リリィーンの清算2
小さいころ、私はお城みたいな屋敷にお母さんと一緒に住んでいた。
思い返せば、それは贅沢でとっても素敵な生活のはずだった。
でもお母さんは、いっつも不安そうで困った顔をしてた。
私だって困っていた。
だって、お屋敷の端っこにある、この部屋からは絶対出たらダメだっていい聞かされてたから。
「ほら、お母さん。あれって蝶々だよね。捕まえにいこう?」
「ダメよ、リリィーン。お外は怖いモノばかり。絶対にこの部屋からは出てはダメよ」
窓越しから眺める外の風景。
私にとってはガラス越しに眺める平べったい映像が世界という名のすべてだった。
「リリィーン、お外に行きましょう」
「いいの?」
「ええ」
「エへ、うふふ」
世界は広かった。
天井は青くて、とても高かった。
とても楽しくてうれしかった。
やがて施設に到着した。
そこがどこかも分からないし、ここがなんの為の場所かも知らないし、でも、自分と同じくらいの子供達がたくさんいて不思議な気分でワクワクしていたことを覚えている。
でもそんな期待はすぐに絶望へと変わった。
「いあーいやあああ! どーしてお母さんがー! リリィーンもー、リリィーンもー! ああああーん」
「必ず迎えにくるから、だからそれまでいい子にしてて?」
「いあー! いあああああー!!」
「じゃあ、コレをあなたに預けましょう」
「……こへ、お母さんの、ヒック、宝、もにょ――ヒック……」
お家の家紋が刻まれた懐中時計。それは正等な家督の証。
「だからあなたがコレを守っていて? 必ず取り戻しに来るから」
「クッヒュ、わ、か、った。ヒュヒュ……」
そして、お母さんは去っていき、それから何年たっても私を迎えに来てくれることはなかった。
それがリリィーンの、母との最後の記憶。
(折れた首領の刀、どうごまかそうか……)
今、まさにその本人は、母親がこのアジトに連行されていることも知らずテクテクと通路を歩いていた。
(そうだ! この辺の窓枠に立てかけておいて――うっかり窓あけて倒したヤツのせいに。私って、やっぱ知将。くくく――)
バカって自分が偉いと思っているからこそバカなのであった。
「これで、よし。(ん? 誰かコッチ来る。まあもう仕掛けは終わってるけどね。くくくーぅ)」
そ知らぬ顔で歩みを進めるリリィーン。
向こうからマスクを付けた構成員に連行される女性が近付いてくる。
「……(そういえば、身投げ騒動があったとか)」
慢性的な不景気のマンエン国において、それは別段珍しい話でもなかった。
「……(死んだら、何も食べれないのになー)」
特に興味もなく、すれ違おうと……
「おつかれさまッス」
「おおー、帰ってきてたのか」
リリィーンがアイサツ。
お互いに、ふと立ち止まる。
「なんかいきなりで、よく分かんないッス」
「なに言ってんだ?」
「はあ」
「まあ、無事の帰還を祝って今晩は、オゴレや。おお?」
「なんで私がオゴルほうなんですか」
「はーっははは。じゃあな、リリィーン」
「はい」
「リッ!?」
うつむき地面を眺めていた連行中の女がビクンっと反応を見せた。
それで、リリィーンもその女のほうを見た。
女も状況が気になって、ちょうど顔を上げた。
だからタイミングよくお互いの顔を見合わせた。
「っ!? は? ふへは? はあ?」
ヘンな声しかでないリリィーン。でも勇気を出して声をだす。
「お、お母さん?」
「……」
「な、まさか、私……」
「……」
「リリィーンだよ? 私、リリィーン」
「……」
「大きくなった、でしょ? 私、リリィーンだよ」
「……」
「お母さん?」
驚愕したままま反応のない母に、問いかけつつ一歩前へ歩み出たリリィーン、だがその瞬間。
「いやーっ!! 近寄らないで! こっちを、見ないでーっ!!」
「お、おか、あさん……」
リリィーンから背を向け、逃げるように壁際に向かい、そのまま打ちひしがれる母の背中。
「ああああああああああああ」
「……(お母さん、私を迎えに来てくれたわけじゃないんだね……)
窓から差し込む光がその廊下のチリとともに母子の姿を浮かび上がらせていた。
前回と同じラスト




