ダラシと簡単でボリューム満点なおにぎらず
「こ・・・これは・・・」
目の前の男性は、そのアーモンド型をした大きな瞳をさらに大きく限界までに、カッと見開いておいででした。
まるで、ブラックダイヤモンドのようにキラキラと煌めいている、漆黒の色をした大きな瞳。
・・・・・・何に対して、そんなにびっくりしてんの?
「鰹節とご飯の組み合わせといえば、猫の主食と聞いていたが・・・」
オイ!
ソレ、作った私に対して、めっちゃ失礼です。
ア・ヤ・マ・レ!
って、言いたいところですが・・・。
とてもじゃないけど、悪魔大元帥=ルシファー様の再来とも言える生徒会長様に、そんなだいそれたこと、言えません! 私・・・。
ということで、今日のリクエストお弁当は、安い・うまい・ボリュームあり! で庶民に大人気だと思われている(=生徒会長様に)“ノリ弁当”にございます。
まずは、鰹節を、砂糖・しょうゆ・みりん・お酒・炒り白ごまで炒めます。
ソレ(=これ以降はおかか)をお弁当箱に薄く敷き詰めたご飯の上に、これまた薄く敷き詰めまして・・・。
そのうえに海苔→ご飯→おかか→海苔を敷き詰めました。
なんって、豪勢なのり弁! だと、自負しております。
けっして、猫まんま的なものには、仕上がっておりません!
第一、猫まんまは白いご飯におかかをふりかけただけのもの! なんだぞ!
こんなに手間隙かけておいしく仕上げたおかか、猫には味が濃すぎて食べれるわけねーだろうが!
以前に・・・。
私的にはマジ! 美味しかったんですけど?!
「じゃあ、お気に召さなかったと・・・」
ということで、お口に合わないものは下げてしまおうと手を伸ばした・・・、その時である。
「甘辛い鰹節と、白ご飯に海苔のハーモニー。白ご飯がいくらでも食べれてしまいそうな、なんとも魅惑的な組み合わせではないか! オレ的、味の大革命!」
なんて、どっかの食レポさんみたいなコメント、言いやがりましたよ?
よく見れば、今日はネコ耳ですか?
気分は、超豪華な“モンプチ”食べている、『猫の王様』と言われるペルシャ猫ですか?
ちっこいネコ耳ピクピクさせて、太っといふわっふわの尻尾をシッポをピン! と、垂直に立てていらっしゃるお姿が・・・。
犬は尻尾フリフリだけど、猫は尻尾おっ立てている=“うれしい!”表現なんですよ~。
ということは、置いといて・・・。
なんでだろう?
私だけには、そう見えてしまうのか?
おかずには、生徒会長ご指定のウインナーに人参のグラッセ、ふわふわだし巻き卵に、無限ピーマンとデザートには、りんごを入れてあります。
その指定も、結構細かったのだ。
以外と、こだわりの多い男なのだと、思い知る。
なんで、ウインナーはタコさんでなければならないの?
あと、カニさんと、宇宙人? 一体何を見てそんなことをぬかしやがったんだ?
「卵は甘めが庶民風だ!」
って、どう考えても、あなたの嗜好ですよね?
「食べた感じは、ふわっふわのジュワーだぞ! わかったな?」
って、そんな表現、どんなグルメ漫画? もしくはドラマ? を参考にしているの?
人参のグラッセは、ハート型にしろだと?
りんごの皮は、うさぎの耳にしろだと?
お前、どんだけファンシーな生き物だよ?
「緑のいろどりは、今庶民の間で大人気という“無限ピーマン”なるものにしろ!」
というので、作りましたよ? 簡単だしね?
ピーマンとシーチキンに、ごま油と鳥ガラスープの素を足して、塩コショウで混ぜて、レンジでチン!
仕上げに白ごまふって、鰹節かけたらOK! の品ですもの。
と、レシピ見て作ったはずなのだが、生徒会長様は・・・ご不満? なご様子。
“無限ピーマン”を口の中に入れるなり、眉間にシワを寄せ、なんとも小難しい顔をなさっておいでです。
やはり、“庶民の味”は、お気に召さなかったのか・・・。
「オイ!」
「ハイ?」
「このパサパサした魚、たしか“シーチキン”だったな?」
「ハイ? そうですが・・・」
「たしか、材料は“ツナ”=マグロだろう? 高級食材を使っておきながら、なぜこんなにもパサパサなんだ? お前、料理が下手なのか?」
「ハイ?!」
「マグロといえば、味が濃厚で、舌に絡みつく食感のあるものだろうが!」
なんて苦虫を噛み潰したような、ご不満MAXなお顔をこちらに向けられましてもねえ・・・。
オイオイオイ・・・。
「それは、お坊ちゃんであるあなた様がお食べになる、“マグロ=クロマグロ”という名の最高級品のことでしょうか?」
「当然だ! マグロといえば、それしかないだろう?」
胸の前で腕組みをし、さも当たり前だと言わんばかりの顔をしていらっしゃる。
「えっとですねえ・・・。私のように、小金にもケチケチしてしまう一般庶民の間で、“ツナ”と言われる魚は、例えば“ビンチョウマグロ”とか・・・」
「“ビンチョウマグロ”は、たっぷり脂の乗った“ビントロ”が取れる高級魚だぞ?」
「それ、100本中に1本の割合でしか、取れません! 普通は、脂肪が少なくて、パッサパサの身質なんです! それを、シーチキンの材料に使っているんです!」
って、どうして“ツナ=シーチキン”の解説を、私がしないといけないの?
もしかして、こんなことも知らない生徒会長って、実はオバカさ・・・。
「やはり、庶民のことは庶民にしかわからないものだな・・・」
顎に手をやり、感慨深そうなお顔をしていらっしゃる。
ソウデスネ? 庶民の食べ物事情なんて、ご存知ありませんよね?
って!!
シーチキン、食べたことなかったのか!
「ピーマンの苦味もなく、このシーチキンと調味料の味がうまく絡み合って、なんとも病みつきになる味だな! 海苔弁に通じるものがある! これも正しく、オレ的、味の大革命!」
ハイハイ・・・。
要するに、気に入ったんですね?
美味しく召し上がっていただけて、何よりです。
そして又しても、米粒一つ残すことなく、お綺麗に完食!
いつもどおり、食後の一服なる玉露を入れて、生徒会長様へと献上する。
今日も、何やらご機嫌のご様子・・・。
ということで、私は最近気になっている事を聞くことにした。
「あの~、生徒会長様」
「なんだ?」
「あの~、小耳に挟んだのですが、我が料理部を廃部にしようとする動きが、あるとか・・・」
そう。
最近、そういった聞き捨てならぬ噂を耳にしたのだ。
原因は、読モとして人気急上昇の、我が高校の1年生である、笹岡 綺亜羅さん。
彼女は、私が料理部で調理に勤しんでいるタイミングを見計らって、生徒会室に乱入。
そして、
「読モとして有名なこの私を、調理部は毎日誘惑しまくりで困っているの! 今すぐ廃部にしてください! でないと私、一向に痩せないわ! 仕事に差しさわりまくりなの! 大問題なの!」
と、自己チュー極まりない主張を、金切り声で喚き散らしたのだとか・・・。
学校に、彼女のファンは意外と多かったらしく、調理部の友人たちは、
「彼女のために、廃部にしたら?」
「営業妨害で、訴えられるかもよ?」
「嫌がらせだって、スポンサーが怒鳴り込んでくるかもよ?」
「ファンの闇討ちに会うかも・・・」
「先生の間では、廃部を既に検討中らしいとか・・・」
と、遠まわしな嫌味なるものを、浴びせられ続ける日々。
おかげで皆、やる気がどんどん落ちてしまい、いまや休部状態寸前なのである。
なので、思い切って聞いてみたのだ。
学校的に、調理部を廃部にするしかないのか・・・を。
「あったがな? その問題は、解決したぞ?」
しかし、会長は茶をすすりながらも、あっけらかんとした表情で、そうおっしゃいました。
「え? どんな風に?・・・」
と、会長に詳細を聞こうとした、その時である。
「今、帰っちゅうよ(今、帰りましたよ)」
という言葉とともにガリガリにやせ細った、年寄りなのか若者なのか今ひとつ区別のつかない、頭の部分が落ち武者仕様の白い服を身にまとった男性が、姿を現した。
足を組んで、優雅なただずまいでお茶を飲んでいらっしゃる、生徒会長様の足元に、三つ指ついてひれ伏しながら・・・。
その男は、まるで妊婦かビール腹のオッサンのごとく、お腹がぷっくりと前に突き出ている。
屈んでいる姿が、かなり辛そうだ・・・と、見ていた時である。
「あの高飛車女のクレームは、このダラシが解決した。よって、調理部は今まで通り、美味しいものを作ることに励むが良い!」
「え? 解決?」
ハテ?
このおっさん? いやいやじいさんかな? は、何をなさったのかしら?
首を左横にコテン・・・と曲げ、考え込んでいると、生徒会長が私の作ってきたものを渡すところが、視界に入った。
「よくやった! 褒美をつかわす!」
と言って、ダラシさんに渡した包みの中身とは・・・。
「美味しそうやき~!(美味しそうですね~!)」
そう言うなり、包みの中のものをわしずかみにし、まるで空腹に耐え兼ねた人のように、両手に持って貪り食べるダラシさん。
「アレはなんだ? 俺は確か、“おにぎり”だけでいいといったはずだが?」
ダラシさんの食べているものに、眉間にシワを寄せ、不審そうな顔をしながらも、興味津々の生徒会長様。
「あれは、最近庶民の間で流行っている、“おにぎらず”というものです。ラップの上に、海苔、ご飯、そして具を乗せて包むだけという、手を汚さずにできる、“にぎらないおにぎり”ですよ?」
そう。
ダラシさんが、一心不乱に食べまくっているのは、あえての今風のおにぎり。
具には、生徒会長様も食したのり弁に使用した、おかかとスライスチーズの組み合わせ。
スクランブルエッグに、塩昆布とスライスチーズの組み合わせ。
肉味噌を挟んだものの、3種類を用意。
たくさん食べると聞いていたので、3種類を5個ずつ計15個作ったはずのおにぎらずは、あっという間に完食。
ダラシさんはとても満足そうに、さらに膨れたお腹をさすりながら、帰っていかれました。
包のラップが見当たりませんが、まさか後でお腹下したりしないよね?
「あ、あの・・・ダラシさんは一体、どのようなお仕事を・・・」
ダラシさんが帰ったあと、不安いっぱいに聞いてみた。
もう、嫌な予感しかしないんですけど・・・。
「ダラシはな、取り付いた相手に激しい空腹感、飢餓感、疲労を感じさせることができる。ひどくなれば、手足が痺れたり体の自由を奪われたりし、最悪の場合はそのまま死んでしまうこともあるので、その一歩手前でご帰還いただいた。“痩せたい!”とあの女は懇願していたのだから、問題ないだろう?」
そう言いつつ生徒会長様は、何やら嬉しそうに不敵な笑みを浮かべていらっしゃる。
「え?」
予感は的中した。
ナニ、その自己中な見解は!
・・・と、毎度ながらも呆気にとられるしかない私。
しかし、目の前で満足げにただずむ生徒会長様は、そんなことを気にする様子もなく・・・。
「第一だなあ~・・・」
突然、ビシリ! と人差し指を私めに向かって突き出すと、
「お前は、料理部でもっと腕を磨くべくだろう? オレだけのためにな!」
と、すっごく真面目なお顔で、言い放ったのでございます。
え?
ナニソレ・・・。
・・・・今日も、意味がわかりません!
こうして私は会長への謎を深めつつ、一日を終えたのでございます。
ダラシ(別名ヒダル神とも言われています)
山道などを歩いている人間に、空腹感をもたらす悪霊の類を言うらしいです。
取り付いた人に、激しい空腹感、飢餓感、疲労感などを与えると言われています。
「茶漬け食べたか?」と訪ねてきた時に、「食べた」と答えると、襲いかかって来るので要注意。
腹を引き裂かれてしまうそうですよ。
ダラシを防ぐためには前もって、彼用の食料(特にコメ類)を持参しておいたほうがいいとされているため、おにぎりで撃退する人が多いらしいです。
よって、普通のおにぎりや海苔巻きで十分だと思うのですが、今回はあえての“おにぎらず”です。
いろんな具材に挑戦して、ダラシの胃袋を掴んじゃいましょう♪