夏の日。
ある夏の日のこと。大学二年生のおれ、Iは、祖父の経営する会社の事務所の中で呑気にテレビを見ていた。大のじいちゃんっ子だったおれは、小学校のころから毎日のようにこの事務所に通い、遊んでいた。家であり、遊び場であった。そして、この会社を継ぐことは将来の夢でもあった。
解体業を主体としていた祖父の会社には、たくさんのショベルカーなどの重機があった。
すると祖父が突然、重機に乗ると、事務所の前のコンクリートとアスファルトの地面をガンガンと掘り出した。固いコンクリートをはつり、土に達したらさらに深く。
普通に考えれば、何をしているのかわからないだろう。狂ったのかと思う人もいるだろう。しかし、おれにはなぜか、祖父が何をしているのか理解することができた。口にすることはとてもできなかったが。
「おーい、I!ちょっと来てくれんか?」
小一時間くらい経って、おれは事務所の横に隣接して置いてあったスーパーハウス(※1)から、祖父に呼ばれた。見ていたテレビを消して、外に出ようとすると、さっきまで晴れていた空からは、雨が落ちてきていた。結構な勢いで降る雨を見て、
「やっぱええわ!」
祖父はそうおれに言った。そう言われたけれど、おれはどうしても祖父のところへ行かなければいけないと思い、走ればたった五秒のスーパーハウスへ向かった。
祖父は、風呂でも入ったのだろうか?裸だ。そういう時は限って、どこかへ出かける前である。そして、その時は必ず、おれにどの服を着ていけばいいか聞いてきた。目移りするくらい多くの服を持っていた祖父だったから、選ぶおれは結構大変だ。
しかし、今日は服選びではないようだ。祖父は早々に寝間着に着替えて、ベッドの上でごろごろしている。そんな祖父を見て、おれは何を思ったのだろうか、祖父と二人で写真を撮らなければならない!と思った。
でもその前に、気になっていることがあるのだ。
「なんであんなとこに穴掘ってんのさ!」
おれは笑顔でそう言った。すると、祖父はこう言った。
「俺が死んだら、あそこに埋めてもらおうと思ってな。」
予想通りの返答だった。おれはなぜか、この答えが来るのを知っていた。
「なんじゃそりゃ!墓ならあるだろ!」
先祖代々のお墓はもうある。考えたくはないが、死んだらそこに入るのだ。
「墓にも入って、今掘ったこの穴にも入る。」
祖父はそう答えた。悲壮感のある顔はしていない、とても晴れやかな顔でおれにそう言うんだ。
「半分半分ってことか!?」
冗談だろ、とおれは最初はわざと高笑いをしながら言ったけれど、
「・・・そんなこと、言うなよ。」
じいちゃんっ子だったおれは、祖父が死ぬという現実を考えたくなかった。こう言ったときは、顔は笑っていたけれど、どんな綺麗な真珠よりも大粒の涙が、頬を伝っているのが分かった。もう、前は見えなかった。
そのぼやけた視界の先で、祖父は笑顔でこう言った。
「Iがこの会社を継いで、Iもまた、死ぬ時が来たとき、Iもあそこに入るんだ。そうやって、繰り返していくんだよ。」
「なんだよ、それ!」
涙を拭いて、笑顔で返した。それは、その時考えよう、そう心に決めた。
あ、写真を撮らなきゃ。思い出したように、おれは祖父を呼ぶ。
「じっちゃ・・・――――!!!」
「――――・・・っ、はっ!」
時間を見ると、十六時〇七分だ。バイトまで、あと一時間半弱である。
「夢・・・?」
夢を見ていた。でもその夢は、登場人物の発言一字一句を覚えているほど、鮮明なものであった。
「あ・・・。」
おれの両目端は、濡れていた。汗ではなく、涙で。寝ながら、泣いていたのだろう。悲しい夢を見ていた。でもおれは、最高に嬉しかった。夢の中であれ、
『死んだじいちゃんに』
会えたのだから。
そう、おれの祖父は二年前に他界してしまった。大好きだった祖父が。高校三年生の十月、秋に入る直前に。
本当に突然のことだった。だから、遺影も良い写真がなければ、言葉も、先々に関しての言葉はなかった。
だから多分、伝えに来てくれたのだろう。だから多分、おれは祖父と写真を撮らなければならないと、夢の中で思ったのだろう。今度は困らなくて済むように。
祖父のあの言葉は、おれたち残された者に、死ぬまで会社を任せた、ということなのだろう。そして、祖父のあの行動は、会社の下に埋まり、土台となって生き続ける、という意味なのだろう。
偉大なる祖父が、残したものだから。
そしておれはスマートフォンを見て、気付くことになる。
『今日の日付』に。
今日は八月十三日。日本は、お盆と呼ばれる、亡くなった先祖がこの世に帰ってくる期間である。
「なるほどな・・・。」
祖父は、それを伝えに、おれの夢の中に会いに来てくれたのだろう。霊的なものは苦手なおれだったから、祖父なりの配慮で。
「ふふっ。」
つい笑いが込み上げてきた。そして、涙も込み上げてきた。おれは、精一杯の祖父への気持ちを込めてこう囁く。
「おかえり、じいちゃん。」
信じられないかもしれませんが、これは実話です。私の実体験を基に、読みやすく描写をつけて構成したものです。
5分で感動できる物語。私自身、読み返すと泣けてしまいます。