ルルーチィとチィルール
私には身寄りがなかった。
そのことに気付いたのはイロイロな社会常識が身についてからのことだ。
私はとある組織に育てられていた。そこで友達や教官達と暮らし、戦闘訓練を行う。
そんな日常が、平凡な当たり前の生活だと思っていた。
その日もいつものように一人で訓練していた。だって他の子達とはあまり仲が良くなかった。
自分が獣人の血を引くハーフビーだったせいだ。
けれど、それはいわれない差別のせいではなく、力が強いせいで、訓練中の勝負でたまに相手に怪我をさせることがあったせいだ。
少し畏怖されていたのだ。
仲良く遊んでいる子達の輪に入って一緒に遊ぶと、他の子達が少し緊張して楽しめてないことに気付いてからは一緒に遊ぶのをやめた。
だからプライベートな時間は、例え彼らから遊びに誘われても自分のほうから距離をとることが多かった。
取り出したクナイ。
『シュッ』と的に向かって投げつける。
見事真ん中に命中。
こんなとき誰かいてくれたら一緒に喜んでくれるんだけど……
一人が寂しく感じる瞬間。
『パチ・パチ・パチ』
背後から拍手がなって、びっくりする。だって、さっきまでそこに気配はなかった。
どんな強者なのかとおっかなびっくり振り返ると、そこにいたのは金髪の可愛らしい女の子。
「上手だな、お前、すごいじゃないか」その子ちょっと興奮気味。
「誰?」
「私か? 私はチィルールだ」
「エ! 私はね、ルルーチィっていうの!」
「ルルーチィ!?」
「チィルール!?」
「ルルーチィルール!」
「チィルールルーチィ!」
……
「ギャハハハハ」と二人、馬鹿みたいに大笑いした。
それがチィーちゃんとの初めての出会いだった。
それからもチィーちゃんは私が寂しくなったとき、どこからともなく現れてきて、一緒に遊んだりした。
散々遊んで、ふと気づくと、どこにもいなくなってたりしてた。
大きくなるまで、チィーちゃんのこと精霊かなにかかと思っていたくらいだ。
でも、結局あとからオクエン国のお姫様なのを知って、もっとびっくりしたけれど。
「そんな感じです」話を終えるルルーチィ。
「そうか、きっと仲がいいのだろうな」と話を聞き終えたアリスちゃん。
「嘘ではないわね。他愛もないけど絆を感じさせるちょっとした子供の頃のお話」ローリィも納得。
「会わせて、チィーちゃんに会いたいの」
「すまん。散々もったいぶって、なんだが、もうここにはいないんだ」
「じゃあ! どこへ? いま、どこにいるんですか!」
「あー、うん。今はな、海の上だ」
「海? まさか、沈め――」
「違う! 上と言ったろう。お船プカプカ海の上だ」
(お船プカプカって……アリスちゃん、ぷっぷぷぷ……)無表情なローリィ心情。
「船ってどこへ向かって?」
「さすがにオクエンへの直通便はないだろう? だから取り合えずマンエン国に送った」
「獣人族の国へ!?――チィーちゃん一人で!」
「一人ではない。漂着者のタローもいるし、一応、一人護衛というか案内人もつけている。問題ない」
「漂着者のタロー……」
「知らぬようだな。聞けばイロイロ殿下の助けになっておったようだが」
いやルルーチィは知っていた。チィーちゃんから届いた唯一の手がかり、その手紙の内容に書かれていた『タローという漂着者を助けてやった。だがコイツが居れねば逆に私は何度死んだことであろうか』と記されていた。
(本当ならその場所には私がいるはずだったのに)と不満に思う。
「すぐ追いかけます。次の便は何時くらいですか?」
「こんな田舎でそんなにたくさんの発着があるか」
「明日?」
「いや、一週間か二週間後だな」
「ぶっ!」
「追いかけるより本国に戻ってやつらの帰りを待ったほうが早いんじゃないか?」
(確かにそうだけど……いや、きっとチィーちゃんは私の救いを待っている)
「船を買う……それで追っかける」
「金があるのか」
ルルーチィは懐から金貨の詰まった小袋を一つ取り出しテーブルに置いた。
「これは姫様がお世話になったあなた方への謝礼です」
「いいのか?」
「当然の礼金です」
「では……。おい! 本当にこんなに、いいのか?」
アリスちゃん、中身を銀貨だと思ってたのに金貨でびっくり。
でもルルーチィはうなずいた。
「じゃあ、せめて船のアテを一緒にあたってやろう」
その後……
街へ出かけ、マフィアのツブシを効かせながら、船を取り扱う商人と交渉。
そ・し・て……
船は、たやすく見つかった。
「お世話になりました。では、行ってきます」
「うむ。用心せよな?」
「会えるといいわね!」
「はい!!」
港で旅立つルルーチィを見送るアリスちゃんとローリィ。
「では――出港ー!!」
『ボオオオウゥウウ!』と、どこかで汽笛が鳴った。
ルルーチィはボートの櫂を水面に沈め、船体を漕ぎ出す。
『チャッパ・チャッパ・バッシャ・バッシャ!』
「いいのかしら?」とローリィ。
「いいんじゃないか?」とアリスちゃん。
ルルーチィの乗った手漕ぎボートはあっという間に沖合いに……
「さすがに獣人の血を引くだけはあるけど……」
「まぁ、本人が納得しているし。食料も水もたっぷり持たせたし。大丈夫だろ」
「でも、あのボートで外洋は……さすがの獣人でも」
「さあな、知らんさ。本人の要求にはちゃんと答えた。金は貰えたし、アヤツがどうなろうとコッチの責任ではないわな」
「はぁ――アリスちゃんって変な感じに立派なマフィアの首領よね」
「めずらしいな。お前が私を褒めるなんて」
「っ……そうね。嵐でも来るかもね」
引きつったローリィの顔。
そうだった。
そして嵐は来たのだ。
外洋に出たルルーチィのボート。
降りしきる雨。
だが、そんなものはたやすい。
「ぬんおおおお!」
ルルーチィは耐えていた。
空気が風となり、水が発破となり、両方が示し合わせたかのように連携波状攻撃をボート及びルルーチィにぶつけた。
「負けぬ! まけんぞー!」
水と空気に嬲られる。
まるで、バーテンダーが振るシェイカーに残った最後の氷の一粒のよう。
今にも消える。
「まだっ、だーっ! チィーちゃんは、もっと、もっと苦しい思いをしているに違いないんだ! 私がへこたれて、どーする!」
真っ暗闇な嵐の中、ルルーチィはあの娘の為だけに、過酷な試練に立ち向かっていた。
「必ず助ける。あなたが私の支えだったように! チィーちゃん!!」
……
『Zz…Zz…』
その頃のチィルールの寝息。
『ドーンンン』
嵐のせいで貨物船にも大きな波がぶつかる。
『Zz…Zz…』
「……うわ? な? いまの、キツかったな。でもこのサイズの船なら心配ないか――」
目を覚ますタロー。
雑魚寝してるまわりの状況を伺うが、何事もないようだ。みんな普通に寝てる。
「コッチの人、みんなタフだよな」
取りあえず隣のチィルールとリリィーンを確認。
『Zz…Zz…』
「フィー・フィーュ・フィー…」
「普通に寝てるのな。ははは……」
安心してタローも眠りについた。
『ギャヤアアア! チィーちゃん! 私! 絶対! ぎいいいいい!?』
(え!?)
なんか、タロー、不吉な絶叫、聞いた感じがしたけど……
(嵐のせいで変な悲鳴、聞こえたような――でも風のせい、だよな……)
夢うつつ――
「ヒンッギアアアアアアあああああああああああああ!!!!!!!!!」




