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月の光を纏う者  作者: 猫崎 歩
第五部
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第49話 深き森の一夜 - 中編 -

「う」

 部屋を出た所で、チャイムは川原の即席温泉から戻って来たエアニスと鉢合わせした。お互いの視線がぶつかり、エアニスは眉間にシワを、チャイムは顔を赤くする。

「何も無かったか?」

「う、うん。別になんにも」

「そうか」

 タオルで湿った長い髪を拭きながら、エアニスはいつも通りの様子でチャイムの横を通り抜け、部屋に入ってゆく。その姿を見送ると、エアニスに対してではなく、何故か顔を赤らめ、態度が硬くなってしまった自分の反応に腹が立ってきた。

( やだな・・・あたし何意識してんだろ・・・ )

 ごつん、と、自分の頭をこぶしで叩いた。

「おやおや。さっきとは違い、随分としおらしいリアクションですね」

 いつの間にかそこに立っていたトキに冷やかされ、チャイムは自分の頭を小突いたたげんこつで彼を殴り飛ばした。


「さっきはすみませんでした・・・

 せっかく助けに来て貰っておいて、あんな事を言ってしまって・・・」

「いや、その何だ。俺達も、もう少し気を遣うべきだった。

 謝るのはこっちだったと思うし・・・すまん・・・」

 部屋に入るなりレイチェルがエアニスとトキに頭を下げて何度も謝り始めた。それに対しエアニスも彼女と同じように頭を下げる。その姿勢の低さにチャイムは唇を尖らせた。

「ねぇ・・・前から思ってるんだけど、なんであたしとレイチェルでアンタの態度そんなに違うの?」

 突然そんな事を尋ねられて、エアニスはぽかんと呆ける。そして暫く考えるようにして俯き、

「えーっと・・・何かお前と違ってレイチェルは傷つき易そうな感じがするから、粗暴な態度取っちゃ駄目っていうか・・・」

「・・・言わんとする事は分かるけど・・・"お前と違って"の部分は余計よ。

 というか、アンタ普段の自分の態度が粗暴だって自覚あったのか・・・。

 自覚あるなら改めなさいよ!」

「はっ、余計な世話だ」

 チャイムの表情が引きつり、こめかみに青スジが浮んだ。

 その二人の間を取り持つように、レイチェルがフォローを入れる。

「その、そんな気を遣って頂かなくても大丈夫ですから・・・。

 むしろ、普段どおりのエアニスさんで接してもらった方が、私は嬉しいです」

 レイチェルの素直な言葉にエアニスとチャイムは顔を見合わせる。

「だってさ」

 笑いながらチャイムが言い、エアニスはどう答えたものかと、そっぽを向いて頭を掻く。

「・・・どMですね」

 ボソリ、と、呟いたトキが電光石火の勢いで再びチャイムに殴り倒された。

「えむ?」

「何だそれ。どういう意味だ?」

 トキの言葉の意味が分からないレイチェルとエアニスは、チャイムに口を押さえつけられるトキを見て首を傾げる。

「いいの!! ヘンな言葉覚えなくていいから!!」

 顔を赤くしながら、チャイムが両手を振って答えた。


 その後エアニス達は、開拓団の全員で食事をすると言う集会所へ向った。

「これは旅人さんがた、ここまで来るのは大変だったでしょう。歓迎しますよ」

 開拓団の団長が、エアニス達をテーブルに誘う。エアニスは一応、余所行きの顔で礼を言ってから、4人掛けの椅子に座った。トキとチャイム、レイチェルもそれに習う。二人の男が次々と皿を運び、テーブルの上は大量の料理で埋め尽くされた。

「我々の仕事は体が資本ですからね。食料だけは有り余っているんですよ。どうぞ召し上がって下さい。もちろん、お代は結構です」

 男は愛想良く笑い、エアニス達に料理を勧めた。

「ありがとうございます」

 礼と共に作り笑いを見せ、エアニスはフォークを取った。トキとチャイムはその笑顔を胡散臭そうに横目で見る。


「みなさんは、北の町からいらしたのですね?」

「えぇ、南のエルバークの街へ向う所です」

 この森を通る者は北のミンティアと、南のエルバークを行き来する者しかいない。分かりきった質問にも、エアニスは愛想良く答える。

 しかし、内心では静かに食事をしたいと思い、合間合間に話しかけてくる団長を煩わしく感じていた。食事中に会話をするのは好きではないのだ。にも関わらず、本音を見せる事無く愛想よく受け応えをする自分を、俺も社会性が身に付いてきたなぁ、などと自己評価していた。

「エルバークの街には何のご用で?」

 エアニスは言葉を詰まらせる。その質問にはトキが答えた。

「特に、用という訳ではありません。僕達は宛の無い旅の最中でして、ただ近くを通るので寄ってみようと言うだけの事です。

 強いて言えば、名物の黒リンゴのパイを食べに行く為でしょうかね」

 トキの答えに、男はそうでしたか、と笑いながら頷く。

「そうだ。黒リンゴのパイでしたら、エルバークの中でも一番と言う名店があります。後でお教えしますので、是非ともお立ち寄り下さい」

「いいですね、お願いします」

 適当なでまかせで、トキはその話題を乗り切る。息をするように嘘を吐く彼に、エアニスは内心舌を巻いた。


 それなりに楽しい晩餐が続いていた。

 昼間の仕事を終え酒に酔った男達の笑い声が、集会所のあちこちで聞こえる。エアニス達も、団長の男をはじめ何人かの開拓団の男達と言葉を交わす。チャイムとレイチェルは良く笑った。エアニスは、会話が面倒とは思いつつも、チャイム達が楽しんでいるのを見て、悪い気はしなかった。

 並べられた沢山の料理は食べきれない程の量だと思っていたが、何とか全ての料理を胃袋に納める事が出来た。特筆すべき事は、レイチェルが沢山余ってしまった料理をほぼ一人で片付けてしまった事である。

 お前、そんなに食って大丈夫か・・・?

 黙々とフォークとナイフを動かすレイチェルが心配になりエアニスが訪ねると、

 残してしまうのは勿体ないですし、これくらいなら食べようと思えば食べれます。

 そう言って笑い、ポテトサラダを口に運んだ。

 本人曰く、普段はあまり食べる方では無いが、頑張って食べようと思えばそれなりに食べれるのだという。

 この小柄な体の何処にこれだけの量が入るのかと、一同は首を傾げた。


「あー、満腹・・・北の街を出てからこんだけ食べたのは久し振りー・・・」

「ごちそうさまでした。とても美味しかったです」

 チャイムは椅子からずり落ちかけた格好で天井を仰ぎ、レイチェルは対面に座る団長の男に頭を下げる。

「いやいや。私もあなた方の旅の話が聞けて、とても楽しかったですよ」

 団長の男の横から食事係りの男がカップに入った紅茶を置いてゆく。それは、エアニス達4人の前にも並べられた。

「それにしても・・・本当に男の人ばかりなんですね」

 チャイムが周りを見回し、集会所に女性が自分とレイチェルしか居ない事に気付き、やや落ち着きを無くしていた。

「あっはっはっは、

 この開拓村に派遣されているのはみんな男ですよ。女子供は一人も居ません」

 団長の返事に、チャイムは引っかかりを覚える。

「一人も、ですか?」

「えぇ、貴女達のように旅をしている方ならともかく、街の口うるさい女衆には、ここでの生活には耐えられんでしょうしなぁ」

 団長がわざとらしく大声で言い放ち、周りの男達は違いねぇ、と言いって笑った。

 首を傾げるチャイム。レイチェルも、同じように、きょとんとした表情をしている。

 ついさっき、チャイムとレイチェルの入浴中に現れた、栗色の髪の少女。

 この開拓村には男しか住んでいないと言うのであれば、あの少女は一体何者だったのか。

 それについてチャイムが男へ問いかけようとした時、

「ところで、この紅茶は何処のものだ?

 変わった香りだな」

 エアニスが目の前に出された紅茶について話題を振った。

 川原の即席温泉で見た少女に対し、エアニスも疑問を感じた筈なのに、その話題に触れず敢えて別の話題を持ち出したのだ。

 エアニスは、知らないふりをしている。

 それに気付いたチャイムは、慌てて自分の口をつぐんだ。

「私の故郷で飲まれている紅茶です。体が温まりますよ」

 そう言って、男は自分のカップを傾けた。

 エアニスも紅茶を飲もうと、カップに手を伸ばす。


 指が取っ手に触れる直前

 突然カップがソーサーごと浮き上がり、エアニスの目の前から消えた。

 正確に言うと、カップを乗せたテーブルがひっくり返され、その上に乗っていた物全てが宙に放り出されたのだ。

 ガシャアアン!!

 エアニス達と団長の男が囲んでいたテーブルは、逆さを向いてやや離れた壁にぶつかった。テーブルに乗っていた食器が全て割れて、盛大な騒音を立てる。

 その音に、騒がしかった集会所が一瞬にして静まり返った。

 団長の男も、チャイムもレイチェルも。そして、エアニスまでも状況を飲み込めず、絶句する。

 全て理解していたのは、席から立ち上がりテーブルをひっくり返したトキのみだった。


「な、何を・・・!?」

 驚きの表情を見せる団長は、トキを見上げてようやくその言葉だけを口にする。

「この紅茶は、僕達には勿体ないですね」

 席を立ったままのトキは、リーダの男を見下ろして言った。

「随分と香りの強い紅茶ですが・・・

 どれだけ"マゴリア"の葉を使いましたか?」

「!!」

 団長の男が青ざめる。

 "マゴリア"の名には、エアニスとチャイムも聞き覚えがあった。

 戦時中、戦場で広く使われていた鎮痛剤の材料となる植物である。そして"マゴリア"は、非常に依存性の強い麻薬の原材料にもなる植物だ。薬の一種だったそれはやがて麻薬の代名詞へと取って代わり、現在では医療用として使う事も禁じられ、所持する事も栽培する事も許されてはいない。

 トキは団長の男の反応に口元をいびつに歪める。

「大方、旅人にクスリで"餌付け"をし、人身売買が何かをしているといった所ですか?」

 トキの"餌付け"という言を聞いた開拓団の男達は、更なる動揺を見せる。

 エアニスがその言葉の意味を図りかねていると、トキが簡単に説明を加えた。

「"餌付け"というのは、彼らの業界の隠語ですよ。

 犯罪組織が流れの旅人などを薬漬けにして、奴隷にする事です。

 なるほど・・・これだけ深い森なら、旅人が行方知れずになっても、行き倒れたと思い誰も不思議に思わないでしょうね。

 "餌付け"にはもってこいの場所じゃないですか」

「・・・は、はは、・・・」

 団長は冷や汗を流し、乾いた笑みを見せる。その反応を伺い、トキは嬉しそうに笑った。

「図星のようですね」

 男は黙り込むと、突然ズボンのポケットから銀色の小銃を抜き出し、銃口をトキに向けた。

 バスッ

 集会所にくぐもった銃声が一発だけ響く。

 トキの右手は、腰の位置で黒光りする銃を握っていた。

 お手本のような早撃ちだった。団長の男よりもずっと遅れて腰のバックから抜かれた銃は、最小限の動きで男の顎に狙いを付け、頭部を真下から撃ち抜いた。


「おっと・・・。

 そう言えば、黒リンゴパイのお店を聞くのを忘れていましたね」

 トキがそう言うと、団長の体はゆっくりと後ろに倒れ、隣のテーブルをひっくり返して地面に倒れた。静まり返った集会所では、食器が割れ散乱する音が良く響いた。

 トキは、ついさっきまで共に食事をし、談笑していた相手を、表情一つ崩す事無く撃ち殺したのだ。

 絶句、というより、突然の出来事に放心状態のチャイムとレイチェル。エアニスも含め、トキがテーブルをひっくり返してから、一歩でも動いた者は一人も居なかった。

「お、おい、トキ、・・・」

 戸惑いながらエアニスは立ち上がろうとすると、トキはおもむろにエアニスに銃を向け発砲した。

「うわっ!」

 銃弾の衝撃波が、エアニスの耳元を打つ。

「ひぎゃっ!!」

 エアニスの背後で自動小銃を構えていた男が、額に穴を開けて仰向けに倒れた。

 全く気付いていなかったエアニスは、自分の後ろで倒れた男を見て、舌打ちをする。

「らしくないですよ、エアニス。周りを良く見て下さい」


 我に返ったエアニスが周囲を見回すと、集会所に居る男達は皆、銃やナイフ、鈍器を手に、エアニス達を取り囲んでいた。

 トキは再び腰の後に手を伸ばす。

 左手で銃と一緒にバックに収められていた薄刃のナイフを抜き、右手の銃と共に構える。

「全員、敵です」

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