第54話 全ては舞台の上に
トキが駆け出した直後、その足元の石畳が粉々にはぜ割れた。
身を隠した狙撃手が一斉にトキを狙い撃ちしたのだ。彼らが構えている銃は、普通の狙撃手が使う長距離用ライフルではなく、トキや彼らが身につけているアダマンタイトの戦闘服をも撃ち抜く、対戦車用ライフルだった。
ツヴァイに向い一直線に駆け出すトキへ、デスマスクを被った刺客たちが発砲をする。何発もの銃弾がトキの纏うコートを叩いた。しかし、トキのコートは全ての銃弾を受け止め、体には軽く叩かれた程度の衝撃しか伝わらない。
この戦場にいる全員が、アダマンタイトの戦闘服に身を包んでいるのだ。大型の銃火器や、アダマンタイトの衝撃許容量を越える爆薬、アダマンタイトの硬度を魔導的に無力化する術などが無いと相手にダメージを与える事が出来ないのである。長期戦は間違い無い。とはいえ、全員を相手にしていては日が沈んでも決着はつかないであろう。なのでトキは、周りの刺客達を無視しツヴァイただ一人だけを見据える。元々、周りの塵芥に用はない。
トキとツヴァイの前に、数人の刺客が割り込む。トキの体を叩く銃弾の数が増えるが、構わず刺客の真っ只中に突っ込んだ。
先頭の刺客2人の足元へ滑り込み、前衛の陣形を突き崩す。トキは姿勢を崩した刺客の胸へ、銃口を押し付けた。
ぼごんっ
銃口から噴出したガスと、砕けた銃弾が刺客とトキの間で飛散する。アダマンタイトのマントは着弾の衝撃を受け止めきれず、刺客の胸骨を砕いた。
トキの持つ銃は、拳銃の中では超大型の物である。これでもアダマンタイトを貫く事は出来ないが、零距離で銃弾を打ち込めば、それなりの衝撃を相手に与える事が出来る。それはトキも、マスカレイドの刺客達も知っている事だ。
こうなると、戦いは銃を使った格闘戦となる。そしてこの中でトキに体術で敵う相手は居なかった。入り乱れる刺客達のせいで、対戦車ライフルを持つ狙撃手達も、手が出せなくなっていた。戦況はいきなりトキが狙った通りに流れ出す。
「ツヴァイ!!」
トキが刺客の一人をねじ伏しながら叫んだ。しかし、いつの間にかツヴァイの姿はトキの前から消えていた。
◆
バガンッ
鼓膜をつんざく轟音で、レイチェルは目を覚ます。
反射的に身を起そうとしたが、レイチェルは既に自分の足で地面に立っていた。正確に表すと、気を失っているうちに石の柱に縛り付けられていたのだ。
「よう。気分はどうだ、お姫様よ」
目の前には薄く煙をたなびかせる銃口。硝煙の匂い。そして、自分の耳元の石柱が砕けていた。耳元に銃弾を撃ち込まれたようだ。飛び散った石の破片で頬と耳を少し切っていた。右耳は聞こえなくなっている。
レイチェルは自分の目の前で銃を構える男、ツヴァイを見て、すぐさま意識を覚醒させた。
「くっ!」
一瞬で状況を理解したレイチェルはツヴァイの軽口に取り合わず、意識を集中し目の前の空間に魔導式をイメージする。魔導の熟練者は、手足の自由や呪文の詠唱が無くても、簡単な魔道式ならばイメージだけで起動させる事が出来る。見えない魔導式にレイチェルの魔力が流し込まれ、術式に流れ込んだ魔力が加速する。魔導式の起動点まで魔力が増幅した時、レイチェルとツヴァイの間に、火花を撒き散らしながら巨大な火球が現れる。
筈だった。
その代わりに、魔導式の起動点に達した瞬間、レイチェルの全身に激痛が走った。
「きゃあぁぁぁあっッ!」
体の中から電流を流されたような痛み。その痛みは一瞬で消え去ったが、レイチェルの全身に異常なまでの虚脱感を残していった。冷たい汗が吹き出る。
「薬を打たせ貰った。魔導士の魔力に反応して作用する薬だ。暫くは魔導を使おうとすると、今のように体の内側を焼かれるぞ」
石柱に縛られたまま、レイチェルは荒い息を吐き、ぐったりと首を垂らしていた。
それでも彼女は気力を振り絞り、首を持ち上げ辺りを見回す。
見晴しの良い場所だった。そこは廃墟の立ち並ぶ、旧市街の塔の上。狭い見晴台には、レイチェルの村を襲い、レイチェルの父親を殺した男、ツヴァイと、デスマスクを被り、赤黒いマントを羽織った男の2人が居た。
「下を見てみろ。面白いものが見えるぞ」
ツヴァイが大通りを指差す。塔の下の景色は、レイチェルが縛られた位置からでも見下ろす事が出来た。
そこでは、十数人の人間が入り乱れるようにして戦っていた。それは、たった1人を相手に、デスマスクの刺客達が次々と殴り飛ばされているように見えた。
刺客達に襲われている男は、見覚えのあるコートを着ていた。そう、トキが戦いの時にだけ着ている、防弾服だった。そしてその顔は、また違った意味で見覚えのある物、マスカレイドの刺客たちと同じ真っ白いデスマスクで隠されていた。
「トキ・・・さん?」
自信無さげにレイチェルは呟く。ツヴァイはその言葉を肯定するかのように、にやりと笑った。
「そのままトラキアを引き付けろ。これから300の後に奴を撃つ」
ツヴァイの独り言、ではない。フードの内側に仕込んだ無線機で、刺客達に指示を送ったのだ。因みに、トラキアとはトキの事だ。レイチェルは、いつかあの魔族の少女が、トキの事をそう呼んでいた事を思い出す。
「何を・・・する気・・・!?」
「トラキアを、この塔の正面にある逃げ場の無い路地に誘い込む。そこを、この特別製のライフルで狙い打つ」
ツヴァイの傍らに、毛布を被せられた何かが立てかけられていた。彼がその毛布を剥ぎ取ると、そこには身の丈程もある巨大なライフルがあった。
「俺達の戦闘服や、トラキアのコートは、剣も銃弾も、半端な魔導も通用しない。これは、アダマンタイトという魔導鉱石から作られた特別製だ。こいつを貫くには、目の前から対戦車用ライフルを打ち込むくらいしなきゃ駄目だ。
だが、このライフルなら、遠距離からでも奴を殺れる」
ツヴァイはライフルを、予め用意してあった窓枠の台座へ据え付けながら言う。
「こんな面倒な事をしなくても、やろうと思えばいつでも殺せたが・・・。どうしてもお前に見せてやりたくてな」
「どういう意味よ!?」
「忘れたとは言わせんぞ。貴様のせいで、俺は右腕とはらわたを失ったんだからな」
ツヴァイが、マントをめくった。
「!!」
マントの下にあったツヴァイの体は、左の胸から腰の辺りまでが "無かった"。
忘れていた訳ではない。
レイチェルの目の前にいる男は、確かにあの日、兵士達を従えてエルカカの村を襲い、レイチェルの父、シャノンを殺した男だ。そして、レイチェルが不意を突き、この手で倒した筈の男。
体の左半分を空間転移の魔導で、心臓に至るまで抉り取った筈だ。
死んだものだと思っていた。
しかし、目の前に現れた男は事実として生きている。チャイム自身あの時は必死で、今でもその瞬間の記憶は曖昧だ。だから、自分が思っていたよりも傷が浅かったのかと思ったが、やはり違う。
ツヴァイは、右腕を魔導で動く自動義手に替え、左の肺と心臓を失った体のままで生きているのだ。
「・・・生ける、屍・・・」
レイチェルが乾いた声で呟く。脳裏に蘇る、あの船上での光景。死なない兵士達。
「そうだ。お前も見た事があるな?
お前にやられた後、俺はあの魔族の女に魂を売った」
レイチェルの脳裏に、軽薄な笑みを浮かべる魔族の少女がよぎった。
ツヴァイはレイチェルに穿たれた体を、再びマントで覆う。
「俺をこんなふざけた体にしてくれたお前は、真っ先に殺してやりたいところだ。
しかし、上からお前は殺すなという命令を受けている。
だから代わりに、お前の仲間を、お前の目の前で殺してやる」
トキが狙撃可能範囲に入った。狭い路地で、路地を囲む壁には窓が無かった。ここで狙撃されたら、逃げ場は無いだろう。
狙撃に備え、トキを取り囲む刺客達は、ツヴァイの狙撃の邪魔にならないようトキから距離を取り始めた。
「トキさん!!」
レイチェルは力の限り叫ぶ。
「無駄だ、あの騒ぎの中じゃ、ここからの声は聞こえない」
ツヴァイはライフルのスコープを覗き、トリガーに指をかける。
トキはこちらに気付いた様子は無く、ツヴァイに背を向けて刺客と組み合っていた。
「本当は、この手で貴様の胸にナイフを突き立ててやりたかった---」
ツヴァイは、唯一の心残りを誰へともなく呟く。
「・・・じゃあな、トラキア」
その声が聞こえたかのように、スコープの中のトキが突然振り返った。
スコープ越しに、ツヴァイはトキと目が合ったような気がした。
「・・・・!」
ツヴァイの背筋は一瞬にして凍り、得も知れぬ恐怖が反射的にライフルの引き金を引かせた。引き金が引かれるのと同時に、ツヴァイが覗いていたコープが破裂した。
「がっ!!」
ツヴァイが仰け反り、僅かに体を浮かせてからレイチェルの足元に仰向けに倒れこんだ。
ツヴァイのデスマスクには、トキが撃った銃弾が食い込み、煙を上げていた。
トキは、ライフルで狙いを付ける狙撃手に対してハンドガンを撃ち返し、両者の間の距離をものともせず、それを命中させたのだ。
ドォン・・・
暫く遅れて、ツヴァイの放った銃弾が、トキや刺客たちから随分と離れた廃墟を撃ち崩す音が届いた。それは、とても一発のライフル弾の威力とは思えないものだった。あれが当たっていたら、いくら強靭なアダマンタイトの防弾服を着ていても、無事ではいられなかったであろう。
「お・・・ぉぉあああッ!! 何故だ!! 何故気付いたッッ!!?」
ツヴァイは憤然と身を起こし、マスクの右目に食い込んだ銃弾を引き抜いて石床に叩き付けた。大きな銃弾だったから助かったが、もしそうでなければ、銃弾は右目のスリットに飛び込んでいただろう。生ける屍でも、脳を損傷する訳にはいかない。死ぬ事はなくても、それはツヴァイの自我が崩壊する事を意味する。
マスク外し、右目に手を当てる。ツヴァイの右目は衝撃で傷つき、見えなくなっていた。しかし、体に刻んだ魔族との契約印から、右目に力が集まってゆくのを感じていた。僅かだが、右目に視力が戻り始める。
「クソがッ! 狙撃が駄目なら、目の前から直接ブチ込んでやる!!」
冷静さを失ったツヴァイは、立ち上がってスコープの壊れたライフルを掴もうとする。
それは予想だにしていない、あまりにも唐突な出来事だった。
レイチェルはもちろん、ツヴァイも、塔の階段を見張っていた刺客も、全く予想外の出来事だった。
ライフルは、ツヴァイが手に取るよりも早く、彼の傍らに居たもう1人の刺客が拾い上げた。それをその場の指揮官であるツヴァイに手渡すかと思いきや、その刺客は巨大な銃口をツヴァイに向けたのだ。
「 お 」
ツヴァイが何かを言いかけたその瞬間、
ドガゥッ!!
巨大なライフルの発砲音が、塔の内部の空気を振るわせた。発射ガスがレイチェルの視界を一瞬だけ覆い隠す。
零距離で放たれた特別製のライフル弾は、ツヴァイの着るアダマンタイトのマントを貫き、その背後の壁を吹き飛ばした。ツヴァイの体は、大穴の空いた壁に叩きつけられ、糸の切れた操り人形のように崩れ落ちてピクリとも動かなくなった。
「何だ、今のは!?」
階段を見張っていたもう一人の刺客が、室内での轟音に驚き部屋に飛び込んできた。
ドゴゥッ!
その刺客も姿を見せるなり、ライフルを奪った刺客に壁ごと撃ち抜かれてしまった。
僅か10秒足らずの出来事だった。
ツヴァイと見張りの刺客が倒れ、その場には柱に縛り付けられたレイチェルと、彼らを撃った、ツヴァイの部下だと思われた刺客の一人だけが立っていた。
その刺客はライフルを投げ捨て、ナイフを抜いてレイチェルに歩み寄る。
レイチェルは状況が理解できず、一瞬だけ怯えた表情を見せるが、刺客のナイフはレイチェルを縛る縄を断ち切っただけだった。そして、その刺客は顔に付けていたデスマスクを外し、レイチェルに素顔を晒す。
「・・・助けるのが遅くなってすみません。なかなかチャンスが無かったもので」
知らない顔、では無かった。どこかで見た筈だが、すぐには思い出せなかった。僅かな逡巡の後、ようやく男の事を思い出す。
「あ、あなた・・・!? ノキアのお兄さん!!」
男は、森で助けたノキアを家まで送り届けた時に一度だけ挨拶をした、ノキアの兄であった。
「なんで、あなたが・・・? それに、これは・・・」
何を言えばいいのか、何から問いただすべきか、レイチェルが迷っていると、
「自己紹介がまだでしたね。私は、カインと言います。
とりあえず、詳しい説明は後で。隊長が動けない間に、逃げましょう」
レイチェルが視線を落とすと、ツヴァイの胸に空いた大穴に、飛び散った血肉が集まり、傷を塞ぎ始めていた。血色を無くし死人の顔をしたツヴァイの目が、レイチェルとカインをじっと見つめている。
「行きましょう。私も手伝いますから。トキさんを助けるんです」
カインは状況が理解出来ず混乱するレイチェルの腕を引き、塔の階段を駆け下り始めた。
◆
刺客との乱戦の中、突然トキの目元に光が射した。それは、誰かが鏡やライトを使い合図を送っているかのようだった。光が射して来る場所に目を向けると、誰かがライフルでこっちを狙っているのが見えた。反射的に撃ち返し、狙撃手の撃った銃弾は明後日の方へ飛んでいったが、その着弾時の衝撃音から、それは普通のライフル弾では無かったようだ。そのまま狙撃に気付かずあのライフルに撃たれていたら、無事ではいられなかったであろう。誰だか知らないが、あの合図を送ってきた人間に礼を言わなくてはいけない。
その人間が、まさか裏切りに走ったツヴァイの側近で、しかもその正体がノキアの兄であるという事を、トキが知るのはもう少し後になってからだった。ましてや、自分がハンドガンで撃ち倒した狙撃手がツヴァイだったという事も、この時は気付いていなかった。
その狙撃が失敗に終わってから、刺客達の動きに明らかな動揺が見られるようになった。理由は彼らを統率するツヴァイから無線による指示が途絶えた事。
トキには刺客達が動揺している理由が分からなかったが、彼はこのチャンスに畳み掛けるように刺客を撃ち倒しにかかった。
戦いは長引いており、さすがのトキも息が切れ始めている。アダマンタイトのマントのせいで、簡単に倒すことの出来ない刺客を全滅させる事は流石のトキにも無理である。早く刺客達の囲みを破り、一旦廃墟の中へ身を隠すつもりでいた。ツヴァイの姿を見失った今、目の前の刺客達とやり合う意味は無い。
残弾も残り少ない。今のマガジンを使い切るまでには、この囲みを突破したいものだ。そんな事をぼんやりと考えながら、トキは銃を振るう。
その時、引き金を引いた指に嫌な感触が伝わった。
弾切れ、ではない。銃弾が詰まったのだ。
普段から銃の手入れや調整を欠かさないトキには、まず起こらない事であったが、相手に銃口を押し付けて撃つ、という無茶な戦い方をしていたため、銃身に負担がかかっていたのだ。
トキは目前に迫る刺客の顎に、銃弾の代わりに拳を叩きこむ。トキの拳に伝わったのは、硬い顎の骨の感触ではなく、分厚い粘土を叩いたような鈍い感触。普通なら相手の上体を薙ぎ倒しているはずの衝撃は、アダマンタイトによって全て吸収されてしまった。こうなる事は頭では分かっていたが、体が反射的に動いてしまったのだ。
まずい。心の中で呟くと、トキの背中に冷たい汗が浮かぶ。
がんっ!
短く響く、大きな発砲音とともに、目前の刺客が吹き飛ぶ。アダマンタイトのマントが引き裂かれ、その内側から血が飛び散った。
刺客達の視線が、銃弾の飛来した場所を探し辺りを見回す。その間にも、2人の刺客がライフルの弾に撃ち抜かれた。誰かが、近距離から対戦車ライフルを撃っているのだ。
相手は何処か高い場所からこの場を見下ろし、狙撃している。刺客達はそう思い、視線を上に向けていた。
ドガンッ、と、今度の射撃音はすぐ間近で聞こえた。
「トキさん!!」
続いて響く聞き慣れた女の声に、トキはビクッと体を震わせる。
「なっ、レイチェルさん!!?」
戦いの最中だというのに、トキは思わず顔を覆っていたデスマスクを外して、コートの中に隠した。その隙を突こうとしたトキの目の前の刺客が、レイチェルと共に現れたカインのライフルに打ち抜かれた。
突然の同士討ちに、トキを囲んでいた刺客達に更なる動揺が走る。
「きさま、誰だ!!?」
「よせ!女に当たる!!」
刺客の一人がカインに銃を向けたが、もう一人の刺客がそれを制した。
その反応に、レイチェルは冷や汗を流しながらも微笑んだ。カインから聞いた通り、彼らにはレイチェルを傷つけないようにと命令が下りているのだ。レイチェルがここに居る以上、敵は迂闊に発砲する事が出来ない。
ガシャン、と、レイチェルは右手に持った鉄パイプを地面に叩き付けた。その先端には、長い鎖が繋がっている。丁度、レイチェルが普段使っているハンマーロッドと同じ形をしていた。レイチェルが、廃墟に転がったガラクタで作った即席の武器である。
「引いてください。貴方達のマントでは私の術を防ぐ事が出来ないのは知っていますよね?」
口ではそういいつつも、レイチェルの眼差しは険しい。彼女にしては珍しく、怒りと憎しみの色が見てとれた。
しかし、刺客達は動かない。その中の数人が銃を仕舞い、腰から刃を持たない金属製の短いロッドを取り出した。
「・・・無駄ですよ。そんな言葉では彼らは引きません」
周りの刺客達と全く同じ装いのカインは、ライフルの弾を詰め直しながら言う。レイチェルは小さく息を吐くと、一足飛びで刺客達の集団に斬り込んだ。
「な・・・なんて無茶な事を!!」
トキは倒れた刺客の銃を奪い、レイチェルと、どういう事情かは分からないが、一緒に居るマスカレイドの刺客と合流するために、立ちはだかる刺客を一人一人昏倒させて行く。
それに対し、レイチェルとカインの戦いは豪快だった。二人は、トキのいる場所に近づきながら移動をしている。レイチェルはカインから離れないように、近づく刺客の足元をハンマーロッドの鎖で次々と絡め、払ってゆく。そして対戦車用のライフルを構えたカインが、刺客達を至近距離から打ち抜いてゆく。彼らはカインに反撃しようにも、すぐ近くにレイチェルが居るため迂闊に発砲する事が出来ない。彼らはトラキア=スティンブルグの殺害の他に、レイチェル=エルナースの身柄と、彼女の持つ"石"の確保という命令も受けているのだ。既にレイチェルの身柄は押さえたと連絡を受けていた彼らにとって、この事態は予想外の事だ。
銃を向けられない事をいい事に、レイチェルは鉄パイプをハンマーロッドの要領で操り、刺客たちの動きを制してゆく。彼らのマントの前では、こんな鉄パイプは戦う為の道具にはならない。なのでレイチェルは、刺客を倒すことよりもカインのサポートに徹する。レイチェルの操る鎖は意志を持つ蛇の様に、地面を、宙を這い回り、二人を囲む刺客たちの動きを妨げる。ツヴァイに打たれた薬のせいで魔導が使えなくとも、レイチェルは十分にマスカレイドの擁す精鋭の刺客達と渡り合っていた。そして、レイチェルに動きを止められた刺客は、次々とカインのライフルに撃ち抜かれる。
「こっちです!」
カインが、トキに向かい叫んだ。
トキはレイチェルに視線を向けると、レイチェルはトキの目を見て力強く頷いた。レイチェルと共に現れた、このマスカレイドの刺客が何故自分達の味方をするのか分からないが、とりあえずトキはレイチェルを信用する事にした。
レイチェルとカイン、そしてトキは、大通りに面した、細い路地へと飛び込んだ。囲みを破られた刺客達は一斉に3人を追って路地に流れ込む。その浅はかな行動に、トキは溜息をついた。
「やれやれ・・・僕が居た頃と違い、今のマスカレイド部隊は能無しばかりですね・・・」
「えぇ、お恥ずかしい話です」
トキの独り言に応えたのはカインだった。懐から手投げ弾を取り出すと、そっと足元に転がした。転がった手投げ弾に驚き、路地に殺到した先頭集団がつんのめる。
そして爆発。アダマンタイトのマントを着ていれば、あの程度の爆発はせいぜい爆風に吹き飛ばされ目を回す程度だろう。しかし、足止めには十分だった。刺客達が狭い路地で詰まっている間に、3人は旧市街の外れまで移動をしていた。
「ちょっとまって下さい!」
先頭を走っていたカインが足を止めた。
「ど、どうしたんですか?」
「この辺りには、監視兵が居た筈です。・・・作戦が終わるまで、この場から離れる事は無いのに・・・」
カインの胸に、嫌な予感が広がる。そして、トキにも。もし自分がこの場の指揮官なら・・・いや、ツヴァイだったらどうするかを考えた。
「走って!
ここに居るのは危険です!!」
その叫びが終わるよりも早く、トキ達の両脇に立つ建物が、内側から爆発を起した。
一瞬にして視界が失われ、瓦礫の崩れる音が響く。そして地震のように、足元の大地が揺れた。
爆発の衝撃に視覚と聴覚を奪われ、爆風に押されて方向感覚も失い、トキの意識は闇に落ちた。
◆
ガランガラッガッシャン、と、
乱暴に開かれた扉とドアベルの音に、ノキアは驚いて店の入り口に目を向けた。
「おい、トキとレイチェルは来なかったか!?」
随分と慌てた様子でノキアの薬屋に現れたのは、エアニスとチャイムだった。二人が薬草を買いに店を訪れ立ち去ってから、それほど時は経っていない。
「い、いいえ、お二人が帰られてからは、誰も来ていませんけど・・・・。何かあったんですか?」
心配そうに訪ねるノキアに、エアニスは、
「いや、まぁ、・・・ちょっと二人の姿が・・・」
どこまで説明するべきか、と、エアニスが考えながら話し始めると、
ドウン、ズズズン、と、遠くで低い音が響いた。細かく伝わる振動で、店の棚のガラスがビリビリと震えた。
顔を見合わせたエアニスとチャイムは慌てて店を飛び出す。店に面した大通りを行き交う人たちが、騒然とした様子で空に向かい指を指していた。そこには、遠くの空に舞い上がる黒煙があった。
「エアニス、あれって、やっぱ、あの二人が何かしてるのかな・・・」
チャイムの呟きに、エアニスは眉間にシワを寄せて目を閉じた。絶対、あいつらが何かしている。
「あれは・・・旧市街の方角です」
ノキアが店の戸口で、黒煙に汚された空を見上げて言った。
「旧市街?」
「大戦の時に戦場になって、街から切り離された区画です。今では、誰も立ち寄らないような場所ですが・・・」
おあつらえ向きの場所だと思った。チャイムの表情が心配そうに曇る。
「なぁ、このバイク、あんたのか?」
突然エアニスは話を切り替え、店の脇に止まっていたサイドカー付きのバイクを指差して言った。
「あ、それは、兄さんのです。軍の払い下げの物で、薬の仕入れなどに・・・」
「頼む、ちょっと貸してくれ!!」
「お願い!!」
ノキアは慌てた様子のエアニスとレイチェルを交互に見て、コクコクと頷く。ポケットに入っていたキーの束から一つを外し、エアニスに手渡す。
「旧市街は治安も悪く、建物や地下道の崩落事故も多い場所です。お気をつけて・・・」
「すまん!」
バイクにキーを挿し、エアニスはミッションケースに付いたキックアームを一気に踏み下ろした。一発のキックでエンジンに火が入り、騒々しい排気音が通りに響く。
「チャイム、乗れ!」
「うん! っていうか、アンタバイクの運転出来るの!?」
「当然! 車より上手い自信があるぜ!!」
チャイムが恐る恐るサイドカーに乗り込むと、エアニスは 「サイドカー付きのバイクは初めてだがな」 と呟いて、バイクを急発進させた。チャイムはその拍子にひっくりかえり、シートに逆さまに収まってしまう。
「必ず直して返す!!」
壊す事を前提としたエアニスの一言に、ノキアは気にしないでください、と大声で答えた。
逆さまになってスカートを抑えるチャイムを乗せたまま、エアニスの運転するバイクは旧市街へ向けて走り去った。




