チィルールは現実世界を迷子する
「四角い城が隣り合わせなどと――戦はどうやっておるのだ、コレ!?」
コンクリートの建築が立ち並ぶ大都会で、チィルールは困惑しきりであった。
「たとえ味方同士にしても、なぜこんなにもピッタリと? 狭過ぎるであろう!?」
十階だて未満程度の雑居ビルの間は人が一人か二人通れる隙間しかない。
でも異世界からやってきた者からすれば、ここまで密集した頑丈で立派な高層建物郡など不思議でならない光景だ。
建物の城主に会って訳を聞きたい衝動もあったが、今はなによりそれより。
「腹がヘッタ……」
早足の人混みの中を、テクテクと歩いていく。
普通なら誰かとぶつかってしまうところだが。
「みてあの子、カワイー」
「なにあのカッコ、コスプレー?」
「外国人でしょ」
ブロンドの髪とアニメの剣士みたいな恰好をした少女の異質な姿はまわりの注目を浴び、人混みの中でもすこし距離を置かれていた。
「適当に入ってみるとしよう」
当りをつけた建物のドアをくぐってみる。
「人形屋であったか。しかしこれはなんと見事な――」
そこはオタク向け雑貨店であった。
ガラスケースに陳列された精巧なフィギィアを感心している。
一見して食べ物屋でないことは分かるのだが、世間知らずで物知らずのチィルールだから仕方なかった。
「おお、こちらにはマンガがあるではないか。どれ……(なんでみな裸の女ばかりなのだ。内容がまったくなく、ただスケベイなことばかりしておるではないか。ツマラン)」
ふと気付くと隣に、店員さんが困ったような笑みを浮かべて立っていた。
そして本を取り上げられ、店の出口に誘導されるチィルール。
「追い出されてしまった……」
外に出されたチィルールは別の店を探る。
「ここも違うな(ふーむ。カジノであるか)」
今度はゲームセンターにやってきた。
「みなはナニを?(テレビ画面の前でガシャガシャと騒々しい)」
テレビは知っていても、モニター内の映像がプレイヤーの意思によって動かされているゲーム、という発想がない者にとってはそうなのかもしれない。他にも音楽に合わせて踊ってるヤツも太鼓を叩いてるヤツも、この場を盛り上げようとしているエキストラにしか思えなかった。
「ふむ。(この店に客はおらんようだな)」
出て行こうとして、端のほうに並んでいるクレーンゲームコーナーの通路を通り抜けていくのだが。
「ここは倉庫か。(もうちょっとキレイに保管しておけばよいものを)」
ガラスケースに投げ込まれているヌイグルミを見ての感想。
そこへたまたまプレイしている男性客二名の姿。
(従業員か? 一言いっておくか)
『おい、そこの者』
「へっ!?」
いきなり背後から妙な言語で話しかけられてビックリした二人組み。
キャッチしかけたヌイグルミをひっかけ損なってしまった。
その筐体の動作を見て理解したチィルール。
『なるほど。これは釣りゲームなのだな』
「え? 外人の女の子?」
「あ、あの、オレ達、アイキャントスピークイングリッシュで」
『お前たちナニを言っておるのか?』
「迷子かな?」
「いや、そこまで子供でもないんじゃね?」
『へんな言葉を使うのをやめよ』
ここは現実なので言葉が通じ合わない。
「でも関わるとヤバイっしょ」
「お巡りさん確定パターン。ゲハハハ」
「シカトしてりゃどっかいく、な?」
「だーな」
歳の離れた女の子と会話してるとこなんて誰かに見られたら通報まったなしのご時勢である。
シカトしてゲームを続ける二人。
しかしチィルール。
『よし! いいそ、そこだ。あーっ、オシイ』
ピョコピョコ跳ねながら大はしゃぎで応援。
そんな愛らしい外人コスプレ少女の姿。
しばらくすると、その様子を微笑ましく思い集まってくる人々。
いつの間にか、一緒になって二人組みに声援を送り始めた。
(アワワワ、なにこの羞恥プレイ)
(オイ、さっさと取れよ)
(けど、このプレッシャー!?)
思いがけずに大注目を浴びるはめになった二人組み。普段注目なんて浴びることない二人は顔を真っ赤にしながら、激しいプレッシャーの中でプレイを続行。それゆえにガタガタ震え失敗を続けるも、もはや後に引ける状況ではない。涙目になりながら有り金の大半を尽くし、今、ようやく――
「ダー!! っしゃあああ!!」
獲物をゲット。観衆に向かってそのヌイグルミを掲げると、たちまち起こる大拍手。
『よくやった! 見事である!』
男はそのヌイグルミをチィルールに進呈。
『くれるのか?』
「……(コクン)」
『分かった。礼をゆうぞ』
涙を浮かべた男から無言で差し出されたソレを、チィルールは受け取るのであった。
そして再びの拍手喝采。
チィルールに関わった者はみな、退屈しないで済むようだ。




