チィルールの涙
宿屋に戻った。
玄関入り口からロビー、その先のフロントには受付のオジサンがいた。
さすがにこの時間ならいるわな。
「あ、すみません。ちょっと外出。誰もいらっしゃらなかったもので」
「おかえりなさいませ」
「はい、どうもぉ。ただいまです」
それ以上の言葉も説明もない。
無断で外出してもよかったのか?
悪かったのか?
それに食材の持込ってOKなの?
ともかく、オレは部屋へ戻った。
「帰ったぞー。ふは、重ーっ!」
部屋に入った途端イロイロ詰まった紙袋を、玄関先に放り出す。
実際、腕が限界だった。
(これらは後でしまおう)
オレはとりあえず。入り口からリビングへ進んだ。
「おぅ、チィルール、起きて――え? おいっ!?」
チィルールの姿を見て、オレは絶句した。
だって、チィルール、涙ボロボロに泣いてた。
目も鼻先も真っ赤になってる。
「ちょっ、どうした!? なにがあった?」
外出して、二時間くらいたっていた。
三十分くらいで戻るつもりだったけど、朝市のアレがあったせいで時間が思ったよりも過ぎていた。
その間に、この子になにが!?
「チィルール! しっかりしろ! どうした? 教えてくれ!」
オレ、心臓バクバクしてる。
チィルールどっか痛いのか?
怪我したんか?
病気で気分悪いんか?
なんだ?
医者か?
オレ、どう対応する!?
思考がグルグルする。
「うう、タロー……。ふっ、ひゅ、ひゅ……」
「ああ! どした!?」
「うぅっ、ウッぅ……、ヒッふゅ! こめん……」
「?(は? なにが? いったい、なにがあった?)」
オレ凄く動揺。
「ひひゅ、うぅっ……、ごめんなさいぃぃぃぃ!」
泣きじゃくりながら、オレに抱きついてくるチィルール。
はずみで転倒。
抱きとめたから怪我はさせてないはず。
そのかわり床に打ち付けられたオレの背中「ばしーん」って結構痛い。
「(ぃッ)?」
「もぉ、しないから……、もお! しないから! ごめん! もうしないから……ぐしゅ」
「え?」
「酷いこと、エヒュ……、もぉ、ふひゅ、しないから……、ヒィヒュ……」
(酷いこと? って? あ、ああ、あれか)
夕べのことか。
確かにそうだ。
男女逆転で考えれば……女を無理やり押し倒して、次の日の朝いなくなってたら、そりゃ愛想つかされてオイテケボリってことになるか。
全然気にしてなかったから、そこまで思わなかった。
(まいるよなぁ。現実と微妙に違って)
「オレのほうこそ、ゴメンな。すぐ戻るつもりだったけど、遅くなっちゃて。書置きしとけばよかったのにな」
「ヒュぐ……、た、タロー?」
「心配するな。いきなりいなくなるなんてこと、絶対しやしねーよ。約束する」
「ヒッフ、ほんとか?」
「本当だ。神に、いや、チィルールに誓うよ?」
「タロー……、ぅおぅぉぉぅ」
オレの胸のなかでもう一泣き。
仕方ないか。
まぁ、抱きしめてやる。
感謝しろよ? ロリチビ助……
……
そして、しばらくたって……
反応のなくなったチィルール……
見越してオレ……
「朝飯用意する。顔洗ってきな」
「う、ん」
オレから離れるチィルール――だが?
(あいつ、最後、さりげなくオレの服で鼻水拭いていきやがったな)
思えばオレの服、チィルールの汁いっぱいシミ込んでる。オシッコやら、なんやらかんやら。
で、けっこうバッチィ。
(パンツだけでも換えがほしいな。午後は買い物に行くか? 収入のあてもついたし)
ま、とりあえず、オレは貰ってきた食材で朝食の準備。
料理したことないけど、さすがにパンと加工肉、野菜でサンドイッチくらいはできる。
皿に載せ(盛り付けなんて言えない)、テーブルに並べて、お茶も用意。
お茶といっても、こっちの世界のお茶はコーヒーに近い。ただ、紅茶で薄めたみたいに苦味や酸味は薄い。やっぱり紅茶に近いか? でも? うーん
「タロー」
「おう」
チィルールが戻ってきた。
顔、やっぱちょっと赤い。
気まずい。
でもオレが空気をかえる。
だってオレ、男だし、お兄さんだし。
「朝食! 作ったぜ? どうよ?」
「うお? お前も、やっぱり男だったんだな。見直したぞ」
……
それは、褒めてるってことだよな。
こっちはイロイロまぎらわしい。
そして、二人、食卓について、『いただきます』
「おぅ、これはなかなか」
「どういたしまして」
相変わらずチィルール、ガツガツと下品に貪り食ってる。
こっちでは女が男みたいだからコレも許されるのかもだけど。
美少女がガツガツ食べ物食ってる絵図らって。
最初は下品で幻滅と思ってたが、これはコレで、なんかハムスターっぽくてアリではなかろうか?
「なかなかのものであった」
「おそまつさま」
食い尽くしたチィルール、食べたりないのか指をぺろぺろ、皿まで舐めそうな感じ。
(でも、あんまりエサやりすぎると病気するしな)
おかわりはナシにした。




