第48話 深き森の一夜 - 前編 -
ハンドルを握るエアニスは目じりに涙を浮かべながら大きな欠伸をする。そして際胸いっぱいに吸い込んだ空気の全てを、気だるそうな溜息に変えて吐き出した。
トントントンと、ハンドルを指で叩く。
「あー・・・。退屈だ」
低い声で誰へともなく呟いた。もはや、エアニスの口癖とも言える言葉だ。
「もうちょっと頑張って下さいよ。今日はこの山を抜けた所までは走っておきたいですからね」
エアニスの隣、助手席に座るトキが、地図上の目的地を叩きながら言う。しかし、そこには町の名前も何も無い。
「今日中に辿り着ける町や村なんか無いんだろう。
どうせ野宿なら何処でも同じだ。日も傾いてきたし、今日の移動はココまでにしようぜ」
「駄目ですよ。只でさえ旅の予定が大幅に遅れているんですから。
これ以上遅れると目的地のバイアルスは雪に閉ざされ、春になるまで足止めを喰らう事になりかねません」
そんな言われ方をされると、エアニスも反論が出来なかった。しかし、言われっ放しでは癪である。
「・・・じゃあ、お前が運転しろよ。いつも俺にハンドル握らせやがって」
「駄目ですよ。僕、運転免許持っていませんし」
「そんなモン、俺だって持ってねーよ!!」
「持ってないんかーーーい!!」
さらりと出たエアニスの反論に、後部座席のチャイムが突っ込みを入れた。
ないんかーーーーーい
いんかーーーい
んかーーい
・ーい・・
開け放たれた窓からチャイムの全力の突込みが山彦となって聞こえてきた。
その間抜けた現象がエアニスとトキの頭を酷く冷静にさせた。
「・・・止めよう。
最近何を話してても、いつの間にか漫才になっちまうからな・・・」
「・・・ですね」
居住まいを正すエアニスとトキ。
取り残されたような扱いを受け、チャイムは面白くない。
「ねぇ・・・ちょっと・・・やめてよ。
私のせいでそうなっちゃった、みたいな空気・・・」
「いや、お前の突っ込みが要らない、という訳じゃないんだ・・・
誰かが突っ込んでくれないとボケっ放しで収集が付かないからな。
ただ、最近はちょっとお腹一杯なんだ・・・」
憂鬱そうに視線を山道の先に向けるエアニス。その言葉にトキが続く。
「僕はチャイムさんの突っ込み役を高く評価していますよ。
ただ、時々ボケのポジションに付く時がありますが、それは良くない事だと思います。
突っ込みは突っ込みだけ、ボケはボケだけ。
でないと、キャラが定まりませんからね」
「あんたも都合のいい時ばっか突っ込み役やってんじゃないの!!」
噛み付くチャイムのリアクションに、トキは嬉しそうに親指を立てる。
「そうそう、いいですよ。その調子です」
バチーン! と、トキはチャイムに後部座席から顔を挟み込まれるようにビンタをされた。
歪んだ眼鏡を直しながら、
「・・・痛いじゃないですか」
「思いっきり叩いたからね」
「お前ら・・・次の町に着いたら酒場で漫才でもしてみればいい。小銭程度なら稼げるぞ」
3人の騒動は、ひとまずここで収束する。
その間ずっと無言だったレイチェルの視線は、窓の外を向いていた。呆れているのかもしれない。
「れ、レイチェルもそう思わないか?」
彼女の様子に気付いたエアニスが、話を振る。
「え、あっ、すみません、聞いてませんでした」
彼女を除く三人が同時にシートからずり落ちる。
「・・・まぁ、いい加減こんな馬鹿話いつも続けてりゃ耳を素通りするようになるよな」
「ち、違いますよ!? そういうワケではなくって、外に・・・」
「外に?」
「村・・・のようなものがあります」
自信無さげなレイチェルの言葉に、エアニスは車を止めた。
「村だと?」
エアニスは窓から乗り出し、眼下に広がる森を眺める。エアニスの視線を辿ったレイチェルは、
「もう少し・・・左です。少し小高い丘の下。微かにオレンジ色の灯りが見えます」
日は既に傾いており、レイチェルの指す先は山影で暗く見える。そのお陰で森の中に幾つかのオレンジ色の灯りが辛うじて見えた。
「確かに・・・。良い目しているな」
レイチェルは山育ちですから、と言って笑った。
エアニスが持つエルフとしての優れた視覚でも見落としてしまいそうな、僅かな明かりである。トキとチャイムに限っては見えていないようだ。
「しかし、地図にはこの辺りに町や村があるという記述はありませんが・・・」
トキが地図を見直してから言う。
「古いんじゃないの、その地図。ともあれ、今日は野宿しなくても済みそうね!!」
ガッツポーズを見せて喜ぶチャイム。
「そうだな。ここ2日野宿続きだったし・・・行って見るか」
エアニスは村へ続く道を探し、車を走らせた。
◆
エアニス達の車が村の入り口に着いたのは、日が完全に沈んだ後だった。
村は動物避けの簡単な木の柵で覆われており、その中には木材で作られた建物が10軒ほど建っている。かがり火で照らされた門には、槍を持った男が二人、門番として立っていた。
エアニスは敵意が無い事を示すように、車の窓から手を振りながら近づく。
「こんばんわ。旅の人ですか?」
門番の一人が、愛想良くエアニスに話しかけた。
「あぁ。山の上からこの村の明かりが見えてな。
一晩泊めて貰いたいんだが、この村に宿は?」
門番は肩を竦めると、
「生憎、此処はその村を作る為に森を切り開いている開拓村でして・・・。宿と言ったものはないんです。
ですが、一夜の寝床と食事くらいなら提供する事は出来ますよ。どうぞ、こちらへ」
そう言って、門番の一人はエアニス達の車を先導した。
「随分と友好的だな・・・」
まるで砦を護るかのような柵と、門番が見えてきた時には、軽い緊張を覚えたエアニスが拍子抜けしたように言った。
「開拓村って言ってたし、むしろ新しい村に外部の人間が来てくれるのは歓迎する事なんじゃない?」
「・・・そうかもな」
チャイムの言葉に、車のギアを入れながらそう呟いた。
4人は、住人の居ない建築中の建物へ案内された。
建築中と言っても、壁や屋根は完成しており、ドアや家具が無いというだけで、一晩の宿とするには十分な場所である。切り出したばかりの木の匂いが新鮮だった。
道中、門番の男から聞いた話によると、彼らはここに新たな街を作る為に派遣されているだけで、正確にはここの住人では無いのだと言う。
この森の北と南には、大きな街がある。しかし、その街を繋ぐ唯一の道は険しい山々を貫き、道中人間が住んでいる場所は一切無い。当然宿場なども無く、エアニス達も北の町を出てから2日間は車とテントでの野宿だった。徒歩で山を越え、北の町から南の町へ向うとなると、7日はかかるという旅人にとってはかなりの難所である。
旅人が行き倒れる事も珍しくないこの広大な森の真ん中に宿場町を作る為、彼等は北と南の街から派遣された合同開拓団だった。
「んー!
新しい家の匂い!」
家の中に入ると、チャイムは胸いっぱいに切り出されたばかりの木の匂いを吸い込んだ。部屋は滑らかな色をした白木の壁に囲まれ、用意された毛布以外何も無かった。
「いいじゃないか。ボロ宿に泊まるより何倍もマシだ」
荷物を部屋の隅に放り出し、エアニスは床に腰を下ろした。
「2時間後に集会所で、夕食があります。団長も歓迎したいと言ってましたので、遠慮なさらず来て下さい」
「ありがとうございます」
案内役の男にレイチェルは深々と頭を下げる。チャイムもそれに習い、礼を言った。
エアニス達は腰を下ろし、重苦しい旅装束や武器を外して体を休める。エアニスとトキはいつもの癖で、いざと言う時の為に部屋の間取りや周囲の道を調べて回った。
床に寝そべり伸びをしていたチャイムが、座っているレイチェルを見上げながら言った。
「あー、でもこれじゃおフロは期待できそうに無いわねー・・・」
この家はまだ水道が引かれておらず、周りに井戸も見当たらなかった。水に関して心配するチャイムに、レイチェルが思い出しかかのように言う。
「そいえば、集落の裏に川が流れてるみたいだったわ」
「ホント!?
じゃあ、また温泉作ろうよ!」
川辺で野宿をする時、よくチャイムとレイチェルは、石を積み上げ川の水を切り出し、レイチェルの火炎の呪文を打ち込んで即席の温泉を作っている。
「という事で、アンタらも手伝いなさいよ!!」
チャイムに指差されたエアニスとトキは顔を見合わせ、
「まぁ、温かいフロに入りたいってのは俺も一緒だからな。やってやるよ」
「そうですね」
その作業につき合わされるのも、エアニスとトキにとっては日常となりつつあった。
ぼじゅうぅぅぅぅぅ・・・・
レイチェルの魔導で川の水面が瞬時に沸騰し、辺りに濃厚な水蒸気を撒き散らす。手馴れたもので、積み上げた石によって川から切り出された水は、一発の術で丁度良い湯加減となっていた。ぬるくなったら魔導で暖め、熱くなり過ぎたら川の水を導き入れるのだ。
「おっけー。丁度いい湯加減だわ。
じゃ、ふたりとも見張り宜しく」
「はいはい・・・」
「ごゆっくり」
チャイムに言われ、トキとエアニスは、少し離れた岩場の影に腰を下ろす。
今の彼らは何時何処で襲われるか分からない状況なのだ。流石に街中の宿屋の風呂で同じ事はしないが、人気の少ない場所で無防備になる場合は、これくらいの警戒は必要になるのだ。
岩の陰とはいえ、数メートルしか離れていない場所にエアニスとトキが居るのだが、チャイムとレイチェルは構わずに衣服を全て脱ぎ捨てる。
エアニスもトキも男である。最初は覗かれるのではないか、と警戒していたチャイムとレイチェルであったが、一緒に旅をするうちに、あの2人は、完全に"無害"である事が分かった。
「はぁ・・・それにしてもアイツらホントに枯れてるわよねー・・・」
エアニスとトキがいる岩陰に視線を向け、チャイムはそうぼやいた。
こうも無関心でいられると自信を失いそうになるが、ここはあの二人が男として終わっているのだと思い込み、チャイムはなけなしのプライドを護っていた。
「枯れてる? 何の話?」
「・・・何でもない。」
そう言うと、チャイムとレイチェルは即席の湯船に裸身を沈めた。
木々の隙間から見える満天の星空。月が出ていない事や、標高の高い場所だという事もあり、街で見える数の倍はあろうかという星が瞬いている。
「・・・・・幸せー」
「・・・・・んー・・・」
顔だけを湯から覗かせ、チャイムとレイチェルは気持ちよさそうに目を細める。
「ねぇ、チャイムはさ・・・」
「んー」
「この旅が終わったら、どうするの?」
レイチェルの問いに、チャイムの緩みきった表情が消えた。
順調に旅が進めば、目的地であるバイアルスまでもう少しである。そろそろ、次の身の振り方を考えなければならない頃であった。
「んー・・・正直まだ決めて無いんだけど・・・。
何と無く、今回あいつらと一緒に居て、自分がどうすれば良いのか分かったような気がしてきたわ」
「それって・・・」
チャイムは自嘲気味の笑みを浮かべて、
「エベネゼルに・・・帰ろうかなと思ってる。
やっぱり、あたしの力を役立てるのなら、あの国に居る事が一番なのかなって」
「それじゃあ、魔法医に戻るの?」
チャイムは頷く。
「傷ついた人しか救う事の出来ない魔法医の・・・自分の無力さが嫌になったから、この道を選んだけど・・・
きっと、それは逃げていただけなんだと思うの」
傷ついた人を救うのではなく、傷ついてゆく人を守りたい。
それが、チャイムが魔法医を辞め、騎士団へ入った理由だった。
「全ての人を救える訳じゃ無いという事は分かってる。それは、魔法医でも騎士でも一緒。
だから、私はより多くの人を救える、魔法医に戻ろうと思う。もう、現実や自分の無力さに目を背けるのは、ヤメてね」
「そう・・」
「馬鹿みたいよね。この答えが出るまでに随分と遠回りしちゃったわ・・・
もちろん、傷ついてゆく人も、この剣で護っていけるようになりたいけどね」
チャイムは、これでもかと言うほど、明るく笑って見せた。しかし、それはすぐに寂しさに陰る。
「でも・・・。
でも本当は、もっと皆と一緒に、旅を続けていたいかな。
こんな事言うとレイチェルに怒られちゃうかもしれないけど、皆といるのが、今はすごく楽しいの」
「それは・・・私も一緒よ。外の世界が、こんなに楽しい所だとは思わなかったし」
「ん・・・そっか」
チャイムはここで一度言葉を切ると、やや上ずった声で次の言葉を続けた。
「じゃあさ、この旅が終わったら、あたしと一緒に、もう少し旅を続けてみよっか。
・・・ついでに・・・エアニスとトキも誘ってさ」
「え・・・?」
チャイムが言った予想外の提案に、レイチェルは驚く。
「ほ、ほら、まだレイチェルも色んな場所を見てみたいでしょ?
あたしもスグにエベネゼルに帰らなくちゃいけないってワケでも無いしさ!
エアニス達も、ミルフィストでずーっと暇を持て余してたみたいだしっ!!」
だんだん声が高くなってゆくチャイム。照れ隠しのように無意味な身振り手振りを交えながら、言い訳をするように理由を言う。
「って、何必死になってんのかしらあたし・・・」
自分の滑稽さに気付いたチャイムは、ぶくぶくと湯の中へ沈んでいった。
「私は、この旅が終わったら・・・」
レイチェルが、どこか思い詰めたような表情で呟く。チャイムが水面から顔を出す。
裸身に唯一身に着けているヘヴンガレッドの首飾りに指を当て、彼女は言葉を詰まらせていた。
「私は・・・」
「・・・レイチェル?」
俯いてしまったレイチェルに、チャイムが訝しげに声をかけた。
岩の向こうから、微かにチャイムとレイチェルの話し声と水音が聞こえていた。
「・・・エアニス、この岩の向こうを覗いてみたいとは思わないんですか?」
「別に興味無い」
「それは男として彼女達に失礼ですよ。その点、僕は違いますからね。
枯れているなんて言われちゃ黙ってられませんよ全く」
トキが腰を浮かし、その襟首をエアニスが捕まえた。
「だから覗くなって」
「いいじゃないですか」
「駄目だって」
二人がそんなやり取りをしていると、
『きっゃあぁぁぁぁーーーーーっ!!!』
チャイムかレイチェルか、はたまは両名か、絹を引き裂くような悲鳴が森中に響き渡った。驚き飛び上がった後、エアニスとトキは慌てて地面に置いていた剣と銃を拾い上げる。
「どうした!?」
エアニス達がチャイム達に駆け寄る。
「あ、あそこの茂みに、何かが!!」
レイチェルが動揺しながら暗い茂みの奥を指差す。確かに、そこには何かが動く気配があった。エアニスはチャイム達と気配の対角線上に割り込み、警戒しながら近づいてゆく。トキもホルスターに入った銃に手を掛けていた。
「誰だ、出て来い」
エアニスの呼びかけと同時に茂みが揺れた。
「待ってください!! 何もしませんから!」
茂みから両手を挙げて姿を見せたのは、所々汚れた旅装束を着た、レイチェルと同じ年くらいの少女だった。栗色の髪を伸ばした、やや華奢な少女が怯えた表情で立っている。殺気も何も感無い。彼女からはただ戸惑いの気配しか感じられなかった。
小さく息を吐いて、エアニスは剣を下ろし、トキも背中に銃を隠した。
「脅かすな・・・こんな所で何をしている?」
エアニスの質問に、少女はハッと我に返る。そして、少女が何かを言いかけた瞬間、
「何処に行った!!」
野太い怒号と共に、今度は大柄な男が現れた。男は少女の姿とエアニス達に気付き、戸惑うような表情を見せた。しかし、すぐに穏やかな表情を作ると、
「これはこれは・・・娘が邪魔をしましたね」
その言葉に、栗色の髪の少女が驚いた様子で男に振り向く。
「仕事も手伝わずに遊んでばかり・・・あまつさえこんな時間に家を飛び出しおって!!
ほら、帰るぞ!!」
男はそう言うと、少女の手を掴んで引っ張った。
「あ・・・」
その時、少女はこちらを振り向き、エアニスと目が合った。
彼女のその瞳は、エアニスに何かを訴えるような色を宿していた。
それに引っ掛かりを覚えるも、自分が口出しをする事でもないと思い、エアニスは男に腕を引かれてゆく少女を黙って見送った。
カシャン。
エアニスは剣を鞘に戻し、溜息をつく。
「あー、びっくりした・・・・。
もう、脅かさないでよね!!」
チャイムはエアニスの隣で、少女の背に向かい文句を言っていた。
「・・・おい、チャイム」
エアニスは、真横に居るチャイムの名を呼ぶ。
「なによ?」
全く気付いていない様子のチャイムに、エアニスは右手で顔を覆いながら困ったような声で言った。
「隠すかどうかしろよ、見えてるぞ・・・」
「へ!?」
咄嗟の事で、チャイムは体を隠すタオルよりも先に、戦う為の剣を掴んでいた。剣士としては優秀な判断だが、その代わり今チャイムの裸身を覆っているものは何も無い。
エアニスはどういったリアクションをとれば良いのか分からなかったので、とりあえず逃げも隠れもせず、いつも通り堂々とした態度を貫いていたが、それはこの場の反応としては間違っていた。
「いっ、いっ・・・
いつまで見とるかあぁっ!!」
チャイム渾身の喧嘩キックがエアニスのみぞおちに決まり、その体を岩場の影まで吹っ飛ばした。
チャイムは顔を真っ赤に染め、肩で息をしながらレイチェルの方を振り向くと、タオルで胸を隠していたレイチェルの背後に、メガネを真っ白に曇らせたトキが怪しく立っていた。
ビクリとレイチェルも背後に居たトキに気付く。
「と、トキさんも早く出て行ってください!!」
叫びと共に炸裂した風の呪文が、木立と共にトキを木の葉のように吹き飛ばした。
ボロボロになったエアニスとトキは、再び岩場の影に並んで座っていた。
トキは鼻血を拭いながら、うずくまって悶絶するエアニスに声をかける。
「大丈夫ですか、エアニス?」
「・・・どうだろう。内臓破れたかもしれん・・・。
・・・ところでお前その鼻血、その・・・どっちの鼻血だ?」
「どっちの、とは、どう言う意味でしょうか?」
「・・・いや、もういい」
そんなやり取りをしていた二人の横を、湯船から上がり、借りた寝間着を着たチャイムとレイチェルが通り過ぎた。エアニスは立ち上がり、チャイムに向って、
「あ、おいチャイム、今のは 」
バチーン!!!
と、問答無用のチャイムのビンタがエアニスの横っ面を張り飛ばした。
ふん、と、鼻を鳴らしたチャイムは怒った表情で歩き去った。
「あのー・・・」
トキは残されたレイチェルに声を掛けると、レイチェルはトキから顔を背けてしまった。トキはレイチェルと視線を合わせようと何度もレイチェルの顔を覗き込むが、レイチェルは笑っているような困っているような照れているような泣いているような、何とも表現し辛い顔をトキの視線から逸らし続ける。終いには、トキを避けるようにして早足でチャイムの後を追っていった。
あまりにもやるせなく、空虚な風が吹いた。
「酷くないか、これ・・・」
「酷い・・・ですよね」
掠れた声で、その言葉だけを交わすと、二人は肩を落として黙り込んでしまった。
「・・・でも、僕はレイチェルさんが、"裸を男に見られたら恥ずかしい" っていう恥じらいを持っているという事が分かって安心しました。
先のオーランドでの出来事を思うと、そういう羞恥心すら持ち合わせていないのではと心配していたので」
「・・・あっそう」
「まぁ、個人的に残念でもありますが・・・」
「何が?」
二人は死んだ魚のような目で星空を眺めながら、そんな間抜けたやり取りを交わしていた。
「・・・とりあえず、一緒に風呂にでも浸かりましょうか」
トキの提案に、エアニスは暫く黙った後、
「・・・一人で入れ」
そう言って剣を担ぐと、とぼとぼと村の方へ歩いて行ってしまった。
一人残されたトキは、何とも言えぬ虚しさをと共に、暫く立ち尽くしていた。




