だったことの証だもん。)
ボロボロと止め処なくこぼれる涙。
ペンダントにも、その中央の大きな魔真珠にも滴る。
『カシャ』
魔真珠がカメラのシャッター音みたいな音を発した。
その一瞬、世界は白銀の光に包まれて、時間が止まった。
それは一瞬のことで誰にも分からない。
でも、再び時が動き出した。
「え? なんで?」
ルルーチィの右半身が元の姿に戻っていた。
いきなりだった。
なんの前触れもなかった。
音もしなければ動きも感じなかった。光もしなかったし、自身にも感触すらなんにもなかった。
「はぁ?」
拍子抜けしてるルルーチィ。
突拍子もなさ過ぎてリアクションできない。
意味もなくあたりをうかがう。
やっぱり何もない。誰もいない。
誰かが何かをしてくれたわけじゃなさそう。
右手を確認。その手で涙を拭う。
間違いなく自分の腕だった。
(奇跡? いや奇跡が起こった! たぶん、このペンダントのおカゲだ。ありがとう、ギグくん……)
抱きしめるペンダント。
ルルーチィの瞳からまた涙がこぼれた。
でも、その涙は柔らかくて暖かな別の涙だった。
その後、街から早急に救助艇が出発して、ギイ家族は救助された。
よそ者の自分が救助を申し出ても、なかなか聞き入れられないとルルーチィは思っていた。
けれど、ギイさんってセンエン国では政財界の結構な実力者だったらしい。
行方不明になったときも、出港したのがこの街だったせいで、街中大騒ぎのパニック状況になったそうだ。
今回もギイ氏救助のニュースはセンエン国中の大ニュースになっていた。
(そういえば、クルーザーで難破したとか言ってたもんね。お金持ちなんだろうとは思ってたけど、まさかこれ程とは)
拾った新聞で三人が無事救助されたことを知ったルルーチィ。
(さあ、行こう。チィーちゃんが待ってる)
静かに飛ぶように街を出発するルルーチィ。
『エピローグ(ルルーチィの漂流生活)』
所在が知られていなかったあの無人島はその後、公的機関による測量が行なわれた。
ギイ島と名付けられた島の調査。
あの鳥居の建造物も発見される。
住居などは魔物に破壊されていたが、この石碑は無傷で存在していた。
「うわ、コレ、おい」
調査員がばら撒かれた白い石を嗅いで、隣の同僚にも渡す。
彼らも獣人だから見るよりも嗅ぐが重要なのだ。
「ん? 骨? あ、これ、人族のか」
「先住民のモノってことは……」
「じゃあ、この石碑、自分で作った自分の墓ってことか」
「救助、来なくて、最期は、ここで息絶えたんだな」
「そっか……」
「石碑には自分の名かな?」
「人族の文字か? 俺も少しは分かるが。でも見たことない文字だな」
その文字が読めるわけがなかった。
だってその文字は『日本語』だったからだ。
そして書かれている言葉は
『ニホンにかえりたい』
だった。




