猫っていろいろ苦労するんですよ?
「馬車、呼ぼうか?」とのマスターの気遣いを断って、ルルーチィは自分の足で、北の山にあるマフィアのアジトを目指した。目的地までの長い道程を馬車で走るより、街との間にある森林を真っ直ぐに突っ切ったほうが早いはずだったからだ。普通の人間ならともかく、ルルーチィは獣人の血を引くハーフビーである。ここまでの旅路もそうやってきたし彼女にとってソレは大したことではなかった。
雑木が茂る森の中を平地でも走るかのように難なくと駆け抜けていくルルーチィ。
(さて、どうしよう)
彼女はこれからの展開を思考してみる。
マスターから聞いたところによると、街中の混乱を収拾するために漂着者を一時的に隔離しているという。ならば、一緒にいるだけのチィーちゃんはマフィアには直接関係はない。アジトに無断で侵入して漂着者を拉致しようとした敵として認定されるよりも、直接交渉したほうがよいはずだ。と考える。
(正面から交渉、金銭ならそこそこ持っている。このお金で解決できるはず。足元を見られてさらに要求された場合、出直して国に連絡と相談、もしくは身分を明かして逆に脅してみる、がこれは逆にチィーちゃんを人質に取られる可能性もある。できるだけ平和的手段で……)
概要は決めた。後は相手の出方しだいだ。
幸い、マスターの話によるとココのマフィアはそんな悪辣でも好戦的でもないらしい。
(設定としてはチィーちゃんはさる貴族のご令嬢で家出中。だがこちらのマフィアに無事保護してもらえてたことへの謝礼として、金銭の提示。貧乏している田舎の任侠マフィアならお金で解決できやすいかもしれない)
ルルーチィは姫がアフィアに捕らわれているとはいえ、その状況を把握し、楽観視していた。
それは油断だったかもしれない。
(森が終わる)
薄暗い森と明るい光に包まれた向こう側の間に木で組まれた仕切りの壁。動物避けの柵だろう。それをジャンプで通り越し、ひらけた場所に出た。
(あ、しまったー)
そこはたまたまアジト正面だった。しかも玄関門の前には二人組みの門番がいた。
「なあ!?」
「うっ、何者だ!?」
正面の茂みから文字通り急に跳びだしてきたルルーチィを警戒する二人の男。
「あ、あの、怪しい者ではないです。あの、責任者の方いらっしゃいますか?」
「何用だ?」
「こちらに匿われている人の関係者なんですが……」
「なにい!? 漂着者か? なら、もうおらん! とっとと失せろ!」
「いえ、漂着者なんてどーでもいいんです。それよりも一緒にいる女の子に用があるんです」
「!!」
(え!? なに?)
門番の様子が変わった。警戒をさらに強め、刀を抜き、盾を構えた、戦闘モードだ。
(なんで? どーゆうこと? チィーちゃんのこと言ったら、いきなり――)
『ピィイイー』門番の一人が片方の影に隠れながら警笛を鳴らした。
『ビクンッ』と焦るルルーチィ。
門脇に建てられている詰め所から増援がワラワラと登場。
全身に鎧をまとった三人の重装歩兵たちが横列隊形で門を封鎖。長槍を突き出す。
一歩遅れてその後ろに並ぶ二人の魔術師。魔力集中して攻撃態勢に。
あげく、館の囲いの上から左右二人づつの弓兵が現れ、矢を引き、こちらに狙いをつけた。
館の屋根に付けられたスピーカーから『ウゥー!……ウゥー!……』と警報が鳴り響き。
その上にあった赤色灯も真っ赤な光を回転させ始めている。
「な、なあ、なあわ、わわわ、コレ……なに?」
たった一言で巻き起こった厳重な迎撃態勢に戸惑うよりほかないルルーチィ。
「私のせいなの? なんで? 私はただ、チィーちゃんに会いに来ただけだってばー!」
重装歩兵が半歩同時に足を踏み出し、同時に長槍をルルーチィを狙って突き出した。
「ちょっと待ってってば!」
少し下がって、なんなくかわす。までは、よかった。その後、いつもの条件反射でクナイ型の短剣を両手に構えたのは間違いだった。
(しまった! 抜いちゃった!)
なぜなら、相手はコチラを威嚇して、出方をうかがっていただけだった。なのに自分が抜刀して構えたら、それは勝負受けるの合図になってしまう。本当なら適当に弄られればよかったところだ。
戦闘訓練を積んで来た戦士の悲しいサガなのか、思わず反射で攻撃態勢をとってしまった。
しかもだ、両手に握ったと思った短剣、左手のはタンポンだった。また間違えてる!
『ビっ・ヒュン!』と空を斬る音、弓から矢が放たれた。それが左右一撃ずつの計二撃。
「ぬ、クッ――」右手初撃は体でかわしたが、時間差攻撃の二撃目は避けれない。とっさに左手のタンポンで矢をいなす。が! しょせんはタンポン、戦闘力ゼロの生理用品でしかない。矢はプラスチックケースの詰まった綿を安々と貫いた。
「ヒィイイイ」マジびびる。
顔面で矢を受け止めるルルーチィ。額と矢じりの間には小さな魔法障壁。コレが直接的な物理ダメージを遮断してくれる、が、この能力を使うためのMPは無尽蔵に生成することはできない。HPの容量に依存している。MPが尽き、HPがなくなったら女とて物理ダメージを直接喰らうことになる。できれば大事に取っておきたいモノだ。
『ガシュアン!』重装歩兵、また一歩前へ、同時に突き出す長槍。
『三連HIT!!』
「グッ! ガッ!」気合半分、悲鳴半分で、腹部への長槍攻撃を受け止めるルルーチィ。槍の先端は腹部に刺さってはいないが、彼女の魔法障壁を押し込んでボディに強烈なブローパンチになっている。三連ボディブローのダメージを喰らったルルーチィ。
(弓者の時間差攻撃に続き連携攻撃!? こいつら訓練されている! ただのチンピラマフィアじゃない!)
相手のリアクションに逐一連携して先手を取ってくる。ただのならず者集団ではこうはいかない。戦略的な集団戦闘訓練を受けているプロだ。
(撤退だ!)
状況不明で敵戦力を完全に見誤った。ヘタを打ったとてルルーチィもプロである、いかに自分が強靭なハーフビーとはいえ多勢に無勢な状況は理解できた。
(撤退に、二手をクリア、必要!)
その判断は冷静で的確。
(弓者!)
逃げに出た自分に容赦なく打たれる矢。二連撃。
軌道を読み、かわすルルーチィ。重装歩兵や壁を射角に計算。三射目はない、もしくは緩い山なり射撃と判断。この時点で弓者、無効。一手クリア。
(あと魔術師が二人いた)
コレをかわせなくてはすべては無意味。
だが、魔術師の繰り出す魔法は千差万別。
対処のしようもない。
(一人は雷撃系)
それは間違いない。魔術師が魔力を練りこむ際に溢れた電撃をルルーチィは見ていた。
(あと一人は……あれは、なんだったのか?)
もう一人のほうは、なんか言いようのないホンワな優しい癒し感だった。
(治癒系か? あんなの戦闘には関係ない、雷撃さえかわせば!)
だが、目の前に現れた不思議なモノ。
「ふ?」
彼女のネコ耳がピピクンッと反応する。
何かがルルーチィの前でチョウチョみたいにフワフワ揺らいでいる。
掴もうとしても不思議なソレは泳いで逃げる。
「ぬぬ……」
追いかける。だってそれはあんなにも捕まえてほしそうにしている。
自分が捕まえてやらなくちゃいけないという使命感。
「むふ?」
その、フワフワ、ユラユラを必死に掴もうとするが、ヒラヒラとかわされ、「ハッ」っと気付けばルルーチィは元いた場所まで帰ってきていた。
「なん……だと?」
魔術師の雷撃が『ドンッ』とルルーチィを貫き、彼女は気を失った。
ネコった。




