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月の光を纏う者  作者: 猫崎 歩
第四部
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第47話 十字路

 エアニス達がオーランドシティを立って1週間。

 あれだけ暑かったというのに、砂漠の南に横たわる山脈を越えた途端、辺りの空気はとても過ごしやすい涼しげなものへと変わった。

「ここから標高の高い土地が続きますから、どんどん寒くなってゆきますよ。

 季節も秋の終わりですし、目的地のバイアルスへ着く頃には、真冬並みの寒さになるでしょうね」

「うへぇ・・・」

 トキの解説に、チャイムは両肩を抱えて身震いする。

 オーランドシティで修理を終えた車は、快調な排気音と共に寒々とした草原を横切る一本の街道を走っていた。

 この1週間は車でひたすら走っているだけだった。ぽつり、ぽつりと会話はあるものの、4人は基本的に黙って窓の外の風景を眺めている。

 旅を始めた最初の頃は、沈黙に耐えられないタイプのチャイムが色々と話題を作り、会話が絶えなかったが、それが何週間も続いていると流石に話す事も無くなってしまう。

 しかし、今では4人の間に沈黙が落ちていても苦にはならない。いつの間にか、会話を続けていないと気まずい、と感じるような間柄でもなくなっていた。

「あ、飛行機雲・・・」

「・・・ほんとだー。珍しいわね」

「何処の国の船でしょうね?」

「・・・・・・」

 そうしてまた暫く、4人は黙って外の景色を眺め続ける。



「エアニス、止まって!」

「あ?」

 突然後を振り向き、チャイムが声を上げる。

 ハンドルを握るエアニスは車を街道の端に寄せて、ゆっくりと車を止めた。

 そこはエアニス達が走ってきた街道と、別の街道が交差する十字路だった。大きな街道の交わる場所は宿場町となっている事が多いが、この場所には二本足の大きな立て札が立っているのみで他には何も無く、何処までも草原が広がっているのみだ。もう半日も歩けば大きな街があるので、ここで留まる者は居ないのだろう。

 車を降りたチャイムは、小走りで街道の交わる場所まで戻り、その傍らに佇む立て札を見上げた。そこには交差する二本の街道の名前が記されていた。一本はチャイム達が走ってきた"オーランド51号線"。大戦中に軍が命名し、そのまま定着してしまったような情緒の欠ける名前だ。そしてもう一本の街道は、チャイムに馴染みのあるものだった。

「リーネ街道・・・こんな所まで続いてるんだ・・・」

 チャイムが何とも言えない不思議そうな表情で、そう呟いた。

「この道がどうかしたのか?」

 エアニスが煙草に火を点けながら問いかける。

「あぁ。確か、エベネゼルまで続いている街道ですね?」

「うん、そう」

 気付いたトキがそう尋ね、チャイムは頷いた。

 立て札には、街道の名前と、その先に続く街までへの距離が刻まれている。ここからエベネゼルまでは、歩いて行けば3ヶ月以上かかる距離だった。

「エベネゼルのあたしの家はね、このリーネ街道沿いにあるんだ」

「へー。じゃあこの道ずーっと歩いて行けばお前ん家まで行けるのか」

「そーゆーコトね。遊びに来る?」

「あ、あぁ? あぁ、また今度な・・・」

 チャイムは笑って、草原の丘に消える街道を眺める。随分と長く旅をしてきたというのに、この道を真っ直ぐ進めば家に帰れてしまうというのが不思議な感じだった。最も、徒歩では3ヶ月もかかってしまうが。

「何か、遠くまで来たんだなー・・・」

 チャイムは感慨深くつぶやいた。

 エアニスは、チャイムの横顔を見る。

 それは気のせいだったかもしれない。

 エアニスには、チャイムが寂しげな表情を浮かべているように見えた。



 ザード=ウオルサムがエルカカの村を後にして最初に行った事は、エベネゼルへの報復だった。

 ヘヴンガレッドの力を得たザードは、単身エベネゼルの宮殿へ乗り込み、国王をはじめとする国の高官達を殺害した。

 オーランドシティで出会ったチャイムの師、クラインは、その時ザードに斬られたのだ。

 そしてエベネゼルと協力関係にあった世界一の軍事大国、ベクタの中枢にも単身乗り込み、これも壊滅へと追いやった。

 彼等の前に現れたザードには、どんな斬撃も、どんな砲撃も意味が無かった。斬撃は赤い長剣により斬り伏せられ、砲撃は剣の切っ先から現れた魔力障壁により全て防がれる。不意を突きようやく彼等の攻撃がザードに届いたとしても、どんな傷もまるで時計を巻き戻すかのように塞がってしまう。

 それは、悪夢が具現化したような存在だった。

 目的を果たしたザードは、各地で惰性のように続けられる戦争に介入し、優勢である勢力を襲い、意図的に国同士の戦力を均等に保つよう仕向けた。

 結果、何処の国もいつまで経っても戦いに決着が付かず疲弊して行き、同時に戦争の火種となる人物、資源、思想までもをザードはこの世から排除していった。

 やがて多くの指導者と争いの意味を失った国々は、ようやく世界は戦争の目的を失っている事に気付き、20年続いた戦争は終焉を迎えた。

 世界は、たった一人の男の歩みを、最後まで止める事ができなかったのだ。

 それが約1年前の事である。



 強い風が吹き抜け、エアニスの髪が舞った。

 風になびいた琥珀の髪が、日の光を浴びて刹那銀色に光った。エアニスは自分の髪のひとふさを掴み、確かめるように見つめる。

 今のエアニスの髪は、魔導で琥珀色に染められている。


 全ての戦いを終え、再び生きる目的を失ったザードは、ゲイルに渡された一冊の手帳を持ってミルフィストへ向った。

 その手帳、ミルフィストの市民証書を使い、ゲイルの名を騙り生きて行く事を決めた時、ザードは自分の名と、自分の姿の象徴でもある銀の髪を捨てた。

 エアニス=ブルーゲイル。

 それは、ザードが心を許した最初の仲間の名であり、今ではザードの名前でもあった。



「・・・すまなかったな」

 昔の事を思い出していたエアニスは、そう呟いていた。

 むすっと怒ったような顔で自分を見上げるチャイムに気付き、エアニスは思わず自分の口元を押さえた。

 それは彼女に対して何度繰り返した言葉か。こうも同じ言葉を繰り返されれば、その意味も思いも薄っぺらなモノと捉えられてしまう。

 エアニスはチャイムと目を合わせるが、すぐに気まずそうに視線を落とした。

 戦時中、エアニスがチャイムの師や仲間を傷付けてしまった事については、チャイムなりにエアニスの事情を理解し、彼女の中では折り合いを付けて貰っている。しかしエアニスはまだ自分を許す事が出来ず、思わずそのような言葉が口を突いてしまうのだ。

 ばつの悪そうな表情で視線を逸らせたエアニスに、チャイムは腰に手を当て、呆れたように溜息をついた。チャイムは故郷に続く街道の先に視線を戻し、

「でも・・・正直、アンタの話聞いても、何処か実感湧かないのよねー・・・」

「・・・どんな所が?」

「んー・・・なんと言うか、スケール大きすぎ」

 エアニスの話だと、彼はたった一人で20年以上続いていた戦争を終わらせたという事になる。

 たった一人で幾千もの兵士を斬り捨てた"月の光を纏う者"の伝説。

 あれは、嘘偽りの無い真実だというのだ。

「全部、"石"の力のお陰だ。あれが無ければ、俺は何も出来なかった」

 エアニスは腰に下げた剣、"オブスキュア"に手をかける。

 戦いの後、ザードは再びエルカカの村へ訪れ、シャノンへ"ヘヴンガレット"を返した。だから今の"オブスキュア"の柄には、街の魔導具屋で買った赤色をした魔導鉱石が収まっていた。お金で買える最も強力な魔力増幅器だが、その力はへヴンガレッドに比べたら、まじない程度の効果しかない。かつては一振りで何十人もの人間を斬り飛ばしたエアニスの紅い風の斬撃も、今ではやや離れた相手に、小さなかまいたち状の魔力をぶつける程度の事しか出来なかった。

 ヘヴンガレッドの力と繋がっている間なら、どんな大怪我でも治癒能力を増幅する事でたちどころに治ってしまうという常識を逸した能力も、今は無い。

 それでも、ザードの"オブスキュア"は吊るし売りされている魔法剣に比べれば桁外れの力をもっているのだが。

「俺は、"石"の力の恐ろしさを知っているからな。

 だから、レイチェルの話を信じて、こうしてお前たちに付き合っているんだ」

 エアニスはオブスキュアを握り締め、かつてそこにあった強大な力の感触を思い出す。

 エアニスは、石の力を操りながらも、その力に溺れる事を恐れていた。事実、エアニスはこの世界を憎み、"石"の力を使い、世界を壊してしまおうと考えた事もあった。

 しかし、レナやゲイルのような人間も居るという事を知ってしまったエアニスには、世界を憎み切れなかった。


「この旅は、俺が話した戦いと同じ位の重みを持っているんだぞ。

 実感が湧かない・・・なんて言ってないで、心構えくらいはしといてくれよ」

「う・・・そうよね・・・わかった」

 緊張感を帯びた声色でチャイムは頷く。彼女は改めて自分の関わっている事の重大さを認識しょうとしたが、やはり今ひとつ実感は湧かなかった。

「まぁ、旅も終わりに近づけば、実感も湧いてくるんじゃないか?」

「・・・出来れば誰とも争う事無く、平穏無事に旅が終わって欲しいわ・・・」

「無理だろ。お前トラブル体質みたいだし」

「アンタに言われたくないわよ!!」

 チャイムが声を荒らげ抗議する。

 それを見ていたたトキは、立て札に寄りかかりながらくくく、と笑いを噛み殺していた。

『何がおかしい!?』

 トキの態度が癪に障ったエアニスとチャイムが、声をハモらせトキに突っかかると

「いや、すみません。

 オーランドでの一件以来、お二人の関係が気まずくなっているように感じていましたが・・・・

 どうも、僕の取り越し苦労だったようですね」

 そう言って、安心したようにニコリと微笑んだ。

「う・・・」

「む・・・」

 エアニスとチャイムはお互いの顔を見合わせ、毒気を抜かれたように振り上げた拳を下ろした。


「それにしても、不思議なものですね。

 "石"を持って旅をしていた私とチャイムが、別の"石"を持っていたエアニスさんに偶然助けられるなんて・・・」

 レイチェルは風に流される髪を押さえ、そう呟いた。

 それに関しては、ここにいる4人全員が同感だった。

 エアニスはレイチェルの言葉に、少しだけ躊躇った後こう言った。

「・・・ひょっとしたら、俺達を引き会わせてくれたのかもしれないな」

「それは・・・」

「レイチェルの親父が・・・シャノンがさ」

 それは、彼がレイチェルと出会った時から思っていた事。

 その言葉にレイチェルは驚きの表情を見せてから、寂しそうに微笑んだ。

 エアニスは柄にも無い事を言ったな、と後悔し、そっぽを向いた。

 地面に座り込み、地図で道を確認していたトキが、

「よくよく考えたら・・・この街道はエベネゼルにも、ミルフィストにも、エルカカの近くにも続いていますね。

 ひょっとしたら・・・レイチェルさんとミルフィストで出会っていなかったとしても、僕達はシャノンさんに導かれ、ココで別の出会い方をしていたかもしれませんね」

 トキの適当な言葉を鼻で笑いつつも、そういう現在もあったのかもしれないな、と思った。誰かの意思がないと、このような偶然で"石"に関わった人間が出会う事など無いような気がした。

「・・・そうだとしたら、シャノンに礼を言わなきゃな」

「そうですね・・・」

レイチェルの帽子をぽん、と叩き、エアニスは煙草の煙を吐き出した。




 人の出逢いとは、何とも不思議なものだとエアニスは感じた。

 全ては"偶然"から始まり、その積み重なりが"必然"を産み、いつの間にかそれは"運命"へと名を変える。

 何で俺は、今ここにいるのだろう。

 ミルフィストで、チャイムとレイチェルをごろつきから助けたからか。

 それとも、ゲイルの集めてきた沢山の依頼書から、シャノンの送りつけたそれを見つけてしまったからか。

 レナと出会ったからか。

 エアニスは首を振った。

 馬鹿馬鹿しい。

 考えた所で分かる筈も無いし、そのような事はどうでも良い。

 今こうしている間にも運命は紡がれているのだ。

 これ以上自分の辿った運命を振り返って、後悔はしたくない。

 その為に、今は一日でも早くレイチェルの・・・

 いや、シャノンやエルカカの村人達の望みを叶えてやらなければならない。

 それは2年半前、ザード=ウオルサムがエルカカに作った大きな借りを返す為でもある。


「・・・行こうか。

 あんまり油売ってると、シャノン達に怒られそうだ」

「はいっ」

 レイチェルに続き、チャイムとトキも車に向かい歩き出した。

 エアニスは歩き出す前に街道の先、エルカカの村がある方角を向いて、そっと目を閉じた。

 思い浮かべたのは、ゲイルとレナの3人で過ごした、ほんの1週間だけの平穏な生活。

 全てを失ってしまった訳ではない。

 悲しい結末だったが、それから始まった未来が、戦争の終わった今の世界なのだから。


 目を開けたエアニスは、惜しむように視線を戻す。

「何やってんのよー!

 置いて行くわよーっ!!」

 チャイムが腰に手を当ててエアニスを呼んだ。トキとレイチェルも、車に乗り込まずにエアニスを待っている。

「・・・あぁ、すまん」

 琥珀の髪を掻き、エアニスは仲間の元へ駆け出す。


 そして4人は車に乗り込み、その十字路を後にした。



- 第四部 おわり -

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