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痛く哀しいセックス

突然に時空転移されたセイヤ。

そこで出会ったのは……


「いつの間に夕暮れに? どこだココ。まさか、また異世界転移!? 冗談じゃないぞ。(チィルール――)」


 セイヤの焦り。

 それはいつの間にか場所も時間も違う場所に存在していることによる。


「なにかないか? また魔物に襲われでもしたら――」


 彼の装備は「ふく」のみ、剣もないし敵を粉砕するチートも持っていない。


(前回みたいに都合よく助けが現れることはないだろな)


 そんな経験から、慎重に辺りをうかがいながら歩みを進めていく。

 警戒心のせいか感覚が研ぎ澄まされた。


(煙の匂い――誰か近くにいるのか)


 音をたてないように茂みを掻き分け、枝をくぐると、視界の先に川を発見。

 曲がりくねった川の上流に空に立ち上る煙を確認した。


(火事じゃなさそうだ。でも慎重に、だな。バーベキューしてるわけじゃないだろうし)


 火の主が友好的な人とは限らないのだ。山賊の可能性だってある。その輪の中に「おーい・おーい」と手を振りながら入っていくほど馬鹿ではない。

 相手に気付かれないよう距離を縮めていく。

 カーブした川岸の先端には大きな岩が鎮座している。

 焚き火の位置はあの向こう側。


(鉄砲水とかで流された大岩があそこで引っ掛かったんだろうな。でもお誂え向きだな)


 その岩に寄り添いながら迂回、気配を探りつつ反対側の様子をうかがう。


(誰もいない……)


 あるのは小さな焚き火がひとつのみ。

 ほっとしたような残念なような――

 だが、しかし!


「動くな!」


 背後から威圧的な声。

 首筋に当てられた冷たい金属の感触。

 

「え? なに?」

「ちっ!」


 振り返ってしまうセイヤ。だって平和な日本で暮らしている人間からしたら、そんな状況ってイタズラにしか思えないからだ。

 首筋に当てられた冷たい感触のナイフが皮膚を裂き、摩擦がか火傷するかのような熱を傷口に感じさせた。


「っつ! え?」

「な!?」


 対面し、驚き合う二人。


「キラリ!!」

「セイヤ!?」


 首筋を押さえるセイヤ。手から血がにじむ。

 ナイフを投げ捨て傷口に手を当てるキラリ。治癒魔法の力が発動して傷は治る。


「なんでこんなトコに――」

「それは私の台詞だ」

「……」

「あ……水浴びをしてたとこなんだ。見ないでくれ」


 そう言いながら「裸」のキラリは川に飛び込んだ。


「キラリ、大人っぽくなったよね」

「当たり前だ。もう、キ、オマエより、トウも歳上だ」

「キレイだ――」

「うるさい! 私はもう、オマエの知っているキラリではない」


 二人とも元の世界では同い年。でもこの異世界に飛ばされた期間は十年の開きがあったのだ。

 こっちの世界では初対面ではない。久々の再会だ。

 そして二人は両親にも公認の恋人同士。ほぼ許婚の間柄であった。

 だから見慣れた彼女の身体に、見慣れない傷がたくさん付いていることにも気付くセイヤ。


「キラリ――(きっとこの世界に一人ぼっちでやって来て、傷の分だけ苦労があったんだよね。それに比べてオレは不平不満ばかり……自分が情けない。だから、なおさら君が愛おしいよ)」

「オマエ、なんで服を脱いでいる」

「川に入るためだよ」

「なんで川に……」

「君を抱きしめるためさ」


 川の浅瀬に屈むキラリに、裸になったセイヤがズンズンと近付いていく。


「来るなー!」

「なんでだよキラリ、オレはお前の――」

「私にはコッチにいい人がいると、言っただろうが!」

「関係ない! オレのこと忘れてた間に出来た恋人なんて知ったことか!」


 反対側を向いたキラリ、かまわず背中から抱きしめるセイヤ。


 漂着者と呼ばれる異世界転移者は例外なく記憶があやふやになってしまう。

 その時に出来た恋人のことなんてどうでもいいことだ、とセイヤ。


「やめろ!」

「キラリ、一緒に暮らそう」

「!」

「この世界のことなんて、オレらには関係ないじゃんか。な?」

「……」

「どっか誰もいないところで二人きりで暮らすんだ。あーそういえばゴメン。政治家や官僚の奥さんにしてやるって約束は無理っぽいな。でもいいだろ。な? キラリ」

「セイヤ……、やめて、お願いだから……」

「やめない」

「セイヤ!」

「だって本気だから。絶対にやめない。キラリ!」

「ああ……」


 キラリの身体を唇で愛撫するセイヤ。


「痛かったよな。いっぱい痛かったよね。ゴメンな?」

「ぁあっ、なんで、オマエが、あっ――」


 全身に付いている見知らぬ傷を一つ一つ記憶に刻み付けるかのように丁寧に舐めまわしていくセイヤ。


「キラリ」

「やめてくれ。私はもう、お願いだから……セイヤ」

「愛してる! オレが一番キラリを愛してる」

「いや――やめて――アアーッ」


 だが、もう止まることは出来なかった。

 女の声に戻ったキラリ。

 抵抗していたのは台詞だけ。

 その彼女の身体をいいように躍らせるセイヤ。


「ダメ。ヤメ。ヤァ、ん、アアアア、セイヤー!!(痛いよセイヤ。苦しいよセイヤ……大好きなの、あなたが大好きなの。本当に大好き、セイヤ!)」


 絶叫する彼女の瞳から流れ落ちる涙。

 それは本人にも悲しみなのか感動からなのか分からない涙。


「キラリ!(なんでそんなに苦しそうなの……キラリ、僕は君を愛してるんだ。幸せにしてあげたいんだ! キラリ!)」


 なぜかセイヤも涙を流していた。


「セイヤぁ……」

「キラリっ……」


 二人とも泣きながら愛し合っていた。

 それは、とても苦しくて、とても切ないくて、とても悲しいセックスであった。


 夕闇の向こう。もうすぐ、日が落ちる。

 誰もいない場所で、焚き火の生木がパチンと爆ぜていた。



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