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月の光を纏う者  作者: 猫崎 歩
第一部
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第04話 差し伸べられた見えない手

 エアニスとトキは人気もまばらになった裏通りを歩いていた。時刻は夕方少し前。

 エアニスも、あの少女達の手助けをしたくない訳ではないのだ。ただ、素直に事情を話せないレイチェルと、他人への干渉を嫌うエアニスがすれ違ってしまったのだ。エアニスは自分から人の助けになるような事はしないが、助けを求められれば必ず手を差し伸べるという性格だった。

 レイチェルが素直に事情を話してさえいれば、エアニスは協力しただろう。トキはそう思っていた。だからエアニスの家を教えたのだ。

「本当に良かったんですか、エアニス?」

 小走りでトキはエアニスの背中に追いつく。エアニスは憮然とした表情だ。

「当人達がいいって言ってるんだ。俺達が無理に口を出す事でも無いだろう?」

「そうかもしれませんが、あの娘たち、相当無理していたんじゃないですかね」

「・・・だろうな。まぁ、その気になったら向こうからウチを訪ねてくるんじゃないか?」

 事も無げに出たその言葉に、ドキリとするトキ。まさかとは思いつつ、シラを切ってみる。

「でもあの娘たち、エアニスの家知らないんじゃないですか?」

「どうせお前、部屋出てくる時に教えたんじゃないか?」

 読まれていた。いつもはトキがエアニスの分かりやすい性格をからかう立場なのだが、こういった真面目な駆け引きでは何故かエアニスは鋭かった。

「本当に・・・意地の悪い人ですねぇ・・・」

「お前が言うなよっ!」

 力いっぱい反論する。性格のエグさでトキにかなう人間はそういないだろう。

「なら、何故自分から住所を教えてあげなかったんですか?」

「ああ言った手前、そんな事言えるかよ」

 頬を掻き、少し恥ずかしそうなエアニス。

 たしかにあれだけぶっきらぼうな態度を取ってしまった以上、実は心配しているという素振りを見せるのもバツが悪かったのだろう。

「それで僕に言わせたのですか・・・」

「言わせた訳じゃないだろ。お前が勝手に言ったんだ」

 全くもってその通りなのだが、この口振りからするとエアニスはトキが家の場所を教える事を分かっていて、自分で話さなかったようだ。現に今のエアニスには勝ち誇った含み笑いが浮かんでいた。

 普段、エアニスの性格を手玉に取って遊んでいるトキだが、実は手玉に取られているのは自分の方ではないかと不安になってしまった。


「ところで・・・・気付いてますよね?」

街外れまで歩いた所で、突然話を振るトキ。

「ああ。後ろと前の角に一人ずつ、かな?」

 二人は自分達に注がれる視線を感じていた。相手の姿が見えなくても、戦いの経験を多く積んだ二人には、相手の敵意、視線を感じ取る感覚が備わっているのだ。


「どうしますか?僕が前の相手をしましょうか?」

「どっちでもいいんじゃない? どうせ相手は雑魚みたいだし」

「またいい加減な・・・。そんな事ばっかり言ってると、いつか足元すくわれますよ?」

「それこそ、どうでもいい事だ」

 それは自分の命を軽んじている故の言葉。

 前方の建物の角まで、あと十歩といった所で拳銃を構えた男が飛び出してきた。狙いをまず外す事が無く、かつ相手との距離もそれなりにある距離。だが、男が建物の影から飛び出してくるタイミングを読んでいたエアニスは、既に男との間合いを詰めていた。エアニスの反応の速さに、男は戸惑いつつも銃の引き金を引こうとするが・・・・

 がづっ!!

 エアニスが振り上げた剣に弾かれ、男の銃は空へと舞った。自分の手から離れた銃に気を取られた男にエアニスは膝蹴りを叩き込む。エアニスの膝は男の肋骨を潜り抜け、みぞおちをえぐっていた。

 苦痛にうずくまる男の後頭部に今度は肘を打ち下ろし、男を完全に沈めた。

 エアニスが弾き飛ばした銃が、丁度エアニスが立っている所に落ちてきて、吸い込まれるように彼の左手に収まる。

「相変わらず、見事なものですねー・・・」

 何故か呆れた顔のトキ。

「そんな事より、後ろ」

 二人をつけていた気配が、背後から一気に迫ってくる。

 トキが振り向くと、ナイフを腰だめに構えた男がトキに向かって突っ込んできた。だが、トキはその場から避けようとしない。

 男がトキの胸に向かいナイフを突き出す。が、目の前にいたはずのトキが、突然男の視界から消えてしまった。男が自分の目を疑った次の瞬間。

「よいしょっと」

 のんきな声と同時に男の体が浮かび上がる。

 はた目から見ると間の抜けた話で、トキは男に刺される直前にしゃがみこみ、突進してきた男の足元を自分の肩と両手で持ち上げたのだった。足元をすくわれた男は勢いもそのままにトキを飛び越え、顔から着地しそのまま地面を顔で滑っていった。

「うわっ、お前ひどいやり方するなぁ・・・

  わざと顔から落としたな?」

 顔面スライディングをした男に同情してしまうエアニス。これがトキの意図した事かどうかは分からないが、多分狙ったんじゃないかとエアニスは思う。

「僕はただ転ばせただけですよ、殴る蹴るがモットーのエアニスよりはずっと大らかと思いますがね」

「そんな野蛮なモットー持ってねーよ!

  って、それよりコイツら、何者だ?

  やっぱり、レイチェル達を狙ってた奴の仲間か?」

 その言葉に、ハッとして顔を上げるトキ。

「じゃぁエアニス、彼女達の元にも刺客が向かっているんじゃないですか?」

「!!」

 珍しく焦りの表情が浮かべるエアニス。

 もしも宿から尾けられていたのなら、間違いなくチャイムとレイチェルの所にも敵は向かっているだろう。尾行には気を配って二人を宿に連れて行ったつもりだったが、レイチェル達を狙う相手にばれていたようだ。

 もし自分のせいで彼女達に何かあったら、さすがに寝覚めが悪い。

 そう思った瞬間、エアニスは元来た道を全力で走り始めた。

「あ、ちょっと・・・って、

  やっぱりあの娘たちの事、気にしてるんじゃないですか・・・」

 ぽりぽり頭を掻きながら、苦笑いを浮かべるトキ。そしてトキもエアニスに続いて駆け出した。



 襲撃のあった場所から、チャイムたちの宿まで多少の距離があったが、エアニスの足では5分とかからずに戻って来る事が出来た。宿の入り口を塞ぐように、軍隊が兵士や物資を運ぶ黒塗りのトレーラーが止まっていた。この辺りで軍用車を見かける事は殆ど無い。チャイム達を狙う相手が拳銃を持っていた事も考えると、あのトレーラーも無関係ではないだろう。拳銃も自動車も簡単に手に入る物ではない。

 一つ手前の路地から宿の様子を伺っていたエアニスに、トキが追いついた。

「これはまた・・・予感的中ってカンジですね。どうしますか?」

「面倒なのは嫌いだ。普通に入り口からあいつらの部屋に行くさ」

「そうですよね、普通が一番ですよね」

 世の中には普通の行動が普通じゃないという状況はいくらでもあるのだが、今は急いで彼女達の元へ行く必要があった。策を巡らせている時間は無い。通りに出て、真っ直ぐに宿の入り口へ向かう二人。入り口には黒いスーツを着込んだ、場違いな雰囲気の男が二人、立っていた。

 エアニスは黒服達が見えていないかのようにドアノブに手をかけると、その手が黒服の片割れに掴まれた。

「すみません。ただいま立て込んでおりますので。暫く後に出直して頂けませんか?」

 口調はあくまで紳士的で、昼間のごろつき連中の仲間とは思えなかった。

「こっちも急ぎなんだ。離せ。というか触るな」

 神経質そうに、エアニスは男の腕を振り払う。

 すると、もう一人の黒服がトキの背後に回り込み、エアニス達を挟み込む位置になる。

 一瞬だけ、相手に合わせ穏便に事を済ませる方法を考えてみたエアニスだが・・・

「あぁ、もう・・・

  煩わしいんだよ!!悪者なら悪者らしく問答無用で襲って来やがれ!!!」

 グシャッ、と生々しい音を立ててエアニスの拳が黒服の鼻を潰した。

「お前っ・・・!」

 もう一人の黒服が胸に手を伸ばし何かを取り出そうとするが、それより速くエアニスの剣が黒服を突き飛ばしていた。相変わらず鞘に剣を収めたままなので、死ぬ事は無いだろう。

 倒れた二人の黒服を見下ろし、トキは頭に手を当て空を仰ぐ。

「なんとまぁ・・・コレじゃあ僕たちが悪者じゃないですか。

  というか、今のは余りににも短気過ぎやしませんか?」

「だって、こいつら怪し過ぎだろ!絶対アイツらを狙ってる連中だよ!!」

「分かりませんよ? ひょっとしたら国家機密を握るレイチェルさん達を保護しに来た、どこかの国の諜報員かもしれません」

「そ・・・そんな小説みたいな展開ないだろ?

  ・・・・多分」

 エアニスの声から自信が失われていた。まだこの黒服達が敵だという証拠はない。むしろ、黒服たちの服装や雰囲気だけでは、昼間のごろつきの仲間というより、どこかの国の諜報員といった方が、まだリアリティがあるのかもしれない。

「まぁ、もし間違ってたらちゃんと謝るよ。それでいいだろ?」

「謝罪の誠意が欠片も感じられませんよ。

  というか、この方達、鼻とか肋骨とか絶対イってますよ。僕なら謝っても許しませんけどね」

 言葉に詰まるエアニス。暫し反論を考えるも・・・

「・・・疑わしき者には罰を!!」

「居直りましたか」


「おい! お前達、何をしている!?」

 車から三人程の黒服が降りてきた。

「っと、お前とコントやってる暇は無いか」

「けっこう楽しそうじゃないですか?」

「楽しいワケないだろ。行くぞっ!!」

 エアニスは鍵の掛けられた宿の扉を蹴破る。

 ばむん!と、店内には扉が床に叩きつけられる爆発音にも似た音が響き渡り、外れたドアベルがけたたましく鳴りながら転がっていった。

 その音は、体を縄で縛られ床に伏した宿屋の客と、彼らに大型の機関銃を突きつけている黒服集団の注目を一斉に集めた。


「わぁぉ・・・・」

「これはまた盛り上がってますねぇ・・・」

 思った以上の面倒事になりそうで、エアニスとトキは思わず溜息を吐いたのだった。

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