1.主人公誕生
よろしくお願いします
主人公がその場に現れたときから、それが主人公の始まりであった。
(なんだココ?)
紺色ブレザー制服姿の少年は、あたりを見回し怪訝な表情。
「ahhe? a あ、ああ、お、お、俺?は、えーとなんだっけ……(オフクロ?に学校の帰りに何かお使いを頼まれていたけど、アレ? なんだか忘れた。ヤベーなぁ、じゃなくて。あれ? あれー?)」
彼には漠然とした記憶しかなかった。
「それよりココどこだー!」
様々な木々が生い茂る森のど真ん中。彼は混乱する。
一歩前にでると、腐葉土の地面がふんわりとした感触を革靴の靴底に伝えてくる。
ジャングルとまではいかないが完全に大自然の森の中。
そんなとこに都会にいるべき軽装の彼。その違和感よ。
実際に彼自身が自分の服装を確認して判断。
「ありえねー!?」
そしてその視線の先には、不自然な青い葉っぱの植物に、これまた赤い稲妻模様浮かべた黒い果実がぶら下っている。
顔を上げ、空を見上げると、そこは緑色をしているうえに、太陽が見当たらなかった。
でもその代わりになのかリング状の月みたいなものが浮かんでいる。
現実の風景とは明らかに違っている。インターネットでも観たことない知らない世界だ。
「これ? これが? 噂の異世界転移ってヤツか?」
状況を冷静に把握した。
「な、なんてこった。つまり俺は……だ。クククックククック……」
頭を抱え、今を認めざるを得ない。そしてこの状況で彼は……
「ぎゃはあああはああはっはあああ!!」
歓喜か? 雄叫びをあげるのだ。
「つまり! だ!! 記憶にはないが! 現実の俺は! キモオタ童貞ヒキニートってことなんだろう? 俺は世界に必要ない産廃ダメ人間だから元世界から追放されたんだーっ。うああっ、なんて惨めで無様で情けない。この俺のゴミムシー!!」
オゥ! 彼はリアリストだった。
「……フザケンナー! で!? どうすんだコレ?」
さっきからこの場には彼しかいない。
それを彼も気付いている。
「言葉は? お金もないぞ? 誰か人はいるのか? 現実だって無一文だと絶望的状況なのに! どーすんだコレ、どーなるんだよ!」
気付いたら得体の知れない森の中、なんてぞっとしない話である。
こんなの誘拐犯一味にスタンガンで気絶させられ、気付いたらアマゾンの密林ど真ん中に放置されてた「てへ?」なレベルの話だろう。
だがここは異世界なのである。だから考えた……
「……」
しばし、試案の後。
「ステータス・オープン!」
高々に宣言したものの、なにも出なかった。
「……炎の魔法! 闇の力よっ! カ~メハ~メター! 螺旋玉! 人工の呼吸!」
……
膝を抱えてうずくまる彼の頬は少し赤かった。
「あのさぁ、誰かいるなら、とっとと出てこいよ? もったいぶらなくていいから」
物語ならば大概は自分を召喚した者か、重要な役割を持ったヒロインか誰かが出てきてもいいパターンである。
でも誰も出てこない。
一人ぼっち確定のようだ。
「チュートリアルが始まらねー! なんだこのクソゲー! あ、そうかスマホ、スマホっと」
彼の記憶にも確か異世界でもそういう便利に使えるアイテムだったはず。それを思い出さしたのだ。
「もしかして誰かに繋がるかもねえーぇ」
期待しながら取り出したスマホ。でもなぜか電源が入らない。
「はあ!? バッテリーは充分だったはずなのにナンでだよ。水に濡れた? いや電磁波でショートしたのか!? まさか俺の記憶障害もそのせい? クッソ!! だったらコレはただの金属の塊だ!!!」
彼には何気にそういう知識はあった。
だから八つ当たり半分で投げ捨てたスマホ。
茂みの中に消えていった。
と同時に「ギャ」と悲鳴みたいな声がした。
誰かにぶつかったようだ。
「す、すみません! 誰かいますか?」
「グルルルッッ」
茂みの中からオオカミみたいな獣が三匹。ウナリ声を上げながら姿を現した。
「当たっちゃいました? すみません。でもワザとじゃないんですよー。ゴメンナサイね」
「グルルルッッ」
瞳がLEDみたいに真っ赤に発光している。
おまけに額の第三の眼とやらが開眼しやがったのだ。
それも真っ赤だ。
「ハロー、コンニィチワァー、私の言葉ワッカリマースカー?」
「グルルルッ」
「……(返事がない。どうやらただの獣のようだ)」
この者たちが、この異世界の住民である可能性はなくなった。
「ガオオンッ!」
「ひっ」
慌てて逃げ出す。
(死ぬのか? 食われて? あり得ない!)
日本で暮らしてて、獣に喰わて死ぬ?
そんなこと、まあ、あり得ない死に方。
でもココは異世界、だから普通にあり得る。
(イヤだ! 喰われる!? 生きたまま?)
真っ青になって逃げるよかない。
そして!!
次の瞬間にも足に食いつかれ転倒。
そのまま、両手両足皆までも食いつかれるのだ。
身動き取れなくなった次!
腹の表面を食い破れ、そこに露わになった内臓、それをヨダレを垂らしながら食い破られる。
『ふひゅー・ふふふ・ふゆひゅー……』
もう悲鳴にもならない。
テレビで観た肉食獣に襲われた草食獣の最期を思い出した。
(俺はそんなじゃねー!)
でも追いかけてくる現実。
茂みを掻き分けつつ、少しでも開けたらダッシュ。
走り慣れない雑木林の中、何度も転びそうになった。
アゴも浮くし、視界も定まらない。デコボコの地面に全身が上下に揺すられる。
舗装された地面しか知らない都会育ちの彼が、こんな原生林の森を駆け抜けきるなどあり得ない話だ。
どう考えても野生の四本足動物から逃げ切れる様相ではない。
(こんな調子で逃げ切れるんか!? 体力がアホみたいの持ってかれるの分かる!)
慣れない動作ゆえに全身がきしむ。
本人にもソレは分かっている。
(――いや、待て。もう結構走ってないか? やつら諦めたか? だろ? だって俺、いっぱい走ったし! だからっ! もぅ、だよね?)
それは追いつめられた者の願望であり、妄想にすぎない。現実ではない。
(俺は充分頑張っただろ?)
ペースが落ちるのを覚悟しながらも、すこし振り返ってみる。
それは完全に油断だ。
でもこれ以上生命の危機を感じるストレスから逃れたいとの欲求からでもあった。
そして現れる驚愕の現実。
「なん、だと!?」
現実はとかく残酷である。
その光景は信じがたいものであった。
獣達、走ってた。
のだが……
オオカミみたいな四本足の獣なのに、なぜか背筋をピーンと伸ばして直立してた。
だから、残る後ろ二本足でトコトココトーッと駆けてきてる。
走る―ぅ走る―ぅ!
二本足で走る―ぅっ!
だから―ぁ二本足で遅いぃーぃ♪
おまけで宙に浮いた前足がピョコピョコと揺れ動くのが愛らしいぃ。
「グッギャガ!! ガオオオゥオオ!!!」
でもガチギレです。
可愛い様相ですが、抱っこで受け止めれる状態ではない。食い殺絶対。
(さ、さすが異世界。あなどれんな……)
彼は改めて異世界に恐怖しました。




