抜け首とふんわりスイーツ
「こ、これぞまさに、“男飯”!」
「はあ、ソウナンデスカ?」
弁当のふたを開けるなり、なんでガッツポーズをとってんの? この人・・・。
まさかそのポーズが男らしいだなんて、勘違いをなさっているのではないのでしょうね?
今日も、リクエスト通りのお弁当をご提供できて命拾い・・・ではなく、満足です。
そう思っていたのに・・・。
なんで、急に雲行き怪しくなってんの?
さっきまで、子供みたいにはしゃいでいたはずの生徒会長様は、今では弁当の中を睨みつけ、まるで嫁に対して重箱の隅をつつくようなことを言いそうな、お姑さんみたいな顔になっております。
私の家も小さい頃、お父さん側のお婆ちゃんとお母さんがよく、影でバトっていたなあ・・・と思い出すくらいのお顔を、今度は私に向けてこられましても、正直迷惑なんですけど・・・。
「今回は、オレの指示通りの食材なんだろうな?」
「・・・と、いいますと?」
私の返事を聞くなり、そのお美しいお顔に、深~い眉間のしわなんぞを刻まれまる悪魔、・・・もとい生徒会長様。
「チッ! ここまでバカだったとは・・・」
という、聞き捨てならないお言葉を叩きつけたかと思うと、
「庶民の食べ物に適した、豚肉を使ったんだろうな? と聞いているんだ!」
その大きな目を皿のように細め、“鳴かぬなら、今すぐ殺してしまえ! ホトトギス”的な容赦なく殺気立った視線を、わたくしめに向けております。
・・・そういえば、慣れって恐ろしいですね?
毎回、こういうパターンをくぐり抜けているせいか、耐性がなるものが身についてしまいました。
あんまり、嬉しくないスキルですが・・・。
「もちろんです。イベリコ豚でも金華豚でも、ましてや国産黒豚でもありません。今回使用の豚肉は、近所のスーパーにてタイムセール対象品となったものを、手ごわい主婦の手から勝ち取ったものに、ございます!」
「それはすごい! 合格だ!」
“エクセレント!” と大声で叫んで、拍手までなさる生徒会長様。
“姑バージョン”は、どこかに吹っ飛んでいった御様子です。
彼は満足気な視線を再び、弁当箱の中へと戻されました。
私はといえば・・・。
生徒会長様の反応を確認後、彼に見つからないように細心の注意を払いながら、“はぁぁぁぁぁ~~”と、深~いため息をもらさせております。
前回。
私は、とある失敗をしでかしました。
それは。
タコ・カニ・宇宙人なる要望があったウインナーのことなので、ございます。
「オイ!」
「ハイ?」
「タコ・カニ・宇宙人ウインナーは、どうして赤ウインナーではないんだ?」
「え?」
「お前はバカなのか? あの真っ赤な、いかにも着色料バリバリな上に、ただならぬ安物感を漂わせている、庶民におなじみ“赤ウインナー”でなくては、すべてが意味のないものになってしまうだろうが! 第一あれを使わないと、宇宙人が火星人っぽくならんのが、どうして分からないんだ!」
と、おしかりなるものを受けてしまったのです。
そう。
私が使ったのは、“シャウエッセン”。
まさか、あんな見た目が明らかに体に悪そうなウインナーを、生徒会長がご所望だったなんて!
・・・ん? アレ?
・・・・・・なんで宇宙人=火星人仕様でなくてはいけないの?
もしかして、会長のその東大一発合格レベルの頭脳の中では、宇宙人=火星人オンリーなわけないですよね?
って、火星人だから赤とか、安直すぎやしませんか?
普通、赤ウインナーを使って欲しいのは、タコとカニの方だろうがーーー!!
しかしそんな反論、私にできる勇気などなく・・・・・・。
「食材費は全て、オレのポケットマネーから出しているんだから、要望はきちんと満たせ!」
とのご命令に対し、ただ、うなずくことしかできないなんて・・・情けない!
拒否権?
そんなもの、私に存在するわけ無いでしょうが!
ここまでで、もうお分かりであろう!
生徒会長のみならず、私のお弁当の食材費もまるっと全部、全てを生徒会長の私費にて賄っているのだ!
「これは一ヶ月分の、弁当の食材費用だ。受け取れ!」
生徒会長秘書なるものに、任命されたその日。
目の前のテーブルの上に、ポン! と投げ出された封筒から出てきたのは、見たことのない量の福沢諭吉様。
なんでも、100人いらっしゃったそうで。
友達100人作る前に、偉大なるお方の100人影分身? なるものと、ご対面しちゃいました。
それにしても・・・。
100万円って、意外と薄いんですね?
もっと、分厚いの想像していましたよ・・・。
初めて見る大金なはずなのに、何故か冷静な判断ができる私・・・。
だって今、それ以上に非常識なことが、目の前で行われているではありませんか。
一ヶ月の弁当の材料費代に、100万円?!
「どこのセレブ様だよ!」
って・・・。
相手は生徒会長様だもの、仕方ありませんよね?
しかし・・・。
「そ・・・そ・・んなお大金ということは、お食材もそ・・・それなりにお金をかけて? お最高級お食材にて、お弁当様をお作りしろと・・・」
おかしな丁寧語なるものをごちゃまぜにしながら、そう問いかける私・・・。
庶民の私からすれば、一体何を購入すればいいのか検討もつかず、思わずめまいがした・・・その時である。
「はあ? 何を言っているんだ? お前が作るのは庶民のキサマらが普段食している、普通の弁当だろうが!」
「だったら、こんなに大金、いりませ~ん!」
毎回、食費にこんな金額使っていたら、我が家は2~3ヶ月にて一家心中だよ!
毎日、チラシチェックに余念がない一般市民、舐めんなよ?!
「何を言う! これには、オレのしもべたちの褒美の品の食材費も、含まれているんだぞ?」
・・・ということで。
話し合いの結果、なんとか5万円にしてもらいました。
「こんな、はした金でいいのか? お前ら庶民は安上がりだな?」
なんて、鼻で笑われましたけど・・・。
私からすれば、お前はどんだけ金銭感覚おかしいんだよ?
普通、高校生が札束ポン! なんて出せるわけ、ね~だろ~がぁぁぁぁ~!
・・・思い出したくもないことが、蘇ってしまい、必死に怒りを抑えたせいか、私、結構疲れています。
今すぐ、家に帰りたい・・・。
という気分を、なんとか持ち直しまして・・・。
今日のリクエストは、“豚の生姜焼き弁当”なるものでございます。
庶民らしく、タイムセールでゲットした、豚のこま肉を使用。
豚肉に片栗粉まぶして焼いて、調味料を入れて絡めるだけの、とってもお気軽簡単メニューに仕上げました。
たっぷりとしょうがを効かせ、いかにもな庶民的豚肉の生姜焼きが、できているはず!
きっと、 力みなぎるお味になっていると思います。
「男らしく、ガッツリいきたい!」
と、見た目にとても反する要望につき、薄く敷き詰めたご飯の上に、キャベツの千切りを薄く敷き、その上にたっぷりと載せて差し上げました。
味とその量で、男らしさは十分にイケていると思います。
おかずは、半分に切った煮玉子に、ブロッコリーとベーコンのにんにく炒め、人参明太子なるものを入れて彩にも気を使える私、グッジョブ!
自分で、自分を褒めるしかない!
・・・が。
「ガッツリいくんじゃないんですか?」
「何を言っている? ガッツリいってるだろう?」
「はあ、ソウナンデスネ・・・・」
食べている姿は、とってもお上品でいらっしゃいました。
その、美しいと言わざるを得ない容姿に優雅なる箸使い、お育ちが良すぎてどうしてもワイルド系には、クラスチェンジできないんですね?
まあ、本人が満足しているのなら、私はそれでいいことにします!
「そういえば今回の食材も、隆と買いに行ったのか?」
突然、お食事を満喫中の生徒会長様から、質問を受けました。
「? はい。ちょうどタイミングよく、スーパーの前で鉢合わせしましたので・・・」
そう。
私は偶然にもつい最近、“スーパーお得セール仲間”をゲットした。
サッカー部の主将兼生徒会副会長の、篠原 隆之介くん。
生徒会長の幼馴染権親友という、なんとも恐ろしいポジションについていらっしゃるお方だ。
生徒会長と肩を並べるほどに成績優秀、体育会系のノリとその人懐っこい性格が大人気、さわやか笑顔で女生徒を魅了するイケメン様だ。
見た目は、オリーブ顔の代表と言われる○こみち似で、男らしくてかっこいいともっぱらの噂である。
そんな彼の趣味は、なんと料理なのだそうだ。
よって時々、忙しい母親の代わりに、晩御飯を作っているらしい。
なのでよくいろんなスーパーや専門店で、食材を安く仕入れているのだとか。
特にお得情報に関しては、とても重宝するべき存在なのである。
「あそこの青身魚よりも、あっちのスーパーのほうが新鮮で安いんだ」
「お肉はあそこの店がいいけど、でもコロッケ類はあっちのほうが断然ウマい!」
「日用品は腐るものきゃないから、安売りの時には迷わず手に入れないと、絶対に損だぜ」
「あそこは毎日、18時30分から、値引きシールが付くんだ」
などなど。
昨日も、豚肉とともにトイレットペーパーの特価セール時間帯を教えてもらい、一緒に買い物を終えたばかりである。
「ふ~ん・・・そうなのか」
「?」
なんでだろう?
そちらから聞いてきた割には、ずい分とそっけない返事だな・・・と不審に思いつつ、生徒会長の背後にある窓の外へと、何気なく視線を向けた、その時であった。
「え?」
アレ?
ナンデ?
「ヒ、ヒィィィーーーーー! し、篠原く~~ぅん~~~?!」
なんとそこには!
私のお得セール仲間の篠原くんが、爽やかイケメンスマイルを窓に貼り付けながら、こちらの様子をうかがっていらっしゃる?
まあ、普通ならこんな光景、顔真っ赤にして心臓ドキドキな、少女漫画展開になるはず・・・なのだが?
そう。
この部屋が、4階建て校舎の一番上にある、という事実さえなければね?
窓を見て、薄着で北極にたどり着いた人のように、ガチンコチンにその場に固まった私へ、生徒会長はちらりと視線を向けると、そのまま窓へと移動させた。
「今帰ったのか?」
そう言うと会長様は、両開きの窓を開け放つ。
「え? アレ?」
そして私は、信じられないものを目にすることになったのだ。
「し、ししし篠原様?」
「ん? どうしたの? 藤原さん」
「あの・・・あなたの首から下は、何処へ?」
そう。
彼は、首から上だけが、宙に浮いていたのである。
ようするに、さらし首が動き回っている・・・アレだ。
何日か前の歴史の授業でやった、さらし首が何ヶ月経っても腐ることなく、目を見開いて夜な夜なさまよいながら叫び続けたという、タタリが恐ろしいと有名な武将様を真似しているの?
って、普通の人間が真似できるわけ、ねーだろーがーーー!!
・・・・・・訳わかんないツッコミ入れたところで。
「どこって、保健室だけど?」
普通に答えを返されました。
「ももももしかして、“首をつないでもう一戦しよう”とか?」
「もう終わったけど?」
「え? 誰と?」
「君のストーカーとだよ? 一段落したから、戻ってきたんだ~」
「は? ストーカー?」
ついには、予想外の答えまで、返されてしまいました。
・・・ということで。
私には、生徒会長ファンの人たちが依頼したという、アブナイ系の筋のお方のストーカーが、ついていたらしい。
いち早く気がついた生徒会長の依頼により、私は副生徒会長である篠原くんに守られていた・・・らしいのだ。
「あの~、どうして篠原くんが?」
すると、篠原くんは会長を横目でチラリと見たあと、
「だって、秀が君を守ったら、相手を確実に仕留めるよ? 証拠隠滅に、硫酸の海へと死体を放り投げるくらい、平気でやりかねないけど・・・そっちのほうが良かった?」
さらに、物騒な答えを返されました。
「で? ストーカーは、どう始末したんだ?」
「高熱にうなされて、入院中だよ~。もちろん、精神科病棟にだけど」
「? もしかして、篠原くんの今の姿を見て?」
「まあ、それもあるけど・・・」
話によると・・・。
篠原くんは、ストーカーの存在を確認後、私との買い物を終え、家に帰ってから首だけになり外出。
その姿で朝までストーカーを追い掛け回すという行為を、もう一週間も繰り返しているらしい。
本人曰く。
「自分の姿を見て、日に日におかしくなっていくクズの様子を、リアルタイムで眺めることが出来るのは、とぉ~~っても楽しい!」
と、スポーツマンにあるまじき発言を、爽やかイケメンスマイルでなさいました。
さすがは生徒会長様の、幼馴染権大親友。
そして今日。
発狂していたストーカーは、私をストーキングをした日=生首にストーキングされると思い違いをし、とうとう依頼の嫌がらせではなくて、殺害する方を決意。
すぐさま拳銃なるぶっそうなものを、その筋の方から手に入れてしまった。
ヤバイと思った篠原くんは、すっかり頭のおかしくなってしまったストーカーの頭に、思いっきり噛み付いたらしいのだ。
「ボクの家は代々、抜け首な家系でね? そのせいで、秀の家とも随分と懇意にしているんだけれど。抜け首には、面白い特徴があってね・・・」
その特徴というのが、抜け首の姿になって人に噛み付くと、噛み付かれた人は高熱を出して、生死をさまようというものらしいのだ。
「それ以前に抜け首になったボクの首って、霊感の強い人とか見せたいと思った相手にしか、見ることができないんだよね~。なかなか便利だろう?」
と、いうことで。
この一週間、周りの人から完全におかしくなった人と、勘違いされていたストーカーは、
「首がぁぁ~~、首がぁぁ~~」
とうなされながら、高熱で救急病院に搬送され、そのまま精神科へ送られることとなったのだ。
拳銃も所持していたから、警察のお世話にもなることであろう。
「よくやった! 褒美をつかわす!」
その報告に満足した生徒会長様は、私が事前に渡した箱を彼の前へと差し出した。
「え? それは篠原くんへの褒美だったの?」
「うん。僕たち抜け首というか、ろくろ首に属するものは甘いもの、とくにスイーツ類には目がなくってね~。ボクは、これが大好物なんだ~!」
箱から取り出したのは、チーズケーキ。
ふんわりとした食感が好きとのことで、スフレチーズケーキに挑戦しました。
このふんわり感を出すために、湯煎にかけながら混ぜるところと、オーブンの温度にはかなり苦戦をしましたが。
一口入れるなり、
「さすがは藤原さん! 本当に上手だね? 見た目も、プロのケーキ屋さんみたいだよ!」
表面割れちゃってたけど、ジャムを塗れば目立たないんだよね~!
そして、さらに一口。
「本当に、ふわっふわだね。食べた時に口の中でジュワーってなって。表面に塗ったアプリコットジャムといい感じに味が絡んで、すっごく美味しいよ!」
と、高評価をいただきました。
細心の注意を払い、頑張って良かった!
心の中で、ガッツポーズを取る私。
「確かに・・・庶民にあるまじきプロな味だ!」
って、いつの間にあなたも食べていらっしゃったんですか? 生徒会長様。
「隆、コイツとはもう、買い物しなくてもいいぞ?」
チーズケーキまで綺麗に平らげたあと、突然の解任宣言がなされました。
「え? どうして? 篠原くんの知識は、私にとって結構貴重な・・・」
「そんなもの、オレ様が逐一お前に教えてやる。それでいいだろう? ありがたく思え!」
「ハ?」
・・・と、毎度ながらも呆気にとられるしかない私。
しかし、目の前で満足げにただずむ生徒会長様は、そんなことを気にする様子もなく・・・。
「第一だなあ~・・・」
突然、ビシリ! と人差し指を私めに向かって突き出すと、
「お前は、俺とだけ買い物に行けばいいんだよ! 他のヤツは誘う必要なし!」
と、すっごく真面目なお顔で、言い放ったのでございます。
え?
ナニソレ・・・。
・・・・今日も、意味がわかりません!
こうして私は会長への謎を深めつつ、一日を終えたのでございます。
抜け首
ろくろ首には、2つのタイプがあります。
1)首が伸びるもの
2)首が抜けて頭の部分が自由に飛行するもの
です。
基本、無害な妖怪のようですが、海外のはグロかったり、害をなす存在のものがいるようです。
噛み付いた相手は高熱を出す・・・というのは、ゲゲゲの鬼太郎の「高熱妖怪ぬけ首」からヒントを得ています。
ろくろ首はスイーツが好物だと、妖怪ウォッチで言っていたので、それをそのまま採用しました。
チーズケーキにしたのは、ただ単に作者の好物だから。
あと、よく作るスイーツだし。
結構お手軽に作れるスイーツなので、たくさん作ってろくろ首さんたちの胃袋を、わしづかみにしちゃいましょう♪