人生進路調査票
ふと、目を開けるとーーー
僕は机に座っていた。 疑問に思いながら周りを見れば、僕と同じように席に座る人たち。 前も隣も後ろまで、服装バラバラ、年齢も子供から大人、さらにはお年寄りまで。
……なんだこれ? 確か仕事が終わって家に帰って…… そのままソファーで横になった覚えはある。 つまりこれは…… 夢?
だとしたら、なんとも不思議な夢だ。 夢なのに、脳は寝ているはずなのに。 意識ははっきりしてる。 これは現実です、と言われても違和感を感じそうにないくらいに。
「それでは皆さん、手元に用紙は届きましたね? 書き終わった人から退席して結構です」
声の方を見れば、教壇の前に男の人が立っている。 言い終わると近くのパイプ椅子に座り、ぼんやり窓の外を眺め始めた。
僕もつられて外を見る。 いい天気だな、外で昼寝でもしたいくらいだ。
あー、でも。 やっぱりこれは夢だな。 だって明日は大雨の予報出てたし。 今日も雨に打たれながらなんとか帰宅したくらいだし。
僕は外を眺めるのをやめて、今度は机の上の用紙に目を向けた。
『人生進路調査票』
そう書かれている。 それ以外に、長方形の枠と、氏名欄。 他は何も書かれてない。 机の上には、その用紙と。 鉛筆と、消しゴム。後丁寧に、小さな鉛筆削りまで。 懐かしい。
ふむ。 つまり、書けと。 この用紙を書いて、退席したら終わる夢なのだろう。 本当に終わるのか? この部屋を出たら都合良く目が覚めるのか? なんて考えても仕方ない。 なぜならこれは僕の夢。 僕自身が作った空想だ。あれこれ考えてもどうしようもない。 そう思い、僕は鉛筆を手に取った。
人生。 進路。 つまり…… 将来どうなりたいか、と言うことか? ……25歳にもなって、そんなこと聞かれても。 変に現実を知っちゃってるからな。
お金持ち! とか。 社長! とか。 お笑い芸人! とか。 お嫁さん! とか…… 言えない歳になってきてるからなぁ。
僕はそう考え、あくまで現実的なことを記入した。
『健康で、平凡な日常を過ごす』
……いや、無難だろ。 身体は第一だし。 平凡と言われるとつまらないと言われるかもしれないが。 刺激的すぎる日々は危険が多すぎる、そして何より……… 意外と、身体がついていけなくなってると自覚もしている。
……ちらっと。 隣の学生っぽい男の子の用紙を覗き見た。
『都会に行って、成功する!』
……若いねぇ。 なんて、本当に思っちゃうのは僕が歳をとったからなのだろうか。
僕にもあったんだろうなぁ。 ……あったか? こんな風にこうなりたい、みたいなもの。 ……なかったかも。 それくらい、適当だった。
今度は、もう片方の隣の子。 小学生くらいの女の子の用紙を覗きみる。
『好きな人と結婚する!』
…可愛らしい。 純粋ですね。 まぁ今の子はバリバリネット社会に適合してるから。 LINEとか使い放題なんだろうな。 告白とかも既読無視の時代なんだろうな。 まぁ、それでも健気である。
結婚…… 今の僕には考えもしないことだな。 なんでしないの? と聞かれて。 答えられないくらいに、したいと言う願望も。 したくないと言う理由もない。 僕と言う存在にとって、誰かと一緒になると言うことは蚊帳の外と言ったところだ。
改めて。 僕の用紙を見る。
手堅い、普通、誰もが思うこと。 赤点ではない、でも満点じゃない答え。 つまり平均点。
…いけないことか? 間違いじゃない。 これも僕の答えだ。
「…………」
僕は鉛筆を置いて、目を閉じた。
隣の男の子のように、成功して大きな人になる。もしくは有名人。 …それもいいな。
隣の女の子のように…… お嫁さんにはなれないが。 良い旦那になる。 …それもいいな。
幸せな家庭を築く、それもいい。 お金持ちになって優雅に暮らす、それもいい。 作家になって名作を世に残したい、それもいい。 科学者になって、とんでもない大発見をして名声を浴びたい。 それもいい。
……うーん、全部『も』ばっかりだ。 それがいい。 そう言えるもの、浮かばない。 浮かばないからーーー
用紙に書いた、堅実で無難な答えを。 僕は消しゴムで真っ白にした。
それも、は僕の答えじゃない。 僕は僕の人生を選んでいいんだ。 堅実な答え、それもいいでしょ? それを選んだとしても、僕は僕として生きていける。 でも、そうじゃないって心が言うんだ。 誰でもない、僕の答えを。
書き上げた答えを手に教壇へと向かう。
「書きました」
「拝見します」
そう言って、男の人は僕の用紙を手に取る。
「……これで、いいんですね?」
その質問に、僕は笑顔で答えた。
「はい。 それが、いいんです」
僕の答えに、男の人は少し笑い。 扉の方を指差す。
「ご協力、感謝します。お疲れ様でした」
僕は軽く頭を下げ、扉に手をかけた。
どんな風に思われたかな? いい歳して、こんな答え? とか思われたかな。 でも、それがいい。 僕がそう思ったんだから。 学生だったら後で担任に呼ばれるだろうけど。
でもこれは、人生の進路調査でしょ? 先輩はいても、先生はいないはず。 そうさ、僕はもう25歳だけど。 まだ、25年しか生きてない。人生の先輩、大先輩は沢山いるんだ。 そんな人たちでも、悩みはある。 だったら僕も、悩んだっていいでしょ?
未来は人それぞれ。 望むことも、描くことも自由。 だから僕はまだ、望んで描きたい。一歩先、何があるか分からない未来に。 ワクワクして、ドキドキできる。 そんな気持ちを、忘れたくないから。
扉を開けば、眩しい光が一面に広がって。
気がつくと、僕はソファーから床へと落ちていた。
『人生進路調査票』
⚪︎ 考え中です!
ありがとうございました。