トロイとの契約
朝食は購買部でパンとミルクを買って済ませた。
ミルクは木の繊維を樹脂で固めたような紙パックもどきで提供されていた。使い捨てなのは現実と同様だ。
その後は各々が自由行動。
一緒に旅をしている仲間だからといって四六時中傍にいる訳ではない。お互いにプライベートもちゃんと尊重している。
「セイヤ、今回は船の後ろのほうを探検するぞ」
「はいはい」
チィルールに引っ張られセイヤも場を離れる。
「私も散策してみようかな。オイ、新入り。お前も来るかい?」
「いえ結構です」
「あっそ」
「……(新入りって)」
ルルーチィに誘いを断られたリリィーンもどっか行った。
その場に残ったのはルルーチィとトロイの二人だ。
しばらく沈黙していた二人。
「なにかボクに話しでもあるのかい?」
「え、はい(鋭いな。この人になら――)」
トロイは情報屋だと聞いていたルルーチィ。実はその彼女に聞きたいことがあったのだ。だが、ことは自身のプライバシーにも関わる重大な話。どうしていいものか迷っていたのだ。
「場所を移そうか」
「はい」
二人が部屋のドアに近付くと、その傍から慌てて逃げ出す人の気配。
リリィーンが二人の様子を覗いていたのだ。
「どうやら、もうここで大丈夫のようだね」
「ええ」
何処かへと消え去ったのを確認。
元の部屋に戻るのだ。
慌てて逃げ出したリリィーンは見失った二人の居場所を探して、これから見当違いの船内を探しまくるはずだった。
「人払いが必要の重大な話なんだね?」
「キメラに関してです」
「おっと、いきなりこの世界の闇に迫るかい」
「私、キメラなんです」
「はあ? 唐突だね。でもハーフビーって聞いたけど」
「そうですが、妖精族の血も少し混じってるみたいで」
事はトロイの想像以上だった。
キメラとは獣人族と妖精族の間から生まれる忌まわしき存在。強靭な肉体と圧倒的魔力を持ち合わせた人種。だが心は獣。殺人衝動を抑えきれずにまわりの者を破壊する。特にソレは自分が大事に思っている者に対して執拗に行われる呪われた存在。
そしてある固体には少なからず因縁のあるトロイ。
「なんてことだ。キメラの恐ろしさは良く知ってるよ。君はその血でキメラに覚醒する事を恐れているんだね」
「覚醒はしました。あげく暴走も二回ほど」
「ナニィイ!! どうやって元に戻った!? 頼む、教えてくれ。それはとても重要なコトだ」
興奮のあまりルルーチィに詰め寄るトロイ。
「私は、その方法を情報屋さんならナニか知ってるかと思って、ソレが聞きたかったコトなんですけど……」
「え? ああ、うん。そっか」
「ちなみに一回目は完全じゃなかったみたいで、自然に戻りました。でも二回目は完全に覚醒してしまってもう少しでギイさん達を殺すところでした。その時はなぜ戻れたのか不明なんです」
「ギイ氏? そうか。命の恩人だと言っていたハーフビーのキメラとは君のことだったんだね。完全に失念してた。名前も聞いてたのにな。だって元に戻って生きてるだなんて思えなかったし。いや失礼」
ガッカリした様子のトロイ、元の場所に戻った。
「ギイさんは私のコトを?」
「感謝してるみたいだったよ」
「ギグくんとギコくんは――」
「すごく元気だったよ」
「そうですか。よかった」
安堵するルルーチィ。トロイとは出会ったばかりなので余計な気遣いもなしでその感想だろう。間違いはないはず。
「私はこのままみんなと一緒に、チィーちゃんの傍にいていいものなのでしょうか?」
「なぜだい?」
「もしチィーちゃんがピンチになったとき、私はキメラに覚醒する可能性が高いです」
「二度あることは三度あるっていうよ。また戻れるんじゃない?」
「そんなマヤカシ事」
「じゃあボクの持っている情報が一つだけ役に立つかもだな」
「教えて」
「おっと、情報屋の情報だよ」
「いくらでも払います」
「お金じゃ売れないね」
「?」
「いいかい? これは悪魔との取引だ。情報を教えたが最後。君には絶対の忠誠義務が生じる。その内容は事前に知らせることはできない。なぜならソレ自身がそういうモノであるからだ」
ただならぬ気配のトロイ。
ルルーチィも事態の重みを理解して覚悟を決めた。
「誓います」
前に出て、跪くルルーチィ。
「いいだろう」
近付き、そっと耳打ちするトロイ。
「な? そんなコトが!」
「キメラの自殺方法さ。しかも知ってしまったからには逃げ出させはしないよ。監視の名目の下に君を観察させてもらう。彼女の傍でいつかキメラに覚醒し、自らを破壊する過程をね? ククク……」
「あなた、少し……」
「自分でも分かってるさ。でもそうじゃないとキメラと関わり合いなんてもてないさ。違うかい? クフフフ――」
「それは」
「いいかい。これはみんなには内緒。ボクらだけの秘密だ」
クククと含み笑いするトロイ。瞳に狂気が宿っている。
(この人少しどころか完全に厨二病全開でこの状況に自分で酔ってんじゃんヤベーわ)
と棒読みでルルーチィは思いました。
百年経っても厨二病は治らない




