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月の光を纏う者  作者: 猫崎 歩
第一部
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第06話 エスコート

「じゃあ、ここはエアニスに任せて先に行かせてもらいましょうか?」

 トキはまるでクラスメイトを残して先に帰ろうとする学生の口振りでチャイムとレイチェルを促す。

「で、でも・・・」

 戸惑いながらレイチェルは遠巻きにエアニスを見る。

 お世辞にも広いと言えない部屋で長剣を器用に振り回し、赤毛の男の攻撃を裁いているエアニス。赤毛の男、バルザックの放った斬撃が部屋に飾った花瓶に当たる。僅かに揺れた花瓶が、見事な切り口を見せて花と共に崩れ落ちた。

 チャイムもレイチェルも見た事がない、まるで人外の戦いである。

「大丈夫ですって、エアニスを倒せるような人間はこの世にそうはいませんよ?」

 それでもトキは余裕の表情である。バルザックの剣技を見てもなお揺るがない感情は、よほどの戦いの経験があるのか、エアニスを信用しているのか。あるいは、ただ単に彼女達を心配させないようにしている演技か。

「ほらほら、早くしないとエアニスの犠牲が無駄に・・・」

「犠牲!!?ちょっと待ってよ、あいつ、ひょとして無茶してんじゃ・・・」

「あはは、冗談ですって。ほらほら、早く」

 戸惑うチャイムとレイチェルはトキに背中を押されて廊下へ出た。何と無くその手つきがいやらしかったような気がするが、それはチャイムの被害妄想か。

「!!」

 チャイムが廊下に出ると、そこには累々と折り重なる黒服達。

「あなた達が全部やったの・・・」

 圧倒されたレイチェルが小さく呟いた。

「いやですね、殆どエアニスがやったんですよ」

「・・・死んでるの?」

 ふとトキのにやけた表情が消えた。

「エアニスは極力殺しはしない主義なんですよ。大丈夫です」

 何が大丈夫なのか、トキは二人の背中を押しながら、階段とは逆の方へ歩き出した。

「どっち行くの?階段逆よ?」

「時間を掛け過ぎました。もう役人や憲兵隊、ヘタをしたら駐留軍が集まってくる頃です。かち合ったら面倒ですからね、屋上から屋根伝いにここを離れます」



 ぎ ぎがっッギ キン、

 絶え間ないバルザックの攻撃がエアニスの長剣を削る。

 彼にとって戦いづらい状況であった。

 エアニスの武器は1m少々の長剣。対してバルザックの武器は二刀の細身の短剣。

 狭い部屋では思い通りに剣を振るえず、エアニスは防戦に回っていた。エアニスが間合いを開けると、接近戦を狙うバルザックはその分だけ間合いを詰め直す。長剣を持つエアニスにとって短剣を持った相手との接近戦は、最も不得手とするものだった。狭い部屋の中でなければ、あるいは手段を選ばないのであれば、この状況を打破するのは難しくないのだが。

 がぎん、

 と、バルザックの交差させた短剣がエアニスの剣と噛みあった。

 二人の動きが止まる。

「・・・剣の鞘、弁償して貰うからな」

 未だにエアニスは剣を鞘に収めたまま戦っていた。既に硬い革で作られた鞘はズタズタに切り裂かれている。

「そんな代金より、自分の葬式代を心配した方がいいんじゃないか?」

「ははっ、葬式代?

  随分と月並みなセリフだ。お前は他の連中と少し違うと思ったが、やっぱその辺の三流雑魚と同じか」

 噛みあった剣を斜め後方に払う。このまま力比べに持ち込まれたら、エアニスは不利であった。剣技、瞬発力には絶対の自信があったが、エアニスは純粋な力比べは強くなかった。

 エアニスが受け流した力がバルザックの体を泳がせた。

 その瞬間を逃さずエアニスは体制を崩したバルザックの後頭部に肘鉄を叩きこんだ。

「ぐっ・・・」

 だが狙いが甘かったのか、バルザックが身をよじって急所をずらしたのか、気を失わせるには至らなかった。その隙にエアニスはバルザックから大きく間合いを取った。

 一度これだけ間合いを取ってしまえば、もう二度と自分の苦手な間合いへバルザックを踏み込ませる事はしない。もし彼が自分の間合いを取りにエアニスの間合いへ踏み込んで来たのなら、その時エアニスは確実にバルザックを仕留める自信があった。


 だがバルザックは小さく舌打ちをすると、素早く背を向けて部屋の外へ逃げてしまった。

 あっさりと割り切った判断に、エアニスは舌を巻く。彼はこのまま突っ込んだら倒されるのは自分だと気付いたのだ。

 だがこの狭い戦場から出られるのであれば、エアニスが有利になるのには変わらない。

 エアニスはバルザックを追った。


 狭い廊下を二人の剣士が駆け抜ける。

 エアニスはバルザックの背中を追いながら窓の外に目を配ると、機関銃を持ち、グレーの軍服を着た男達が立っているのが見えた。国の駐留軍だ。騒ぎを起こした相手が銃を持っていたのだから、彼らが出張って来るのもおかしくはない。宿の外に停まっていた黒いトラックはもう見えない。バルザックの仲間達には逃げられてしまったようだ。

「ったく・・・毎度毎度使えない連中だな・・・」

 エアニスは国の軍隊にあまり良いイメージを持ってはいなかった。彼らよりもバルガスのギルドにたむろしている金に困った旅人達の方がよっぽと使える。

 軍が持つ銃火器の制圧力は認めるが、彼らが来る前にその相手が逃げてしまっては何の意味も無い。頭のいいお偉いさんばかりで成り立つ組織ほど愚鈍なのである。


 バシャアァァン!!

 ガラスの砕ける音。

 他所に向いていた意識を戻すと、バルザックは三階の窓ガラスを突き破り外へ飛び出していった。

 砕けた窓ガラスから外を伺うと、バルザックは隣の建物の屋根に飛び移っていた。隣の建物との距離は5、6メートル離れ、その屋根は3階の窓より1フロア分低い。それでもなかなか真似の出来る事では無かった。バルザックはそのまま背を向けて屋根の上を走り去る。

「へぇ。やるじゃん!」

 妙な所で感心しながら、エアニスも窓から身を乗り出し、壁を蹴って隣の家の屋根へと跳んだ。

 その瞬間を待っていたかのように、バルザックがエアニスに振り向いた。

 その右手には赤い光が灯っていた。

「・・・げっ!」

 それは、魔導の光だった。


「広い戦場が有利なのは俺も一緒なんだよ!!」

 右手を大きく振りかぶり、バルザックは光の球を投げ放った。赤い光球は見る見る大きくなり、輪郭をいびつにに歪ませ炎を撒き散らしながらエアニスに迫る。

「くそっ!」

 隣の建物へ飛び移るため空中にいるエアニスに身をかわす術は無い。しかし彼は踏ん張りも何も利かない空中で、苦し紛れのように鞘に入ったままの剣を向かい来る火球に叩きつけた。

 ボガッ!

 炎を散らし、バルザックの放った火炎球はエアニスの真上に弾き飛ばされる。

「なっ!!」

 バルザックは驚き、空高く打ち上げられたそれを見上げた。そして、目も眩む閃光が周囲を包む。

 一呼吸の間を置き火球は爆発して、夕刻の空を更なる紅蓮に染めた。

「なんだと・・・!?」

 放心するように立ち尽くすバルザック。もともと今の魔導は、火球に何かが衝突する事で爆発し、火炎を撒き散らす魔導である。当然、剣で叩き返そうものならその場で大爆発を起こす筈だ。

 ただの剣ならば。


「痛ぇな・・・尻から落ちちまったじゃねぇか・・・」

 エアニスは足元に剣を突き立て、杖をつく様にして立ち上がった。空中で火球を打ち返した為に姿勢を崩し、着地に失敗してしまったのだ。

 彼は赤い夕日と炎に焼かれた空を背にして立つ。

 得体の知れない力を持つ、黒く禍々しいエアニスの影。それはバルザックの心に恐怖を感じさせた。

 バルザックは次の攻撃を忘れ、エアニスの握る剣を見る。

 剣を覆っていた鞘は墨になり、刀身をあらわにしていた。




 赤黒く、艶の無い両刃の長剣。ざらざらとした石や鋳物のような質感だが、刃の部分だけは金属の輝きを見せていた。薄く平たい剣の腹には見た事の無い文字が刻まれている。

 どう見ても近代のセンスで作られた剣ではない。


「・・・魔法剣か?」

 バルザックの問いかけに、黒い影は不気味に首を傾げるのみだった。

 夕日と炎による逆光のお陰で、尻の痛みに涙を滲ませる顔が影で隠されていたのはエアニスにとって僥倖だったのかもしれない。

「クッ!!」

 恐れに駆られて、両の手のひらを足元に向け、呪文を唱えだすバルザック。

 乱れ狂う魔力の流れはエアニスにプレッシャーをかけた。

「無駄だ、呪文の詠唱を待ってやると思うか!!」

 低い姿勢でバルザックにダッシュをかけるエアニス。この短い時間で発動できる魔導などたかが知れている。大技が来ない以上、たとえ術を放たれても剣で弾き返す自信はあった。

 しかし。


 バキバキベギッ!!!

 両者の間の地面・・・いや、足元の屋根に亀裂が入った。

「!!?」

 一瞬何の魔導か分からずに足を止めるエアニス。ぐらり、と足元が傾いだ瞬間、それの正体が分かった。

 重力の魔導だ。バルザックはこの建物に重力をかけ崩壊させる気でいるのだ。

「マジかよっ!!」

 ぐわっしゃあああぁっっ!

 轟音と砂煙を上げて崩れゆく建物。

 その瓦礫にエアニスとバルザックは飲まれていった。



 ずずずん・・・

 また宿の方角から大きな音が聞こえてきた。

 音のした方角を見ると、もうもうと煙が上がっている。

 ミルフィストの街は騒然としていた。


「またハデにやってるみたいですねぇ・・・」

 ほんの少し前には同じ場所で火柱が上がっていた。

 苦笑混じりに呆れた声を上げるトキ。

 その表情には相変わらず心配のカケラもない。

「ね、ねぇ・・・ホントにあいつ大丈夫なの?」

 屋根伝いに宿から離れ、人気の無い水路沿いをトキとチャイム、レイチェルは走っていた。

 流石に心配になってきたチャイムは、トキに何度目かの同じ質問をした。レイチェルもチャイムと同じ表情を浮かべている。

「だから大丈夫ですよ。

  それより、そろそろ自分達の心配をした方がいいみたいですね」

「え?」

 その意味が分からず、チャイムとレイチェルが間の抜けた声をハモらせる。だがそれはすぐに分かった。

 車の駆動音が近づいて来たのだ。後ろを振り向くと、宿の前に止まっていた黒いトレーラーがこちらに向かって走って来た。

「あいつら・・・!?」

「みたいですねぇ・・・」

 どこまできても緊迫感の無いトキを思わずジト目で見てしまう二人。

「何ですか・・・嫌ですね。僕は少しでもこの場の空気を和まそうかと・・・」

「あんたの笑顔は胡散臭くて全然安心できんわぁっ!!」

 この男は死ぬその瞬間まで、こうしてヘラヘラと笑っていそうだった。そんな人間の表情など何の励ましにもならない。チャイムに怒鳴られ、トキは初めて悲しそうな表情を見せた。

 ばづっっ!

 三人のすぐ横手にあるレンガ塀に銃弾が食い込んだ。

 同時に、トキはチャイムとレイチェルを路地裏に突きとばした。

「じゃ、ちょっとは信用できるトコお見せしますから、そこに隠れててください」

 そう言うと、おもむろに鞄から大学で使っている教科書を取り出す。

「・・・!?」

 トキの意図が読めず、チャイムとレイチェルは眉を寄せる。

「あぁ、違う。これじゃないです・・・。何処に仕舞いましたっけね?」

「ちょっとちょっとちょっと!!」

 ごそごそと鞄を漁るトキの袖を、チャイムは迫り来るトラックに視線を釘付けにしながら全力で引っ張る。

「あぁ、ありました」

「!!? ちょ・・・!」

 そう言っておもむろに取り出したのは、宿の黒服連中が使っていた拳銃である。

 闇取引で多く流通するリボルバー式の古臭い銃でなく、オートマチック式の連射可能な近代的な銃だった。

 迫るトラックから男がトキに向かって機関銃を乱射しているが、トキはそれに構う素振りも見せず、拳銃を片手で構えた。

 パン、  パン、

 間隔を空けて放たれた二つの銃弾。

 すると少し遅れてトラックが蛇行を始めた。トキの銃弾は、見事にトラックのフロントタイヤを捕らえていた。

 チャイムは驚いてトキの顔を見る。そこには相変わらず笑みを浮かべる彼の横顔があった。

 たまたま手に入れた銃を、素人がとりあえず撃ってみた、などと言う行動の結果ではない。彼は銃の扱いに慣れていた。


「おおっ!?」

 チャイムが見ていたトキの表情が驚愕に変り、彼は慌ててチャイム達のいる路地に駆け込む。

 それと同時に横転したトラックが彼の立っていた路地の壁を削りながら転がって行き、ど派手な爆音を上げて突き当たりの建物に衝突した。トラックの破片が大量に飛び散り、ガン、ガンと石畳やトキ達が身を隠す壁に当たる。

 青ざめるチャイムとレイチェル。

「トキさん・・・やりすぎですよ・・・」

 何故か申し訳無さそうなレイチェル。トキはブンブンと首を振り、

「いやいや、僕もここまでやるつもりは・・・まぁとにかく、行きましょうか」

 トラックの中に何人乗っていたか知らないが、あれでは無傷でいられないだろう。横転したトラックを横切り、水路沿いの通路に上る。

「ここの水路を抜ければ街の外に出られます。そこから少し山を登ればエアニスの家がありますから 」

 そこで言葉を切ると、トキはレイチェルの腕を掴んで体を自分に引き寄せる。

 次の瞬間、レイチェルの居た空間を銃弾が貫き、後ろの壁に小さな穴が穿たれた。レイチェルの背筋が凍りつく。

「・・・いい加減、しつこいですね」

 トキの声には少し苛立ちが感じられた。


 チャイムとレイチェルには敵がどこにいるか分からなかったが、トキは迷わず銃口を上方へ向ける。その方向に、建物の屋上からこちらを狙う黒服がいた。長距離ライフルで狙撃してきたのだ。トラックの襲撃も考えると、どうやらこの場所で待ち伏せされていたようだ。

 トキは少しだけ慎重に狙いを定め、200mは離れている狙撃手に向け発砲する。

「ちょっと、無茶よ!!」

 チャイムは声を上げたが、次の瞬間、遠くに見える敵の人影は、足元から崩れ落ちるように倒れていった。

「・・・うっそ!」

 思わず目が釘付けになるチャイム。

 さっきのトラックを止めた事といい、トキの射撃の腕は異常である。


 がづっ

 鈍い音に視線を向けると、いつの間にかトキは鉄パイプを持った黒服と組み合っていた。鈍い音は、鉄パイプをトキが両腕で受け止めた音のようだ。

 トキは男の鉄パイプを両腕で押さえ込みながら、銃を手首だけで男の足に向けた。

 ガチン

 金属を叩く硬い音。弾切れである。

 トキが動揺した隙に、男は鉄パイプを振るった。その先端がトキのこめかみを掠めてゆく。

 小さく聞こえた靴が砂を踏む音。

 レイチェルは後ろに生まれた気配に振り向くと、そこにはナイフを持った黒服が迫っていた。

「石を渡せっ!」

 男の指が、レイチェルの首飾りに引っ掛かった。

 バチン

 首飾りのチェーンが千切れ、レイチェルの胸元の"石"は一度地面で跳ねて水路へ落ちていった。


「!!!」


 トキを除く全員が声にならない声を上げた。

 ドガッ!!

 トキは注意の逸れた黒服の顎に掌を叩き込み、気絶させた。

「チャイムさん、後は頼みますよっ」

 その言葉だけを残すと、トキは迷わず水路に飛び込んでしまった。

「うそっ!! ちょっとぉ!!」

 水路の流れはかなり速い。水の透明度も低く、この中から石を探し出すのは難しいだろう。

「チャイムっ!!」

 レイチェルの呼びかけに我に返ると、最後の一人の刺客がナイフを振りかざし向かってくる所だった。反射的に右手の大剣で受け止め、男の腹に蹴りを叩き込む。だが当たりが甘かったか、刺客は何事も無かったようにナイフを突き出してきた。


(やっばっ・・・)

 チャイムも立ち回りに都合の悪い大剣を捨て腰の短剣を抜き、男のナイフを裁きにかかる。

 チャイムは正直、剣技に長けてはいない。チャイムの戦いのスタンスは、大剣による力任せの一撃がメインだ。短剣も持ってはいたが、使い慣れているわけではない。

 たたんっ

 軽快な足音と共にレイチェルがハンマーロッドを両手に男に踊りかかる。

 がぎん

 男が咄嗟に飛びのいた場所に、レイチェルのハンマーが食い込んだ。間髪いれずにレイチェルは背中を支点にロッドを回転させ、勢いをつけそれを男に投げつけた。

 レイチェルの技が予想外だったか、男の反応は遅れ、回転するロッドの端が男の足をすくった。レイチェルはロッドに繋がった細い鎖を引きその回転を止める。するとロッドは意思を持っているかのように宙を舞いレイチェルの手元へと戻ってくる。レイチェルは再び手にしたロッドを突き出し、バランスを崩していた男を突き飛ばす。

 レイチェル達がいるのは場所は道路と水路を分ける壁の上にある作業用通路。男はそのまま下の道路へ落ちて行った。

 そこそこの高さではあるが、頭から落ちたという事も無さそうなので死んではいないだろう。

 安堵の溜息をつくチャイム。

「さんきゅー、レイチェル」

 レイチェルはハンマーロッドを手に、苦笑いを浮かべる。レイチェルのハンマーロッドを使った体術はちょっとしたモノだった。

「それより、トキさんは!?」

 ハッとして水路に目を向ける。水は少し離れたトンネルへ続いている。二人は流れの下流に向かい、トキを探して歩き出した。

「・・・沈んでないでしょーね」

「不吉な事言わないでよ・・・」

 不安そうに二人が水路を覗き込んでいると、

 ざばっ

 水音に振り返ると、少し下流の水路からトキが上がってきた所だった。

「トキさん!」

 ずぶ濡れのままいつもの笑顔を返すと、その手にはレイチェルのネックレスが握られていた。

「大切な物みたいでしたからね」

 咳き込みながらレイチェルにネックレスを手渡す。

 トキの二の腕とこめかみから血が滲んでいた。

「血が・・・!」

「大したことありませんよ。それより追っ手は?」

「あ・・今の所は全員振り切ったみたいだけど・・・」

 満足そうに頷くと、トキが水路の奥を指す。

「このまま水路を行けば街の外です。傷の手当てはエアニスの家に着いてから優しーくお願いしますね」

 この期に及んでまでふざけているトキに、チャイムとレイチェルは顔を見合わせ少し笑ってしまう。


「それでは、行きましょうか。暗いので足元に気をつけて下さいね」

 トキが明りの届かない水路の奥へと歩き出す。

 チャイムとレイチェルは顔を見合わせる。

 真剣味の無いトキの態度に呆れていた所だが、ここまで徹底的に場の空気をとぼけさせてしまうのは呆れを通りすぎで関心してしまう程だ。その余裕に伴う頼もしさも少しだけ見せてくれたというのも理由の一つだろうが。

 そんな彼の背を追って、彼女達は暗闇の中を歩き出した。

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