ふてくされチィルール
『とこゆめ』で夕食。しばらくはここに滞在していいとのこと。
「いいんですか? けっこうな佇まいの御屋敷ですが」
「実は王族関係御用たしの隠れ名屋として名をはせてありんす」
「そんなとこにオレらガキ連中を?」
「なにを言わはりますえ? そちらに姫殿下がいらっしゃるに」
「あ、そういえば」
タローと家主のレデーットさんの会話。
それは料理が運ばれる前の間。
レデーットさん、店長とか言われてたけど実はオーナー社長だった。
すでに食前酒を一献。隣のトロイも付き合っている。
タロー達子供はスパークリングジュース。
そして、会話中にあった姫殿下とはチィルールのことを示す。
「こんなのでも役に立つことあるんだな」
タローの素朴な感想。
「ふんっ!」
タローの視線を避けてソッポを向くチィルール。
(うあ、かわいくない)
タローにスーパーボールを捨てられたのをまだ根に持っている。
「姫様はどしたえ? ご機嫌ななめやすなぁ?」
「た、タローが私の宝物を捨ておったのだ! ふぐぐぐ」
「宝物?」
「駄菓子屋で買った魔法ボールだ!」
「魔法ボール?」
「スーパーボールですよ」
要領を得ないレデーットさんにタローの助け舟。
「あら、残念やしたなぁ」
「ふっぐ、ぐうっ」
「だって、コイツ部屋ん中で飛ばしやがったんですよ?」
「部屋ん中でですけ? それはちょっと堪忍してくだせい」
「ぬぬんうううう」
「ほらみろっ、部屋の中でやっちゃダメですーぅ」
「まま、そんな……」
「にぎぎっぎぎ!」
「でしたら、明日また買いに行きまひょ?」
「ダメだ! あの模様でなくてはならんのだ! 私が全身全霊を持って選んだあの最高傑作を、タローめが、よくもっ! にぎぎぎぎぎ!!」
こういうのあるよね。
「失礼します、お食事が整いました」女中さんの声がフスマ向こうから聞こえた。
「続きは食事の後にしまへんか? さあ、お召し上がりを」
パッぱんとレデーットさんの合図で運ばれ見事な料理。
『うおおお』自然と声が漏れる一同。
一斉に取り掛かる。
『ウマーっ!』
相変わらず素晴らしい料理。
「絶品である。薄い味なのになぜか? 味が濃いとは? なぜか?」とチィルール。
「出汁のおかげですえ」
「ダシ?」
「魚や昆布で作ったフォンのことですえ」
「よくわからんが、天晴れである」
「光栄でやんす」
「私、野菜嫌いだけどこの野菜料理おいしい」とリリィーン。
「葉野菜には灰汁がありますえ。それを茹でるとき丁寧に取り除き、極めつけは魚を発酵させた魚醤を用いてやす」
「へえぇ。どうでもいい」
「魚醤? 醤油ですか?」驚くタロー。
「醤油?」
「いえ、その調味料、少しください! それと、新鮮な生魚の切り身を一口サイズで!」
「どうしますえ?」
「その調味料をチョンと付けて生のまま食べます」
『ブーッ!!』チィルールとリリィーン、まわりに遠慮いっさいなく吹いた!
「タロー、貴様? いや、なんでもない。かってに死ねばよかろう? ふんっ!?」
「私、正直言って漂着者って最初は化け物なんだろうと思ってました。でもタローに出会ってからは、ヘンだけどバカだけど普通っぽくて……ふふっ、だからかなぁ? 『なにコイツ! ぜんぜん大したことねーじゃん!?』って思ってました。はぁ、でも、やっぱり漂着者って生腐れ臓物汚物であると確信しました。だから、かってに死ねばいいかも、っ死んで?」
「(お前らぁ!?)なあリリィーン? お前には大事な話しがある。あとで、ゴミ焼却炉の前まで来ようね?」
「まあまあ、静まりやんせ。タローはん、それはもしや?」とレデーットさん。
「それはオツクリだね?」とトロイが口をはさむ。
「ウーっ」口を挟まれたレデーットさん憮然。
「はい、まあ、そうです」
「オツクリとは東方彼方の国で発生した極めて特異な新鮮魚の一般的食法で……」
「ですえ! そのオツクリも当屋でも出せますえ?」
「んん? まだ説明の途中だが?」
「あんさんの理屈はどうでもいいですけに」
「理屈? じゃなくて――」
「はいはい! それでは『おつくり』みなみなさま御一行分用意させていただきやすえ」
それは強引に大事に事態は展開、それはタローも予想外。
だが、しばらくして素早く用意される。
レデーットさんが手のひらをパッぱんと叩いただけで完了である。
そして、オツクリの皿は予定通り当然あったがごとく部屋に持ち込まれる。
「うお!? こんな豪勢な? マジですか?」
タローもびっくり。
直径一メートルほどの大皿に乗せられた見事なオツクリ。
魚だけでなく貝、それに海草ですら見事な薄作りになっている。
全体を見れば鶴の型に?
「これが、当屋「とこゆめ」がご提供させていただく『オツクリ』でござい!」
「なんと見事な! 美しい!! だが食い物なのか、これは?」と、チィルール。
「えー!? これ、どこが食べれてどこが食べれないのーぉ?」とリリィーン。
「全部、食べれますえ?」
「うっそーっ!」と同時にオバカな二人。
「しょーゆ! 醤油ってか魚醤どこ?」
いてもたってもいられないタロー。
「はい、こちらに。板前の薦めで、すこしキャラメルを添加しとりやすが」
「はよ、はよ」
魚醤をうす皿に受け取りやいなや、急ぎばやな箸先、向かうはお刺身。
「ふぬうう」
なんでもよかったけど、真っ白な切り身。赤身の脂加減はいらない、だってそれなら肉で充分だ。淡白な白身の味わいを確認、思い出したかった。
「おああああ! これ、や! これ……」
口に入れたお刺身の旨味にヨダレを垂らしながら感涙のタロー。
「この淡い旨味。肉じゃない。野菜に近い。でも野菜なんかより格段に旨い。これがお刺身やあ!」
久々の感覚。舌が震えた。
「もっと!」
次々と箸を伸ばすタロー。
(マジか? なんか旨そうだが?)チィルール。
(おいしそう……でも食べたら死ぬ。タローのバカは死んだな。ははは)リリィーン。
「うっ、めーっ!! 最高!!」
「お気に召してなによりでやんす。どれ、わっちも……うん、旨味でやす」
「どれ、ボクも? うーん、いいね。爽やかだけど、しっかりした旨味。これはイイ。なるほどね」
レデーットさんとトロイも舌鼓。
「我慢ならん。私も食うぞ」
「いけません。チィーさま。死にます。よくてお腹ブリブリです」
「えーい、それでも構わん! なぜなら、こやつ等が私の目の前で旨そうにィ!!!」
「あ、ああ」
「お前は食わなくて構わん。私は食う!」
「ズルイです! 私も食べたーイ!」
結局、二人も生魚を食べる。そして……
「んん? ん? どうということないような?」
首をかしげるチィルール。
「そりゃ、お前が子供だから」とタロー。
「な、なにぃ!!」
「ま、ま、こっちのピンクっぽいの食ってみ?」
「まて、これ、ピンクって、グロイぞ?」
「ああ、子供じゃムリか――」
「んなっ」
タローの煽りを真に受け一気に咀嚼する。
「旨いだろ?」
「ん? ンン? ……な?」
「どうや?」
「めちゃくちゃ柔らかい肉だった。噛まずに溶けたぞ?」
「旨いか?」
「うむ! スゴイぞ、これは」
トロを口にしたチィルールご満悦。
「ぶべべべーえええーっ」
ベロを突き出すリリィーン。
「どこが旨いんですか? 海の岸壁の腐った味です。げへっ」
リリィーンが食ったの、添えモノの海草、昆布だった。




