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タコ次郎


 波が引く瞬間を狙い、波打ちどころを掘り返すセイヤの作戦は当たった。

 イイルカ、クィールも真似してミル貝を獲得している。

 チィルールよろしく波にさらわれるおそれがあるので子供達は禁止。

 でも試しに掘った近場の砂浜からハマグリが獲れたので、ちびっ子達もご満悦であった。


「つかれた……」


 子供の誰となしの台詞。みんなはしゃぎ過ぎて体力の限界だろうか、なんだかポワポワした様子で眠ってしまいそうな子もいる。


「十分獲れたし、そろそろ帰るか」

「そうね」


 戦果はアサリがバケツ三杯。ミル貝が九つ。大粒ハマグリが三十個くらいであった。大漁である。

 そして予想以上に重いバケツ。イイルカとクィールで一つ、セイヤとチィルールで一つ、獣人ハーフのルルーチィは一人で軽々バケツを持っている。その他子供達がミル貝やバケツから溢れたハマグリを抱っこで運ぶのだ。


「チィーちゃん、私がもう一つ持つよ」

「よいのだ。私もちゃんと手伝うのだ」

「帰り道はあっちからいこー」

「うん。タコ次郎に会ってこー」

「タコ次郎?」


 子供達の発言に怪訝なイイルカ。


「イイルカはよその島の子だから知らなかったでしょうけど、みんなが最近見つけた飼い犬よ」

「へー」


 丘を越える来た道ではなく、丘を迂回する海沿いの道。

 あおい木々の香りと海の香りが交じり合った空気を感じる。

 重たい荷物を運んでいるから登り道よりこちらの方がいいかもな、とかセイヤも考える。

 やがて広い庭を持った平屋の家が現れた。庭は菜園になっている。

 塀もないのでどこが入り口かも分からないが、子供達は勝手に菜園の間を通り抜けていった。


「きゅん!? クィーン・キュイーン! キャンキャン!!」


 軒下のある犬小屋から子供達の気配を察知したタコ次郎が甘え声をだして大はしゃぎ。


「タコ次郎ーぉ」

「よしよしタコ次郎」

「タコ次郎はほんと人懐っこいよね」


 首輪に繋がれた縄を支えに二本足で立ったタコ次郎。ピョンピョンとステップしながら子供達に抱きつかんばかりである。

 だがである。タコ次郎は別に人懐っこいわけではない。ただ旧知の友達が来てくれたからはしゃいでいるのであったが。


「んー? ああ、お前らか」

「オジサンこんにちわー」


 タコ次郎のはしゃぎように家主の男が様子を伺い窓から姿をのぞかせたのだ。


「すみません」

「え? クィール嬢ちゃんじゃねーか! 具合はいいのかい?」

「ええ。もう大丈夫です。全快したんです」

「本当かい。そりゃよかった。みんなも心配してるから姿を見せてやるといい」

「はい」


 とくに怒られることはなさそうである。


「あれ? お前ら、良いモン持ってんな」


 子供達タコ次郎と遊ぶために手にしてたミル貝やハマグリを地面に置いた。


「いったいそんな上物どこで獲ったんだい? 充分売りモンになんぜ」

「それは秘密ですわ」

「わははは。まあそうだわな」

「じゃあオジサンには特別にコレをプレゼントね」


 クィールはミル貝を一個プレゼント。


「うお。こりゃ晩酌が楽しみだな。茶でも飲んでいくかい」

「いえ、お構いなく。貝がイタミますから早々に引き上げます」

「そっか。じゃあ適当にタコ次郎と遊んでやっといてくれ」


 家主は姿を引っ込めた。


「しかしなんでタコ次郎なんだ。犬だろが」


 イイルカの疑問。


「海で獲れたんだって」

「海? 犬が?」

「うん。タコにくっ付いてたんだってー」

「なにぃ。いつくらいのことだ?」

「半年くらい前だって」

「それってまさか……」


 タコ次郎の容姿を眺めるイイルカ。その懸念は確信に変わった。


(間違いない。この犬は半年前に波にさらわれて死んだと思ってた子犬のバニラだ)


「お前ら――この犬、バニラだろ」

「キュィーン・キュンキュン」


 懐かしい名前を呼ばれてひと際の甘え声で答える現タコ次郎。

 しかし、子供達の反応は……


「えー!?」

「バニラはこんなおっきくないよ」

「ねー」

「ちっちゃかったよねー」


 たった半年あれば子犬は立派な成犬に育つ。半年で目に見えるほどの成長をしない人の子供達にはそれが分からない。

 自分達が片手で抱っこできてたバニラが半年を経て、二本足で立つと自分達より大きな背丈になるとは想像が出来ないのであろう。


「だから成ちょぉ――、っきやぁあああ!」


 可愛らしい悲鳴をあげるイイルカ。その訳は隣のクィールが彼女の尻肉を思い切り鷲掴みしたから。


「くっ? なにしや……」

「イイルカ!」

「はい!?」

「バニラは死んだの」

「え、だって」

「だってじゃないの!」

「……」


 困惑のイイルカ。そんな彼女に近寄りクィールが囁いた。


「まさかあんなに大きくなって。いったい誰が面倒みることになると思うの? あのサイズだと子供達には無理でしょ? じゃあ? いったい誰が面倒みなくちゃいけないのかしら?」

「う、それは……」

「あんなデカくてエネルギッシュな犬の散歩なんてどういう派目になるかしら。病弱な私に、まさかそれをしろと? イイルカはいいわよねぇー他の島の子なんだから面倒見なくて済むし」

「あ、いや」

「いい? 分かったわね!」

「はい。すみません」


 なぜか謝るイイルカ。


「世の中にはね。知らないことのほうが幸せなこともあるのよ」


 じゃれあうタコ次郎と子供達の様子を微笑ましく眺めながらクィールの台詞。


(クィールって、私よりヤベー奴だよな)


 とイイルカは思いました。



すれ違う想い

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