溺れかけチィルール
潮干狩り。
何気に踏みつけている砂地を掘ると、そこからおいしい貝がザクザクと獲れたなら、それは初めて経験する者にとってはお宝を発掘したような気分になれる一大イベントではないだろうか。
浮かれ気分のセイヤ、チィルールは更なるお宝(ミル貝)を発掘し、一緒にいた子供達とイイルカ、クィールの羨望を集めた。しかし……
「やっぱいねえよ」
「ですわねー」
チィルールがミル貝を発掘したあたりを全員で掘り返すがなにも見つからない。
地元で場慣れしているイイルカとクィールは早々にギブアップ。
「あっちの、あそこらはどうなの?」
セイヤは浜辺の端のほうにある突き出した磯場を示した。
「あっこらはゴカイとかしかいねえな」
「波で砂地が裏返るせいかしら」
「でもちょっと試してくる」
「あ、おい! 波に気をつけろよ。急に深くなってんぞ、あそこらは!」
「分かった」
「若いっていいわねー」
セイヤは磯場にやってきた。
その後ろにはチィルールもいた。
ちなみに同乗のルルーチィは元のところでアサリを夢中に掘り出している。
ネコ族のハーフのせいか目先のことに夢中になると他のことは考えの外になるようだ。
「お? なんかにょろにょろした虫が出てきたぞ」
「ゴカイだな。やっぱイイルカ達の言うとおりか」
磯と波打ち際の狭いスペースを掘り起こしても出てくるのはミミズみたいなゴカイだけ。
「いや待てよ。ここらは砂地が新しいけど、そっちのほうって結構……」
視線の先、それは海。
押しては引く波。
その合間。
「今だ!」
波が引いて、あらわになった砂地に突入。
スコップなんぞまどろっこしいとばかりに両手で犬みたいに砂を掘り返す。
「これか!」
現れた貝の水管。
だが次の瞬間、それは波と押し流される砂に姿を消した。
「逃がすかーっ!」
魂を込めたセイヤの右手。その手とうを砂に突き立てる。
腰まで波に浸かった。
だがその体勢のまま、しばし……
「うおおお!」
威勢をあげ、天に向かって突き上げた右手。
そこには立派なミル貝の姿が!
「やったぜ!」
「なんと! でかしたぞセイヤ」
「まあ異世界転移した俺だから? またやらかしちゃいましたぁ程度のもんよ」
「しかし私の獲ったのよりでかいとは。うぬぬ」
セイヤと入れ替わりに今度はチィルールが挑戦。砂を掘る。
「逃がさん!」
波が来た瞬間、砂場に手を突っ込み威勢よく引っこ抜く、のだが。
「!?」
その手には何も握られてはおらず。
空振りの身体はそのまま勢いよく仰向けにぶっ倒れ、打ち寄せる波にさらわれ流れていった。
そして万歳ポーズでガフガフと暴れている。溺れているのだ。
「チィルール!?」
慌てて助けに向かう。
「落ち着け。大丈夫だ。足つくぞ」
「へ?」
セイヤに抱き上げられたチィルール、変な声で返事。
確かにセイヤの胸元くらいまでしかの水面。
「ほらな。じゃあ、離すぞ」
「ふえ」
抱えたわき腹から手を離すセイヤ。
ゆっくりと頭まで沈み込むチィルール。こぽこぽと泡が浮かんできた。
「しまった!」
ちなみに二人の身長差は頭二つ分くらいある。
それを失念していたセイヤ。
慌てて手繰り寄せようとした次の瞬間、水面からロケットみたいに飛び出してきたチィルール。
両手両足を絡みつかせ、セイヤに抱きつくのだ。
「うあ、すまんチィルール。身長差を忘れてた」
「ふひゅー・ふひゅー」
「本当にすまん」
「ひゅーひゅー、お二人さんオアツイね」
「結婚式には呼んでね」
「子供みたいな煽り方やめーや。こっちが恥ずかしくなる。溺れそうになったのを助けただけだ」
イイルカとクィールの恥ずかしい冷やかしに思わず顔が赤くなるセイヤであった。
「セイヤは私と結婚するのか?」
「はあ?」
なんかチィルール、冷やかしを真に受けている? セイヤの表情をマジマジと窺っていた。
「……」
「……お前、もっかい沈めるぞ?」
「ひーん」
はっしと力を込めてセイヤに抱きつくチィルールであった。




