礫岩の家
かつて『礫岩の家』という名の組織が存在した。
主な活動は暗殺。
政界を動かす要人から、そこらの憎い浮気相手程度も差別することなく、依頼があれば報酬しだいで殺しを請け負う薄汚れの集団だった。
証拠を絶対に残さないゆえに、その『礫岩の家』は需要のあるブランドでもあった。
そして、ルルーチィとククリールは物心着く前の赤子時代からその『礫岩の家』で育ってきた。
もっとも、それは二人だけでなく、身寄りのない子供は他にも沢山いた。
将来の暗殺者候補として集められていたのである。
そして物心着くころには、すでに戦闘訓練が始まっていた。
誰もが当たり前にこなす厳しい訓練に、不審感を覚える者は一人もいなかった。だって、それ以外のことを知らない彼女達にすれば、それは極普通の日常でしかなかったからだ。
「第三小隊! 集合!!」
サーの号令で慌てて集まる十歳前後の少女達数人。
その中にはまだ幼いルルーチィとククリールの姿もあった。
「君らもそろそろ実践に移ってもらう。覚悟はいいな!?」
「サー!」
威勢よく答える一同。
サーの命令は絶対なのだ。
それにサー・キルクルーレは厳しいけれど、彼女達にとっては母親がわりでもあって、たまにだけど優しいときもあった。
だから逆らうなんて選択肢は存在しなかった。
「試験を行う!」
サーの支持で第二小隊の子らが「ペチ」を連れてきた。
ペチとはここで飼っている犬達の中の一匹である。
「キュヒューン・キャンキャン」
散歩かと思ってるペチ。小躍りしてジャンプ、とっても嬉しそう。
「任務を通達! 目標を破壊せよ!」
「?」
「目標はコイツだ」
「!!」
サーが示したのはペチだった。
「構え!!」
合図に従い短剣を構える少女達。
でもそれは条件反射的にである。
命令で「討て」と言われればそうする覚悟もあった。でも……
「イヤ……イヤ……イヤ……」
そう呟いているククリールの手前、決断しかねている。なぜなら、このペチを拾ってきたのはククリールだったし、面倒を一番みていたのも彼女だったからだ。
「私情をはさむな! それは己を破滅させる! 大切なのは己が自身だ!! 犬コロ一匹のために自分のほうが死ぬか? ああ?」
サー・キルクルーレは愛用のナタのような大型ナイフをククリールに突き出した。最後通達だ。そして、それを天に突き上げる。もはや従うよりほかなし。
「構えー! 狙え! ……討て!!」
合図とともに一斉に放たれた短剣。
「ギャッン? キャ・キャッィーン!! キューン、クューゥ……」
ペチの悲痛な断末魔。
「いやあああああ!!」
ペチに駈け寄るククリール。短剣だらけのペチ。ソレを抜いても意味はない。抜いたはしから出血して、やがてペチは死んだ。
泣き叫ぶ。
「投擲出来なかったのは三名か。ククリール。ルルーチィ。そしてキキレール。お前らは後日追試を行う。それまでに覚悟を決めておけ。でなければ家を追放処分だ」
「サー、イエス」
追放、それは破滅を意味する。
この里で暮らす以外の手段を持たぬ少女にとって、それは絶望でしかなかった。
そして後日。
暗殺仕事の付き添いを命じられたその追試組み三名。
とある、人目につかない場所。
まして深夜。
街灯の明かりもすでに消されている。
「トドメを刺せ」
冷酷なサーの命令。
追試組み三人の為に、ターゲットはあえて急所を外して生きながらえさせている。
そいつは一見、ただのチンピラ男。
理由は分からない。知らされていない。
だけど死んだほうが都合いい人物がいて、金を払いそれを依頼してきたのも事実。
「……」
そして、その結果を受け入れざるを得ない男。
もはや抵抗する気力もなく、走馬灯を浮かべるがごとく、どこか遠くに眼差しを送っていた。
「ハュー、ハフゥー、ヒュッヒフュー……」
虫の息で、どうみても助からないターゲット。
トドメを刺してやるほうが……
その場の全員がククリールの動向を見守っていた。
「……」
だが、結局ククリールはトドメを刺すことは出来なかった。
苦しみの中、息絶える名も知らぬターゲット。
(無理だ。ククリールは優しすぎる。ゆえに、弱い――)
それはサー・キルクルーレだけでなく、同行したルルーチィとキキレールも同感であった。
例えばルルーチィもキキレールも、サーに殺せと言われればなんの躊躇もなくソレを出来た。
だが、あえてククレールに付き添った。
彼女が一人で家を追放され、生きていくことなど出来るわけがないことを理解したうえでの行動だった。
「……なるほど。仕方ない。ククリール、キキレール、ルルーチィの三名は『礫岩の家』追放処分とする」
「サー、イエス……」
それは決定したのだった。




