それぞれの膀胱事情
セイヤに近付く影の正体は……
夜、みんなが寝静まった頃。
寝室から、ソファで寝むるセイヤに近づいてくる一つの影。
(今回も来やがったな――)
影の正体は分かっている。
淡いマメ灯の光輝く薄暗い室内。
セイヤは、そっとソファから離れ、近くにあった電灯スタンドのスイッチに手を掛ける。
「そこまでだ!」
「んあ?」
照明ライトの眩しい明かりをそいつに浴びせた。
「とおっ!」
ひるんだそいつに向かって、ソファを踏み台にしてジャンプ。
手にする丸めた雑誌でそいつの頭をパコン!とブッ叩いた。
「きゃあ?」
軽く悲鳴をあげ、頭に手を当てながらたじろぐその人物。それは……
「正気に戻れ、リリィーン!」
その影の正体はリリィーンである。
「なに? いきなり、なに?」
「お前、頭は、大丈夫か?」
「はあ!? 人の頭をいきなりぶっ叩いたヤツの台詞か?」
トイレに向かおうとしたリリィーンにはセイヤの行動が意味不明であった。
だがセイヤは身をもって知っていたのだ。リリィーンは寝ぼけてトイレじゃないトコで用を足すことを…… それが場合によっては誰かの顔面上であったりすることも。身をもって知っているのだ、セイヤは。世界が金色に輝くその瞬間を、知っているのだ。
「どうやら目は覚めているようだな」
「さっきから、なんなのよ」
「お前は寝ぼけてそこらじゅうにシーコッコするだろうが」
「するわけないでしょ!」
「するんだよ、お前は。寝ぼけてるから気付いてないだけで」
「絶対にしない! セイヤの変態!」
「あーもーいいから。オシッコしてこいよ。だからノソノソと起きてきたんだろーが」
「くっ……」
そのとおりなので仕方なくトイレに向かう。
「覗くなよ。変態っ!」
「だれがお前の放尿姿なんぞ! マブタ裏側眺めてたほうがよっぽどオモロイわ。あーオカシータノシー」
目を瞑って喜ぶセイヤ。
ぐぬぬとトイレのドアをくぐるリリィーン。
「なんだ? なにかあったのか」
騒ぎのせいでチィルールまでモソモソと起きてきた。
「なんでもない。リリィーンがまた寝ぼけて粗相しそうだっただけだ」
「そっか……逆立ちせずにちゃんと座ってオシッコしてるといいな。トイレ汚れるしな。ハアフゥー」
「だよな……」
「ふにゅにゅにゅ……ふぅ」
寝ぼけ眼のチィルール。
当たり前のようにソファに座るセイヤの隣に腰掛けた。
(こいつ当然のように……)
セイヤにしな垂れかかるように身体を預け、ズルズルと垂れ下がるとそのまま膝枕状態。自分の膝までソファ上にたたみ込んで寝息をかき始めるチィルール。
(なんだかコイツは実家で飼ってるネコのチィーチャまんまだよな。まさかチィーチャが異世界転生してチィルールになったとか? いや、ないよな……でもなあ? あはは。なんだかなあ)
そんな馬鹿らしい妄想をしてると、いつの間にかセイヤも座ったまま眠りについてしまった。
そして朝がやってくる。
(ん? なんだかモソモソした気配……)
セイヤは、膝の上のチィルールを思い出す。
(あのまま寝てしまったのか。それにしても、この気配は……)
モソモソしているチィルール。なんだか苦しそう。
それでハッと気付いたセイヤ。
チィルールの頭をワシワシ。
身体を抱き起こしユッサユッサ。
「起きろ! チィルール! 起きろ!!」
「はにゃ……」
うつろな様子で目を覚ました。
と思った次の瞬間。
急に真顔になったチィルール。
ソファから飛び降りるかのごとくの勢いそのままトイレに向かってダッシュしていった。
「まったく、どいつもこいつも……(尿道にスイッチか膀胱に警報つけてやりたいぜ)」
などと考えるセイヤであった。




