新たなる旅立ち。今回は遭難じゃなさそう
なんか長くなってしまいました。
「海だーっ! 凄いな。うむ。実に凄い」
朝の埠頭、その先端に立ったチィルール。
凪いでおり、水面はユラユラ、水中が透けて見えた。
「魚だ! タロー来い! 魚がいるぞ」
「あ? いるな。うん。いるが。まさか――」
馬車から跳び下り、埠頭の先端までダッシュしたバカみたいなチィルールに追いついたタローが答えた。
「浮いてきた。捕まえるぞ!」
端っこにしゃがみ込んだチィルール。右手を水面に伸ばす。
そして身体が地表ゼロ地点を越えた。
「ハイ、捕まえた!」
しゃがんだ姿のまま90度回転そのまま海に落下しそうになったチィルールのスカート裾を、タローは掴みあげた。
「うお!?」
「そうなると思った。(チビッコが転ぶ典型だったから用心しといてよかった)」
「まったく、なにをやっているんだ。出発前に手間を掛けさせないでくれないか」
あとから来たリリィーンがなんか気取った言い方をしてるが?
「お前こそ、落ちんなよ?(臭ーぜ?)」
「誰が……そろそろ行くぞ」
キビスを返すリリィーン。
案の定、係留用ロープの束に足を引っ掛けた。
「ぬ?」
素直に転べばいいものを、カッコつけようとしたせいで、よけい際どいこけ方。
『ピッターン』と転ぶ音。でもそれは音量半分、だって身体左半分、海の上。
「ぬんあ!」
コンクリート製の埠頭の壁面に身体半分トカゲみたいにへばり付くリリィーン。
「ぬお? なお?」
だがリリィーンの本職はトカゲではない。ゆっくりと海側に滑り落ちていく。
「ヒィーン」泣きが入ってタローに救いを求める視線。
「ヒィーン、じゃねーよ。ちゃんと言え」
「ヒゥゥゥ」
「じゃねーだろ? ちゃんと言いなさい」
「た、助けて」
「よっしゃ」
リリィーンを持ち上げるタロー。
「で、次に言うことは?」
「あ、ありがとう」
「よし」
リリィーンもタロー達と行くことになった。
厄介払いされてマフィアをクビになったリリィーンも行く当てがないので仕方なく付いて来る。というのが建前の設定である。が全然建前っぽくない、全員騙されること間違いなしの設定だった。
(このハンデキャップ二号も少しは躾けておかないとなぁ。ホントは邪魔だけどアリスさんの立場も微妙なんだろな)
自分の縄張り内で他国の姫が殺されるとかなったら、オクエン国の報復もだけどマフィア関連のイサカイのネタになる危険もあるのかもしれない。かといって敵国に味方できるわけもなく、でも建前上自分達に関係のない者を護衛につけたという言い訳もほしいのだろう。その微妙なバランスに、このヘッポコが丁度いい塩梅だったということ。どうとでも解釈できるヘボの人材だ。
実際アリスちゃんも『リリィーン、貴様に極秘の特別任務を与える、そのための解雇だ。いいか、貴様はタロー達の旅に同行し、国内ではマフィアに無関係な立場の友達として姫をお守りし、国外の出たらマフィア血染めの天秤元団員として姫をお守りするんだ。いいな?』とか言ってた。
二面作戦である。マンエン家には言い訳を用意しつつ、オクエン家には恩を売る気満々である。
「コラ、お前ら戻って来い!」
アリスちゃんに呼び戻される三人。
「そんなお遊び気分でどうする? これから密入国するんだぞ? とはいえ、さすがにオクエン国への直通便はないので、いったん南のセンエン国に向かうことになるが――お膳立てはそこまでしかできん。あとは自分達でなんとかしろ」
「センエン国? 安全ですか?」
「我々両国との戦争には係わってはいない。中立立場だ。もっとも、ヒト族よりも圧倒的に獣人族の多い国だからな、ヒト族の国同士の争いなど興味はないということだ。安全かどうかはお前らの行動しだいだろう。そこまで責任はもてん」
「獣人?」
「なんだ、見たことないのか。まぁヤツラは暖かい南の地帯からは出たがらないからな。身体能力は凄いものがある、だが、平均して魔力が弱い種族でもある。妖精族のソレといいバランスよく出来てるものだ、この世界というやつは……」
「みんな! 話はついたから、こっち、いらっしゃい!」
海の反対側に並ぶ倉庫。その間に真っ直ぐのびた坂道の上からローリィが声をかけてきた。
「どの船なんですか?」とタローはそばのアリスちゃんに問いかける。港には漁に出れなかったようなオンボロ漁船が数船しかない。
「そっちの船じゃない。お前らは貨物船に貨物として乗ることになる。普通、貨物船は客を運ぶことはできない。だが、交渉次第では乗せてくれることもある。なぜか? それはお前達のように普通に客船で出発できないような連中にはありがたい話であるからだ。この船で移動すれば足跡は消える」
「なるほど」
「ということで、同船するやつらには存分に警戒しなければならないということだ。旅行気分で隣人と仲良く、なんてことないようにな? では行くぞ」
「あ、確かに……(言われてみればまったくだわ)」
アリスちゃんに従い、タロー達は階段状の坂道を登る。倉庫の間を抜け、開かれた道の向こうに船はあった。
「うお、でけー」
「これはよい! いいぞー!」
「あ、こら! チィ様?」
訳もなく走り出したチィルールを追いかけるリリィーン。
船はファンタジー世界にありがちな木造船じゃなく、金属製の大型船だった。フェリーサイズをゆうに超えタンカーサイズまでにはいかないが、まさしく貨物船らしい大きさだ。
人工の入江に接岸された船の周りは荷の積み下ろしが水平に行えれるように盛り土で高さを調節されていた。地面と船上面がほとんど同じ高さである。
「このサイズがなければ外洋には出れんさ」
「目的地まではどのくらいかかるんですか?」
「天候にもよるが一週間だ」
「一週間――」
船上でそんな期間過ごしたことのないタローには不安な長さだった。
「守るんだろ? そんなことでどうする? オクエン国まで道程はながいぞ?」
「それは、まぁ……」
「リリィーンはあれで意外と旅慣れている。役に立つやもしれん」
「リリィーンが?」
「昔、幼い頃、母親と二人で全国を彷徨っていたこともあったらしい。詳しくは言えんがな」
「……」
だがタローには覚えがあった。シスターから聞いた話。
貴族の妾になるために娘のリリィーンを捨てた話。
合わせて聞くと、やはりそれなりの状況があったのかもしれない。
いたたまれない気持ちになるタロー。
「で? アリスちゃん? いつ渡すの?」
「ん? なにを? ローリィ?」
「とぼけちゃって、もお!」
会話の間と取ってアリスちゃんに問いかけたローリィ。なんか怒った。
「リリィーン! 大事な話があるからコッチいらっしゃい!」
「え、ちょっと待って? な? やっぱりなぁ?」
「アリスちゃん! 首領の威厳!」
「は、はい!」
変なやり取り。どういう訳か? ローリィは急にリリィーンを呼び寄せた。
二人の前に起立の姿勢リリィーン。
「血染めの天秤が首領アリスからあなたに送るものがあります」とかしこまるローリィ。
「はい!」
「では、アリスちゃん、ほら!」
「あ、ああ、あああ?」
「首領の威厳!」
「はい! じゃなくて、わかった。うむ。わかっておる!」
「?」
「では、リリィーン。これから旅立つ貴様にコレを貸し与えよう」
アリスちゃん、自分の腰に添えられた愛刀の留め金を外し、リリィーンに差し出した。
「え! これは――」
「我が愛刀『銀河虎鉄』だ。貴様に預けよう。必ずや生きて帰り、この銀河虎鉄を私に返すのだ。よいな?」
「首領アリス……」リリィーン感動。
「いいか? これは、決して、めんどくさい状況になってどうしようもないから、ドーデモいいテキトーなやつに責任背負わせて、上手くいけばラッキー大儲けできるかも? って感じ、ではない、そのことを証明するためのものだ。でなければこの愛刀渡すわけなかろう?」
「はい! 首領」涙のリリィーン。
「必ずや帰ってくるのだぞ?(銀河虎鉄)」
「はい! 必ずや、任務達成いたします!」
なんかもう、タローとかチィルールとかのこと、どーでもよくなったかのような最後のお別れ。
三人を乗せ、船は出港する。
早朝の貨物船だ。
汽笛もほどほど、見送る人もいない地味な出港。
だが、水平線の彼方に船体が消えるまで見送ったアリスちゃん。
(さらばだ! 銀河虎鉄。貴様との生き様は決して忘れん!)
アリスちゃんの糸目にうっすら涙。
「ほら、そろそろ行くわよ?」
「うん」
ローリィに促され港を去るアリスちゃん。トボトボ……
「今日の午後には予定なかったわね。じゃあ、その時に買いにいきましょうか?」
「え? なにを?」
「あなたの新しい刀だけど?」
「いいのか!?」
「だって、丸腰ってわけにもいかないでしょ? それともいらないの?」
「いる! いるぞ! 絶対にいる! ヤッター!!」
スキップ、アリスちゃん。
「首領の威厳!」
背筋をピンッと伸ばし、スタスタと歩くアリスちゃん。
でも、髪先はぴょンぴょン、嬉しそうに踊ってた。
キャラが勝手に動くので今後の展開も保障できません
まんま思いつき。
鮮度100%




