ヘマ・・・やらかす
オレはあたりを警戒しながらも宿屋を目指す。
だってマフィアに狙われてるに違いないのだから? と思うけど?
(宿代あるしな)
この街を出るにしても、宿屋に宿泊費払わないとね。
さすがに無銭飲食はない。
「鳥の丸焼き・・・」
チィルールは相変わらず呟いている。さっきチョコバー食ったくせに。まだ食うつもりかよ。
でも、緊張感はなかった。だって、人が・・・
沢山の人が同じ方向へ、宿屋の方へ向かって歩いている。
(あの宿屋、今日は大繁盛だな)
これならマフィアにいきなり襲われる心配もないだろう。
警戒は必要だが身構えることもなさそうだ。
場合によってはこの人達に紛れて逃げればいい。
(今日、初めて運がよかった)
丘を登り、宿屋の様子があらわに・・・
(マジか・・・)
だって人が溢れてキャンプまで立ってる
たぶん、なんかイベントがこの街であったんだろうな。
オレにも経験した記憶がある。
なんのイベントで誰たちと夜明かしを苦労したのか、そんな具体的な記憶はないけれど・・・
地方で一大イベントの時はだいたいコウなるのは知っていた。
(まあ、オレらが抜けるから一組くらいは入れるよ?)
人ごみを掻き分けながら、宿屋に進む。
「すみません。オレら、あの宿の客で・・・すみません」
順番抜かしみたいな感じなので、怪訝そうに睨み付けてくる人々をやり過ごしながら通り過ぎる。
玄関口、あのフロントのオジサンが客たちと言い争っている。
(まぁ、この人数、収容しようもないよな)
とりあえず、声をかけて清算してもらい、この場を離れよう。だが・・・?
「そいつだ! そいつが漂着者だ! 俺には関係ねえ! とっとと帰りやがれ!」
オジサン、オレを指差し絶叫。
あたりの人ごみに走った緊張感。
その場の全員がオレを注視。
(え・・・あ! 馬鹿だオレ。なんで気付かなかった・・・)
事態を把握した。
手遅れだ。
囲まれて逃げ場がない。
わざわざ、その中に入ってきた。
間抜けだ。
「奇跡の・・・力・・・どうかあああ!」
一呼吸おいたあと、我先にと全員が、一斉にオレに向かった。
「ウあ! おい! 待て! これヤバイ、みんな死ぬぞ! オイ!!」
将棋倒し寸前のもみくちゃ状態。
押し合いへしあい、体同士が圧迫され肺が潰される、だから呼吸がオボツカナイ。
実際、オレに寄り切った人たち自体が、オレ同様苦しんでいる。
だが後方のやつらはそんなのお構いなしに詰め寄ってきやがる。
「クぁ! やめろ! 死ぬぞ!・・・ぃア? チィルール?」
どこだ? 小さなチィルールなんてひとたまりもないはずだ。
もしかしたら地面に倒され、群衆の足に踏み潰されているかもしれない。
「チィルール? おい! お前らやめろ!」
子供みたいに華奢なチィルールの身体が、こいつらの体重に踏み潰されて耐えられるわけがない。
いままさに全身の骨を砕かれて、内臓をすり潰されている最中かもしれないのだ。
(いやだ・・・そんな想像・・・いやだ・・・)
「やめろ! お前らやめろ・・・全員ぶっ殺すぞ!!」
オレはあらん限りの声で絶叫。
『奇跡を・・・お願い・・・助けて・・・もうほかに・・・奇跡のちからしか・・・なんで私がこんなめに・・・ダメなんだ、もう・・・あなたしか・・・』
だが、生にすがる亡者のような連中には、まったく効果なかった。
(ちくしょう! オレに、力が・・・)
だが、これはオレ自身の能力が招いた事態でもあった。
(なんだこれ・・・神様はここでオレに死ねってか? チィルールも巻き添えにして? 主人公きどりでやらかしたオレにここまでの仕打ち? そうなのか・・・ああ・・・もうオレも皆も全員死ねばいいんじゃないかな? どうでもよくなってきたよ・・・)
ここはオレの知らない世界。
助けのアテなんてない場所。
見上げた星空の中で、三日月だけが、大鎌のように冷たいまでに蒼かった。
(ごめんな・・・チィルール)それだけが心残りだった。
だが・・・
「そこまでだ!」と勇ましい声が、その空間に響いた。
(なんだ? 静かな女の人の声だけど・・・でも凛々しい声)
目を覚まさせてくれる声とでもいうのか、陳腐な表現だけどオーラを感じる声だ。
「この場は我ら『血染めの天秤』が預かる」
その女性の姿は見えないけど、明らかにまわりが動揺している。
まわりのどよめきのなか、聞こえてくる台詞。
「血染めの天秤?」
「バカ! マフィアだ!」
「やべぇ、アレ、金色蛍のアリスだぞ?」
「ええ? あれが?」
「な、首領自身がご登場かよ」
「ヤバイの?」
「噂だけど、なぶり殺しが趣味ってらしいよ?」
「でも、わたしら、関係ないし・・・」
「あぁ? この状況で・・・ひっ!」
金色蛍のアリスが一睨みしたせいで大衆が静まり返る。
(なんだ? どうなるってんだ・・・)
こちらから状況は直接見えないが、その眼力、貫目は半端ないようだ。
「首領、あとは我々が・・・」と別の声、そして続ける。「我々は『血染めの天秤』である。今からこの場、そして、漂着者は、我らの管轄に入る」
「な・・・」と群集はどよめくが・・・?
「不服な者は、我の前へ・・・血染めの天秤が首領『金色蛍』が直接・・・勝負してやる・・・ぜ? あああ?!」
群集のどよめきが、一瞬で戦慄になった。
皆、慌てふためき、この場を順次退散して行く。
(助かった? じゃない、チィルール!)
「おぉ、タロー、無事だったか・・・」
と、のんきなチィルールの声。
だが、姿見えず。
「こっちだ、コッチ・・・」
声のほう、見上げた?・・・
そこには、でかいオバちゃんが立っていた。
そして肩にしがみついているチィルール。
「あ? なんだいこの子! いつのまに?」
オバちゃんの怒声。
「すまんすまん、ちょいとな・・・」
「やだわーっもお!」
フヘイ文句のオバちゃん。
その肩の上からチィルールは地面へとスルスル降下。
用のないオバちゃんはとっとと退散、どっかにいった。
「よかった・・・(コイツはコイツで小さいながらの工夫で・・・よくやった!)」
オレは安堵。
目前のチィルールの頭に自然と手を伸ばし、ナデナデしようと・・・
そしてチィルールもオレに合わせて、伸ばしたオレの手を・・・
『バシン!』と叩き落した。
「……」
「……」
なんか、『ナデナデすんな! 文句あっか?』って顔して半目で睨んでる。
(可愛くない!)




