天秤の羽
承です
馬車で護送されるオレとチィルール。
施設へと向かっている。
屋敷同様、町外れの郊外なのが、イロイロと感じるものがある。
「もうすぐだ」と金色蛍さん。
「意外と近いんですね」
「ああ、だが、丘の上の屋敷と違って、こちらは盆地、森の中だがな」
(やっぱり、そうなんだ)
どこの世界も違わない。
弱者と強者の生活の違い。
異世界も例外ではない。
(でもせっかくの異世界なんだから上手く夢見させてくれてもいいのにな)
だが現実でもある。この世界は。
働かなくても生きていける世界なんてあるわけがない。
「でも、いいトコですし」
と言ったのはリリィーンちゃん。世話役として同行している。
仮面をつけていないので、あどけない顔が丸見え。無表情でも、なんか困った表情なのがカワイイというか、やっぱりイジメたくなってくる。そんな子。
「そうなんですか?」
「ああ、自然に囲まれている。いいところだと思う」
「首領の金色蛍さんも知ってるんですね」
「なに言ってるの、私達みんなソコ出身よ?」と副官のローリィさん。
「え・・・あ! すみません」
そうなのか、だとしたら今朝金色蛍さんが激昂したのも改めて納得がいく。マフィアが運営して自分達の故郷でもある場所をオレは侮辱したということだ。あらためて恥ずかしい。
「今朝は失礼しました」
「なにがだ? んん・・・まったく」
ますます恥ずかしい。
「タローが、なんか真っ赤かだ。わはははは・・・」
チィルールが笑う。
なんかみんなも笑う。
オレもしかたなく笑う。
みんな笑ってた。
なんかもうどうでもいいかと思った。
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そして、馬車は目的地に着いた。
(教会だ)
十字架こそないが西洋のキリスト教会っぽい建物。
(なんで縦長なんだろね。西洋風は)
逆に東洋風寺院はドッシリと横長なので不思議に感じる。
「久しいな、懐かしいと感じる。数ヶ月ぶりか・・・」と金色蛍さん。
「あら、たった数ヶ月ぶりで懐かしいって感じるなんて、アリスちゃんてば若いわよねぇー」
「ローリィだって若いだろ。まだハタチくらいっだたし(ヤバ!)」
「ええぇ? わたしってもぅ二十代だったんだぁ」
「え!? いや、間違えたかも、ワタシが確か十九で・・・三つ上・・・なわくて、ローリィは十七歳だった。間違えた、あははっ」
「もお、アリスちゃんってばぁ・・・くすくすくす・・・」
「あははは・・・」
「くすくすくす・・・」
なんでイキナリ、サスペンス?
二人とも笑ってるけど殺気というか、オレの目に映らない速度で剣戟がかわされてね? これ?
会話聞いてたオレとリリィーン真っ青だけど。
「どーでもいーが、はよせんか。昼飯のしたくもあるだろーが」
いまから昼飯の心配かよ。
チィルールはあいかわらずアスペだった。
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「これはドン・・・アリス・レッカードさま。ご機嫌麗しゅうと存じ上げます」
教会に入ると、出会ったシスターが早々と金色蛍さんに礼をつくした。
やっぱ金色蛍さんは大物なんだ、と思った。
「やめてください。シスター・ユーニィ。他人行儀でこそばゆい」
ユーニィと呼ばれたシスター、三十まではいってないがギリギリ二十代? でもさっきの金色蛍さんとローリィさんのやり取りのあとだから、よくわからない。
「じゃあ、昔みたいにイジケ虫の泣きンぼアリス?」
「がっ! それははぁぁ・・・」
「ごめん、ごめん。アリスちゃん」
イタズラっぽく笑うユーニィさん。
金色蛍さんも怒ってはいるが、なんかニヤけている。
ローリィさんもニコニコ。
ここはやっぱり彼女達の故郷で、オレはマフィアとして生きる彼女達の過去、そのあどけない頃をちょっとだけ見せてもらったのだ。
ほのぼのしてたら、やっぱきた。
「それより、昼飯はまだか?」とチィルール。
「まだお昼じゃないだろ」
「コチラの方たちは?」
「すまない、紹介、いや、事情が先か? えーと・・・」
「アリスちゃん、私が・・・」
とローリィさんが説明。
「漂着者さんね。なるほど」
「ヤマダ・タローです。よろしくお願いします」
「ユーニィ・サイタルです。司祭ではありませんが、この教会と児童施設の代表責任者です」
(偉い人だったんだ)
「そちらの方は?」
「チィルール・ロクドルだ」
「ロクドルですか」
「ユーニィ、ちょっと・・・(しかも、こいつオクエンを名乗っている。確認の取りようもないが、名乗ってもメリットがないというか、あれだろ? 逆にマズイよな? 変なことになったら、この国自体も・・・)」
金色蛍さん、ユーニィさんになにか耳打ちしてる。
それでちょっと怪訝そうな表情になるユーニィさん。でも、なんか頷いてるし。
「チィルール殿、ここは貧しい教会の児童施設です。御もてなしなど出来ませんし、子供達と一緒に働いていただくことにないりますが、よろしいですか?」
「かまわぬ。わたしはただの剣士だ。配慮など無用だ」
「わかりました。チィルール、タロー、歓迎します。ようこそ施設『天秤の羽』へ・・・」
(そのへんなやり取りは、やっぱりチィルールは、どっかの名門貴族ってことか)
なんとなくは感じていたことだったが、じゃあ『なんで貴族の子供がこんなとこに一人でなにをしてるのか?』という疑問から、深くは考えないようにしていた。
旅の目的とか用事とか聞いたこともあったが、とくになにもないという返事だけだった。
金持ちのガキが学校も行かずに放蕩している、と見当をつけている。
それはそれでマズイ話なので、あまり関わらないようにはしている。
「では二人をみんなに紹介するから・・・」
「シスター、わたしとローリィはそろそろ失礼するよ」
「え・・・ゆっくりできないの?」
「すまん。まだ街のほうが騒々しいからな。かわりにリリィーンを置いていく。ん? リリィーン、どうした? おとなしいな。お前も久しぶりのはずだが・・・」
「その子、しょっちゅう遊びに帰ってくるけど・・・」
「わわー! ちが、ちがくて・・・」慌てるリリィーン。顔真っ赤。
「そうなのか」と金色蛍さん。
「あらあら」とローリィさん。
リリィーンちゃん、やっぱ乳離れできてないご様子。
「まぁ、ともかく。タロー、チィルール、しばらくはココで大人しくしてろ。噂が収縮して平穏が戻るまではな。でないと夕べの二の舞だ」
それは洒落にならない。今思い出してもゾッとする。
(あの亡者だち・・・)トラウマに成りかけている。
「どれくらいですか? そしてオレ達はそれから・・・」
「さあな。 貴様の噂は現在進行形で広まっている。最低でも一週間か? 今は貴様を我々血染めの天秤が確保したことになっているが、今日から郊外に追放したという噂を流す予定だ。しばらくは、しつこい連中が郊外に陣取るだろう。それがなくなるまでは大人しくしてろ」
「でも? 実際にオレ達を追放すれば・・・」
「義理がある」
「え?」
「貴様とは同じメシを食い、ここの子たちが作ったものをオイシイと言った。だからだ・・・」
(なんだソレ・・・たったソレだけの口実で守ってくれるって?)
なんだかんだだが、結局マフィアの人たち面倒見が良すぎでしょ。優しすぎ。
「ありがとう、ございます。でも、オレの能力って、そんなに凄いんですか?」
「らしいな。正直、ワタシも試したいくらいだ」
「なら、いつでも・・・」
「いや、けっこう! ワタシはまだ未熟、そのような力など借りずともやってみせる!」
「?」
矛盾した発言だけど武人の心意気はオレには分からないということか。
チィルールも、なんか偉そうにウンウン頷いてるし。
なにコイツ。
(てめーは、オレの力なかったら、とっくに死んでるじゃん?)




