見つけられない、チィルールのオシッコ
ロ・モ・ニョ!
「チィーちゃん……」
疲れ果てた少女。あの子の名を呼べば出た元気も、もう空っぽ。
赤茶のフードをすっぽり被った頭もうつむき、トボトボとした足取りで街中を行く。
彼女の名はルルーチィ。チィルールお付の護衛兼幼馴染の親友。
ルルーチィは行方不明になったチィルールから送られてきた手紙を頼りにこの敵地まで単独で進入してきた。
だが、手がかりはこの街で途切れてしまっていた。
いや情報は捨てるほどあった。
ともにいるとみられる漂着者が騒ぎを起こしたらしい。その噂は街中に広まっており捜索は簡単だと思われた……のだが。あり過ぎた情報をしらみつぶしにあたり、街外れの東へ北へまた東へ、一週間以上も駆け回ったのだが痕跡はいっさい見つけれなかった。
いや痕跡は山のようにあった。
なぜだかどこへ行ってもキャンプしてる人たちがいて、その人達の痕跡ばかり、おかげでチィルールの痕跡を探すのがよけい困難になっていた。そして時間が掛かるばかりで結局チィルールの痕跡は見つけれなかったのだ。
「チィーちゃんのオシッコ(痕跡)……どこにもなかった」
ルルーチィの鼻は常人の百倍以上であった。その鼻をもってしても、チィルールの痕跡(オシッコの臭い)は見つけれなかった。
(チィーちゃんのあの独特の芳香をもったソレはまさに『ロイヤル・モンドセレクション・ニョウ(略してロ・モ・ニョ!)』は、他の人のオシッコとは格が違う。私に嗅ぎ分けられないはずはないんだ)
もし、オシッコをしない人間がいるとしたら、それは死体である。
だが、マンエン政府筋や、やたら噂話に敏感なゴシップジャーナリスト筋など、どこからも姫の死亡などという情報は噂レベルですら存在しなかった。まさに行方不明である。
うなだれ進む。そして、ふと、看板の文字が目にとまった。
「漂着者? 皮肉な店の名前、でも……久々にまともな食事でもとろーか」
ダタローマスターの喫茶店であり、タローとチィルールも少し世話になった店。
だがルルーチィがそれを知るはずもなく。
そのまま店に入る。
入口のドアが『カラン・コロン』
カウンターの男が「いらっしゃいませ」
(くっさ!)
柑橘系の臭い消しとドブの臭いに鼻をゆがめるルルーチィ。
出直そうかとも思ったが、疲れ果てた彼女は目の前の椅子に座りたい衝動に従った。
「なにか食べるものを――」
「はいよ」
しばらくして、カウンターの上にテールスープとトリむね肉の蒸し焼きにパンが添えられたものが並ぶ。
「おいしそう」
店の感じからしてまともな物は期待していなかったが予想外に上等な物が出てきた。とくにトリむね肉は好物だった。
「いただき……」
「お嬢ちゃん、被り物したままご飯ってのは、どうかな? マナーな?」
「う……」
しぶしぶフードを下ろすルルーチィ。
「え? あんた獣人なのか」
頭の上にネコっぽいケモノ耳が付いてる。よく見ると瞳も大きめ。鼻の先端にはザラザラした独特の皮膚が三角形に少し付いている。獣人族の特徴の一つだ。
「ハーフビーですよ」
人族と獣人族の混血だった。『ハーフビー』には若干の差別感があるが正しい名詞はまだ存在しなかった。ちなみに妖精族と人族では『ハーファ』。そして妖精族と獣人族の混血は忌まわしき『キメラ』としてどの種族からも魔物同等の差別対象になっていた。『キメラ』に比べたら『ハーフビー』などせいぜい「やーい! お前のトーちゃん、ケモナー!」とか言われる程度の差別だ。『ハーファ』は妖精族の美しい容姿と強い魔力を受け継ぐことから信奉者もいるほどで、差別しているのはソレを妬んでいるからだ、などと反対にバカにされたりもした。無論、妖精族からしたら『ハーファ』は差別対象である。獣人族は『キメラ』以外とくに差別はなかった。それは彼ら自身に色んな系統があったからか『ハーフビー』も言ってみれば人(猿)系獣人族の一種であると認識しているのかもしれない。
「あ、そうなんだ。すまなかったね。フード――」
「いえ」
「あ、隠す前に、ちょっとオジさんにナデナデさせてくんないかなあ?」
「いやー! どうしてお前らはナデナデしたがるんだ? だから隠してるんだぞ?」
「あう、残念」
「いただきます」
食事するルルーチィ。
(あぁ、おいしい……)
ルルーチィの想像以上の味だった。
濃厚だがさっぱりしたテールスープ、灰汁とりを丁寧にじっくりしたのだろう。まぶされた香草のチョイスも絶妙。香草に誘われ溢れる唾液、おかげでモッタリするはずのテールスープがサラサラとノドの奥に通り抜ける。その余韻に浸りつつトリムネ肉を口にする。一口サイズに切り裂かれた肉、それが口の中でバウンドした。
(なあ? ……柔らかい)
普通トリむね肉なんて火を通せばムチムチのコチコチになるはずだ。けれどこの肉はプニプニのモッチモッチだった。噛めば口の中で弾けてほぐれて、とろとろに砕けていった。
(噛み締めるだびに旨みの香りが弾ける。ナニこれ? すごい、おいしいー)
パンを手に取り、味の小休止。
「なあ? 譲ちゃん?」
「うん?」
「いま、ここにはオジさんしかいないからな?」
「はあ?」
「オジさん、ちょおとコップとか磨いててソッチ見ないからな?」
「?」
「コレをソレするような下品な食べ方しても見えてねーからな?」
「あ……」
マスター、トリむね肉をテールスープに「IN」するジェスチャー。
それは禁忌。皿どうしを混ぜるなど下品極まる行為。
だが知ったことかと、さっそく試すルルーチィ。
「あ、ひゅゥ……(うまー!!)」
淡白なむね肉、それを本体なくテールだけでサポートする牛肉の旨み、濃くて薄くて、薄くして濃くあり、矛盾した旨みの極み。そして気付いた。混ぜ合わされたからこそ気付いたその香り、むね肉に爽やかな柑橘の匂い。
(むね肉にはキボスが? それで旨みがスゴイ? というか獣臭さが全然なかった!)
『キボス』それは苦いだけの柑橘。だが、香りは逸品。香辛料には数えられないが加工しだいでは相当のポテンシャルを秘めている。それを知っているのは現時点で異世界からの漂着者のみ。
「ごちそうさま」
全てを、たいらげたルルーチィ。
「旨かったかい?」
食事終えた頃合を見計らってのマスター。
「うん。満足。凄かった」
「じゃ、ご褒美にナデナデさせてくんない?」
「それは、ヤダ!」
「がっくり――お茶、飲むかい? 三百オクエン……」
「ハ、ハハハw くださいw」
ルルーチィ、元気でた。
ロ・モ・ニョ!




