セイヤとルルーチィ
二人の距離は―
橙色に染まる夕方の風景。
黒の影とオレンジ色のコントラストが校舎を染める。
ここは、今は使われてない教室。
その床に敷かれたマットレス。
その上で『クークー』と昼寝している子供達。
掛けられたタオルケットなんてとっくにアサっての方向に蹴って捨てられている。
「んー? うーん……」
目覚めたセイヤ。
子供達と一緒に寝入った模様。
隣ではチィルールが寝息をたてている。
「……あれから寝ちゃたな」
思い返してみた。
浜から帰って、彼らは貝を校舎脇の倉庫に運び込んだ。
「砂だし、しねーとな」
「砂だし?」
「貝は呼吸をするとき一緒に砂利も吸い込むの。だから砂だししてない貝を食べるとガリッってなるわよ」
「あー、あれってそういうことか」
塩水を張った水槽に貝を投げ込むイイルカとクィール。
に、教わるセイヤ。
この倉庫。
周りに木々が茂って建物に覆いかぶさっている。
裏手には湧き水が溢れていて、建物自体が暗くヒンヤリとしていた。
天然の冷蔵庫みたいな感じだ。
大きな水槽もあって中にはタイみたいな立派な魚が泳いでいる。
地元の子供達は見飽きた様子なのでとくに興味を示さなかったが、陸地住民のチィルールとルルーチィの二人は水槽の中の様子をマジマジと眺めていた。
イイルカとクィールは作業を続けてる。手伝う子供数人……
要領の分からないセイヤとちびっ子達は立ちぼうけ。
静かで単調な空気……
「あれ? この子、限界みたい。わははは」
突然しゃがみこんでウトウトし始めた子供をセイヤが見つけた。
この子、普段いない珍しいお客さんと一緒に貝掘りをしたせいで、はしゃぎ過ぎたのだ。
完全にバッテリー切れで、差し出されたセイヤの腕に全身を投げ出してしまう。
「しゃーねーなぁ」
「そーねぇ、みんなも少しお昼寝しましょうか」
実際、彼女らも小さい子らは限界だろうと感じていた。
「ボク? 抱っこするよ。いい?」
セイヤの声掛けに反応して、手馴れた様子で首に腕を巻いてくる子供。
いつもチィルールを抱っこしているとはいえ、彼女みたいに小脇に抱えるつもりもないセイヤ。
すこし、まごつきながら不慣れな手つきで抱きかかえた。
(うあ、ニセ子供のチィルールと違って本物は可愛いなぁ)
本物の子供のほうがよっぽど『抱っこされ』なれているせいか、自分で身をくねらせセイヤの腕の中で最適なポジションを獲得するのであった。
「旧校舎の教室ね?」
「お、おう……三組か?」
「うーん。一の二、とか?」
「おおっ! それな!」
「では! これから、みんなでお昼寝でーす」
「はーい!」
そんな感じでここまでやってきて、みんなでお昼寝になったのだ。
「ぐー…ぐー…」
「っ…… チィルール、お前……」
セイヤの隣でチィルールがイビキ……みたいな腹の虫を鳴らす。
(イビキと見せかけ、腹のムシとか、なんという食い意地……)
呆れた目で眺めていると、突然背後から――
「オイ、チィーちゃんをいやらしい目で見るな」
「うおぅ!? ルルーチィか……」
気配をまったく感じなくて驚いた様子のセイヤ。
さすが彼女は猫族ハーフのハーフビーといったところか。
「誰がそんな目でみるか。いや、そもそもどこらへんにいやらしい要素があるんだ? このチンチクリンの姿に」
当のチィルール。ガッツポーズみたいに両手を万歳し、足も大股開きに投げ出す恰好で眠っている。他のちびっ子達と遜色ない豪快な寝姿。
「むっ、失礼なヤツだなホントに」
「そっちがだろが」
でも、チィルールを敬愛しているルルーチィと、彼女を手間のかかるペット扱いするセイヤとでは、いまいち折り合いがつかないのも事実であった。
そしてその二人しか起きていない今、たいへんバツが悪い。
「ちょうどいい。聞きたいことがあった」
「?」
とルルーチィからきりだしてきた。
「伝説の暗殺者アンチャチャチャとマンエンのフォートレスデストロイヤー大将軍ハナコが暗殺の為に追ってきたって話を聞いたんだけど、どうやって助かったの?」
「それは……(アンチャチャチャには会ってないしハナコってキラリのことだよな。だから戦わずに済んだし、でも……)俺が倒した」
「なにぃ!?」
「俺が倒したが」
「へっえー?」
「なにか?(なんかコイツはムカつくし、マウントしといたほうがいいよな)」
ゲスな考えのセイヤ。
怪訝な様子のルルーチィ。
「んー?」
「へ?」
次の瞬間、ルルーチィはセイヤの目前に拳をシャッと突きつけていた。ストレートパンチの寸止めだ。
「!?」
「……」
目をパチクリのセイヤ。きょとんとしている。
「反応、ちっともなかったな」
「むっ…… だがな?」
「あ?」
ニヒルな表情を浮かべるセイヤ。
「フッ…… 殺気がなかったから、かわさなかっただけだぜ?」
「嘘つけー」
「イテっ?」
目前に握り締められた拳から人差し指が飛びだし、セイヤ鼻先を弾いたのだった。
「まぁ、いいよ。大体分かった」
「くぅー、はあぁ?」
「チィーちゃんは強運の持ち主だからな」
「強運てか悪運じゃないのか? でなけりゃこんな色々な面倒ごとには巻き込まれないだろ。で、今、まさに?」
「ふふ、かもね」
「な?」
「まぁ実際、敵の息のかかった海賊にさらわれるなんて状況、絶対に助かるわけないもんな。にもかかわらず…… ありがとね。私だけじゃこの状況は打破できなかった。素直に礼を言うよ、感謝してる」
ホントに素直な様子にセイヤのほうが戸惑ってしまう。
「おあっ。……いえ、こちらこそってか、また困ったことがあればなんなりとご相談くださいです」
「ー? ぷふふ」
そんなセイヤのリアクションにルルーチィも戸惑ってしまうのだ。
「えー、あははぁ?」
「なにそれ、へんなのー」
「だよねーってか、いや、あはは……」
二人の距離がすこし縮まった感じだった。
「ルルーチィ……」
「は?」
「あのさ」
「……」
見つめ合う二人。
「チィルールの為に俺たち協力できないかな?」
「……」
「無理なの?」
「いや……」
「いや、なの?」
「そうじゃない」
協力者が増えることはルルーチィとて本望だが……
「じゃあ、なに?」
「そ、それは……」
それは本当ならルルーチィから言い出すべきセリフだったと思うのだ。マウントを取られた気がして釈然としない。
「私から、な?」
「?」
「言おうかと…… 思ってたのだが」
「そっか」
「チっ……」
「でもよかった」
「……」
「あらためて、よろしく。いいよね?」
「ああ」
「チィルールの為に」
「ああ! チィーちゃんの為に!」
二人、強く手を握り締めあう。
誓いが紡がれた。
新たな絆が生まれた瞬間だ。
今、二人の間に壁は存在しない。
心の友だ。
「じゃあ、そのネコ耳の頭、ナデナデしてもいい?」
「絶対にイヤ!」
「……」
「……」
「可愛くない……」
「シャーァッ!!」
二人の間に愛は芽吹かなかった。




