不穏な空気
「っつ……」
セイヤ、チィルールにリリィーンの三名、それぞれ負傷箇所をなだめながら自分達の客室に戻った。
「どうしたんだい?」
「なにかあったの、チィーちゃん?」
トロイとルルーチィが心配そうに出迎えてくれる。
「フルチンのオッサンがいきなり暴れて、殴られた」
「……え?」
「チィーちゃん、もしかしてテロ?」
「いや、テヘペロしておったぞアヤツ」
困惑するルルーチィ。だがこんなのいつもの彼らなので、早く慣れるしかない。
「リリィーンのスケベのせいで」
「違う!」
「どうして頭が下げれないんだ? 脳みそ空過ぎてヘリウムでも詰まってんのか? だから下げれないのか、いつもフアフアなのか、首モゲロ」
「セイヤはいっつも曲がった愛情表現して、そんなんで女の子の気持ちが引ける訳ないのに、バカみたいーっ」
「はあああっ? 上等である。お前が頭丸めて出家を覚悟するまで愛情表現ってやろう」
「バカバカバカバカ!」
「リリィーンリリィーンリリィーン!」
「まぁまぁ二人とも――」
いつも通りにトロイの仲裁。
「ホント仲悪いよの」
「でも、ケンカするほど仲がいいって言うけど――」
「ルルーチィ。なんと?」
「この二人に限っては只ならぬ因縁を感じる――」
「ほっ」
「……(チィーちゃん?)」
ルルーチィの感は鋭い。それは大当たりである。
尿をかけた者とかけられし者。
その因業は深い。
そしてチィルールの胸のうちのことも――まあみんな知ってることなんですけどね。
「ところでなんですが……なんでチョウエン行きの船を選んだんですか?」
ルルーチィの質問。それはチィルールへのいやな予感を払拭したかったせいでもある。
「マンエン国からの待ち伏せを回避する為にオクエンへの直通は避けたんだ。これはセイヤの発案でもあるけどね」
「へえ」
「チョウエンからまたオクエン行きの船を使えば待ち伏せはないだろうし」
「なるほど(その発想はいいけど素人クサイ。なんか気になるなあ)」
ルルーチィはその時、気付かなかった。
普段ならソレが分かったはずだった。
でも賑やかな彼らの中にあって少し油断していたかもしれない。
マンエンの勢力圏から離れたこの東の海で、北上する船すべてを臨検する真似なんて出来ない。
船隊を編成し勢力圏外でそんな越権行為などすればたちまちにオクエンに殲滅される。
海賊に金を渡して、船を襲わせる方法にしてもあまりにも拙い。運要素が高すぎる。国家の一大事をそんな不確定な方法に頼る訳にはいかない。
だがその不確定な方法を確実にする手段がひとつだけあった。
ルルーチィと同じ手段を用いればいいのだ。
つまり密偵をワクナに配置し、目標が乗船する船を確認すれば済むだけの話だった。
当たり前の戦略だが素人の現場的な発想では思い至らなかったのだ。
そして今、彼らが乗船するこの船に近付いてくる船団の姿……
はやく元のペースに帰りたい




