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月の光を纏う者  作者: 猫崎 歩
番外編 -4.5部 セドニアスの兄妹-
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第01話 家族の話

 この世界に住む人々は大なり小なり必ず戦争の傷を負っている。

 ほんの1年半前まで、20年以上に渡り世界中で戦争が起こっていたのだから当然と言えば当然だ。

 だから、多くの人々は他人の過去を詮索しない。人の故郷や家族の事を聞くと、相手の心の傷に触れてしまう事が非常に多いからだ。

 平和な世界では考えられない事だろう。それは、興味本位で聞くには危うい話なのだ。それだけ多くの人間があの戦争で死んだ。

 俺も同じだ。人に故郷や家族の事は話したくないし、他人の身の上話も自ら進んで聞く事は無い。それ以前に、俺は他人への関心が薄いせいか興味自体無いのだが。

 それなのに、俺はレイチェルの一族と、その終焉を知った。

 それなのに、俺はチャイムが突きつけられた自分の無力さを知った

 それなのに、俺はトキのあまりに無機質で人間味の無い半生を知った。

 そして俺も、"月の光を纏う者"の事を、皆に話した。


 話すことで楽になるという言葉をよく耳にするが、あれは自分の背負う重荷のいくばかを他人に共有させる行為だ。俺はそれを美しい行為だとは思わない。だから、すべてをさらけだした今でも、俺は少しも"楽になった"などと感じてしないし、感じてはいけないと思っている。

 しかし俺は、"月の光を纏う者"の事を話した後で、それでもあいつらがいつもと変らずに接してくれた事が本当に嬉しかった。自分の過去を受け入れて貰えたような気がしてしまった。

 それは事実だ。

 だからと言って、俺の過去のしがらみに端を発するトラブルにあいつらを巻き込むつもりはない。俺の"過去"を知っているから、理解しているからと差し伸べられる手を、俺は払いのけよう。

 俺の背負う重荷は誰にも背負わせるつもりはない。何であろうが俺の物に手を出す事は許さない。

 そんな禁欲的な事を考えていた俺だが、受け入れて貰えた事を、手を差し伸べられた事を、嬉しいと思うくらいは許されてもいいのではないか。

 これが、あいつらと出会って変った、俺の心境である。


 家族の話をしよう。

 考えてみれば、俺はあいつらから故郷や家族の話を聞いたが、俺は自分の故郷や家族について触れた事が無かった。話す機会が無かったと言えばそれだけだが、あったとしてもあまり自分から話す気になれないのも事実だ。

 俺がこの手の話をすると、誰もが「えっ」と言う顔をするのだが、俺にだって家族は居る。父親と母親もいる。昔の相棒、ゲイルに言わせれば、俺という人間は何処か現実味に欠けるそうで、そういった"普通"がひどく負釣り合いに見えたらしい。

 奇伝の如く雷に打たれた御神木の中から生まれた訳でもなければ、SFチックに試験管の中で生まれた訳でもない。ごくごく普通に、俺はこの世界に生まれた。

 とはいえ、俺の生い立ちが普通かといえば、どう控えめに見ても普通ではなく、やはり異常だった。


 いつだったか、俺はチャイムに自分の事を王子様だと冗談めかして言った事がある。当然あいつも俺がふざけているのだと思ったようで全く取り合わなかったが、実はあれは本当の事だ。

 おっと、引かないで欲しい。俺だって目の前の奴が自分は王子様だなんて言い出したら白い目で見るだろうが、残念な事にマジなのだ。

 もっとも、ザード=ウォルサムの名を捨ててしまった今、俺にそれを名乗る資格など無い。例えその名を捨てていなかったとしても、その地位を口にする事などこの先も無いだろう。

 俺の家系は大昔から続く、純血の一族だ。

 純血と言うのはエルフの血の事である。今の世界にいるエルフの殆どがハーフ、もしくはクオーターのエルフだ。因みにクオーターよりエルフの血が薄くなると、その者はエルフとしての特長は殆ど受け継がず、普通の人間と何ら変わらなくなる。

 そんな世の中にも関わらず、エルフの血を薄める事無く太古より受け継いでいる部族が世界に僅かながら残っている。俺はそんな部族の一つに生まれた。しかも、その集落を千年以上昔から統治している王族の家にだ。

 父親はその集落の長。今も健在な筈だ。

 そして母親は、何故かその集落には入る事を許されない、ただの人間だった。

 俺を生んですぐに死んだらしい。

 父親は王である前に一人の戦士だった。まだこの世界に魔物が跋扈していた250年前には、仲間と共にエルフや人間たちの為に多くの魔物を、そして魔族を討伐したという。 

 その放浪癖は20年前くらいまでずっと続いていたらしく、その旅の終りに出会った女と結ばれて出来たのが、俺という訳だ。


 エルフについてよく人間との比較対照に上げられるのが、人間よりもずっと長い寿命だ。人間の間ではエルフの寿命について諸説色々あるが、これは部族によって違いがある。

 俺の部族の寿命は約300年だ。部族によって200年だったり500年だったりとマチマチだが、これはご先祖様にあたる神様の位によって決まるらしい。

 成長のペースも部族によって違う。同じ200年の寿命を持つ部族でも、20歳になった時にまだ人間の子供と同じような容姿の種族もいれば、人間の20歳成人と同じ程度に成長する者も居る。

 俺の部族は後者に近い。20歳くらいまでは人間と同じペースで成長し、肉体が最も熟成した頃になると成長が止まる。そのまま、約250歳までその若さを維持する事ができ、以降は人間と同じペースで老いてゆく。何でもウチの部族のご先祖様は戦神だったらしく、戦う上で都合のいい身体を与えて下さった・・・のだそうな。その点に関しては良い血族に生まれる事が出来たなと思う。老いた身体のまま寿命を迎えるまで100年近く生き続けなければならないとか気が滅入る。

 親父は俺が生まれた頃を境に、とうとう老いか始まった。外見はまだ人間の40代前半といった所か。親父はこの後、人間と全く同じペースで老いてゆくのだ。今は旅に出ることも無く、宮殿で大人しくしている筈だ。

 ハーフエルフである俺の寿命は両親のどちらに似たかで決まるが、実はまだ良く分からない。もう10年ばかり経った時、おれがおっさんになっていたら寿命は人間である母親に似たという事になるのだろう。

 自分の寿命がおおよそ80年なのか300年なのか。結構大きな違いだとは思うが、今のところ俺はどちらになっても構わないと思っている。どちらであれ、まだ先の話だ。

 でも、もし俺が300年の寿命を持っていたとしたら、俺の今の知り合いが全員老いてこの世を去ったとしても、俺だけはその後も暫く生き続けなければならないという事になる。そう考えると少し憂鬱な気分になる。

 残される側というのは、結構嫌なものだ。


 話を戻そう。

 純血のエルフであり、一族の王でもある父親と、ただの人間である母親の間に生まれた俺の立場は非常に微妙なものだった。

 そもそもエルフの集落は、その血を守るためにあるのだ。そこに、人間の血が混じった俺が入り込む事で、部族の純血性を汚してしまう事になる。

 王の子であったとしても、それは受け入れて貰えるものではなかった。

 腫れ物を扱うように育てられた俺は立派にひねくれて育ち、まだ子供とも呼べるような年で集落を飛び出した。

 親父の剣を盗み出して。

 あの剣さえあれば外の世界でも生きてゆけると思ったのだ。それだけあの剣は、俺の中で絶対的な力の象徴だった。子供らしい浅はかな思い込みだったが、実際俺はこの剣に幾度となく命を救われ、結局今まで生き長らえる事が出来たのだから、まぁ良しとしよう。




 故郷を飛び出した俺は連れ戻される事も探される事も無かった。ごく稀に何らかの用事の為に故郷に帰る事もあるが (本当にごく稀に、だ。恐らく片手で数えられる程度しか帰った事は無い)、その時は親父の剣を持ち出した事も、つまらない殺しで手を汚している事も責められる事はなく、淡々と客人として迎え入れられる。親父も俺の顔を見に来て、一言二言だけ言葉を交わし、そして、それだけだ。

 余計な気を遣われるでもなく、拒絶されるでもなくと、俺にとっては非常に気が楽な里帰りだ。とはいえ、進んで帰ろうとは思わない場所だが。


 長々と身の上話をしてしまったが、そろそろ今回の騒動について語ろう。

故郷ではまるで空気のように扱われている俺だが、そんな俺を疎ましく思っている奴がひとりだけ居る。

それが今回の下手人。

恥ずかしながら俺の妹だ。


 妹は、俺の母親が死んだ後に宮殿にやって来た親父の正妻の子だ。つまりあいつは純血のエルフであり、俺とは腹違いの妹という事になる。

 年は4つ下。今年で17歳。性格は短気で、負けず嫌いで、喧嘩っ早くて、プライドが高い。早い話が俺に似ている。(俺だって自分の性格が他人からどう見られているのかという事は自覚している。ただ、自覚していると言うだけだが。)

 それでも可愛いモノ好きだったり、魔導書より恋愛小説が好きだったり、フリルの付いたドレスが好きだったり、ピンク色が好きだったり、ピンクの下着が好きだったりと、女の子らしい一面も大いにある。堅苦しい宮殿に篭る事無く外の世界を駆け回る、俗世に染まったお姫様である。

 俺と言い妹といい、この放浪癖は間違いなく親父譲りだろう。

 俺達は仲の良い兄妹だった筈だが、俺が故郷を飛び出し好き放題を始めてからはどうにもその関係悪くなる一方だ。

 原因はあいつの嫉妬。あれは俺が羨ましいのだ。

 あの宮殿で最も疎まれている筈の俺を、あの宮殿で最も愛されているはずの妹が羨ましがっているのだ。滑稽な話だと思う。

 あいつが俺を羨む理由は"自由"だ。

 エルフの掟に縛られず好き放題やってる俺が羨ましいのだという。

 俺に言わせれば、あいつも十分自由を満喫していると思うんだけどなぁ・・・

 ともあれ、あいつは俺の旅先に時々ひょっこり現れて俺に嫌がらせをしてゆくのだ。

 ・・・いや、嫌がらせなどという曖昧な言葉を使うのはやめよう。

 あいつは俺を張り倒して故郷に連れ帰り、自分の仕事を手伝わせようとしているのだ。ここ最近では、あいつの中じゃ俺が勝負に負けたら大人しく故郷に帰る、というルールが形成されつつある。

 いや、知らないしそんなルール。あいつに負ける気は無いが、負けたとしても従う気はない。

 俺なんかが居てもお前の執務に何の役にも立たないと反論した事もあるが、自分のボディーガードとしてなら雇ってあげても良くてよ!とか言われた。

 ウチの里に攻め入ってくるような奴はいねぇよ。みんな怖がって里に近づいてさえ来ないじゃないか。大戦中の20年間一度も戦火が及ばなかったなんてウチくらいじゃないのか?

 正直何を考えているか分からない。バカだしなあいつ。


 こうして言葉だけで説明しても、俺の妹の事は十分の一も伝わらないだろう。

 彼女の人となりは、これから語る今回の騒動を通して知って頂こう。

 舞台は大陸のど真ん中。大戦が終わったというのにも関わらず、未だに内戦状態の続くセドニアスという国。

 その国を横断する鉄道という密室で起きた、誰かに良く似た兄妹が巻き起こす一国のお家騒動のお話である。

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